肝臓先生 坂口安吾

坂口安吾

坂口安吾「肝臓先生」のあらすじを徹底解説、読んでみた感想

著者:坂口安吾 1997年12月に角川書店から出版

肝臓先生の主要登場人物

赤城風雨(あかぎふうう)
主人公。静岡県の伊東で開業。富も名声も望まず町の医師としてその生涯をささげる。

烏賊虎(いかとら)
赤城の友人。近隣の漁師たちから頼りにされる小頭。温和で働き者。

三河(みかわ)
赤城の恩師。物理療法の指導者だが肩書にこだわらない。

1分でわかる「肝臓先生」のあらすじ

第2次世界大戦が日一日と激しさを増していく中で、赤城風雨の地元では肝臓炎の患者がやたらと急増しています。

寝る間を惜しんで手当てと研究に尽力する赤城ですが、同業者からはなかなか理解が得られません。

軍部からもにらまれるようになった赤城は臆することもなく診察を続けていましたが、1番にショックだったのは協力してくれていた旅館のおかみが自殺してしまったことです。

失意の中でもおかみの意志を受け継ごうとしていた赤城でしたが、空襲に巻き込まれて亡くなってしまうのでした。

坂口安吾「肝臓先生」の起承転結

【起】肝臓先生 のあらすじ①

人々の手足となって働く

伊豆半島の東岸に位置する伊東温泉は古くから観光地として有名な一方で、漁業を主要産業として人々は生活をしてきました。

この地方では舷の横に張り出した網にエサをまいたり、明かりを点したりして魚を集める「棒受網」が盛んに行われています。

烏賊虎は南の海で生計を立てている漁師で、この一帯から南の海にかけてのまとめ役です。

起きるのは午前2時、帰宅するのは午後10時、銭湯で4時間ほどひと休みして再び海へ。

遠洋に出るとなると連日のように家に帰らないで、船の上で寝起きする不規則な生活が続くために医薬品が欠かせません。

烏賊虎が特に信頼を寄せている医師が赤城風雨ですが、東京の学校の物療科を卒業してから開業したインテリでもともとは伊東の生まれではありません。

縁もゆかりもない土地で患者との信頼関係を築くために、赤城は自分の生活を犠牲にしていました。

天城山の谷の深くから相模灘沖の離れ小島へ、大量に血をはく重傷者から頭が痛いだけの軽症者まで。

急患がいれば食事時であろうと真夜中であろうと一目散に駆け付け、苦しんでいる人のために手と足を使って治療に当たるのが彼のポリシーです。

中国と日本の軍隊が衝突を繰り返していた1937年、赤城は診察のさいにやたらと肝臓が腫れている人が多いことに気が付きます。

あらゆる医学書や過去の論文をひっくり返しても同じような症例は載っておらず、先輩に尋ねてみてもよく分からないとの答えで伊東ならではの風土病でしょう。

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【承】肝臓先生 のあらすじ②

迷いを導く師の言葉

日中間の軍事衝突が本格的に戦争へと発展していた1939年、赤城は大陸と列島のあいだでばくだいな人員と物資のピストン輸送が行われていたことに着目しました。

野生動物やペットによってもたらされたペスト、大航海時代に猛威を振るったスピロヘータ、今世紀の初頭に5億人が感染したスペインかぜ。

過去のデータと照らし合わせてみると、中国大陸から渡来した病原菌が肝臓を侵していることは間違いありません。

臨床研究に没頭して数種類におよぶ治療方法を発見した赤城は、この新種の病を「流行性肝臓炎」と命名します。

各地の病院や医局からも紹介状を書いてもらった患者が押し寄せてくるようになり、赤城は休む暇もないほど大忙しです。

一方では昔ながらの上下関係やしきたりを重視する伊東の医師会は、赤城の診療所だけが繁盛しているのが面白くありません。

他の病気まで肝臓のせいにしていると良からぬうわさを立てられた揚げ句に、「肝臓先生」などと皮肉なニックネームまで付けられてしまいました。

そんな騒ぎの中で赤城は医学生の頃にお世話になった三河の謝恩会に招かれたために、開通したばかりの汽車に乗って出掛けます。

門下生を300人ほど抱えている三河でしたがいまだに博士号を取得していないという変わり者で、赤城が出世に興味がなく高額な報酬を受け取らないのもこの人をお手本にしているからでしょう。

過疎地域で苦戦している元教え子に激励の言葉をかけてくれた上に、肝臓の権威である教授や院長も紹介してくれたためこれに勝る味方はありません。

【転】肝臓先生 のあらすじ③

不正受給疑惑にも軍の威圧にも負けず

伊東でも社会健康保険制度が施行されることになり、赤城も経済的に貧しい家庭のためにこの制度を利用していました。

静岡県の健康保険部に送る請求書には診療内容と患者氏名を記載しなければなりませんが、病名の欄はすべて「流行性肝臓炎」で統一されています。

赤城の医学的な知識を疑い始めた保険課の係員たちからは、町民をだまして不正をしているとまで誤解されてしまう始末です。

いよいよ戦争の影響が本土にまで及んでくると、町のシンボルである温泉旅館を傷ついた兵隊たちに提供しなければなりません。

治療所関係者の宿舎では不衛生な環境が原因となって、おうと・下痢などの症状を訴えるの患者が続出していました。

チフスと診断して徹底した隔離政策を訴える軍医、ブドウ糖を注射しておいしい食事を与えれば治ると主張する赤城。

もともとは熱心な愛国者として教育を受けてきた赤城でしたが、それ以上に医学上の信念だけは曲げる訳にはいきません。

旅館の従業員は赤城の意見を支持しているために隔離に反対し、宿泊客も勝手に宿を抜け出して温泉に入っているほどのんきな様子です。

すっかり面目が丸つぶれとなった軍医部長は逆うらみから、この町でも1番に人気のある温泉宿「紫雲閣」でチフスが発生したとデマを流しました。

風評被害に悩まされるようになった上に敵国のスパイのぬれ衣まで着せられてしまった紫雲閣のおかみは、精神的に疲れ果ててある日突然にふるさとの海に身を投げてしまいます。

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【結】肝臓先生 のあらすじ④

海の底で眠り続ける名医

旅館経営者から温泉芸者、漁業関係者や工場の肉体労働、遠方から買い付けにやって来た骨とう屋にふらりと立ち寄った旅行客まで。

会場には多くの人が会場に参列してまれにみる盛大なお葬式が執り行われたのは、この町の誰もがおかみの慈愛を受けていたからでしょう。

おかみが打ち上げられた海岸では赤城に宛てた1通の手紙が発見されて、近隣の住民によって山吹の花が添えられていました。

この時代に女として生まれた自分に無力を感じていたこと、怒りも悲しも尽き果てたために死を選ぶこと。

遺書の最後に記されていた「肝臓先生は負けない」というメッセージを見て、赤城は声をあげて泣き叫びます。

すっかり元気を失くして閉じ込もっていた赤城の助けを求めてきたのは、沖合の小さな島からボートをこいできたという少女です。

彼女の父親の顔面が黄色に染まっていると聞いた赤城は、即座に肝臓炎だと判断して往診に向かうことにしました。

この日に限って敵国の艦載機が爆撃を繰り返していて警報が鳴り響いていましたが、赤城は烏賊虎に頼んで漁船を用意してもらいます。

上空から爆音が聞こえたかと思うと船は真っ二つに割れてしまい、烏賊虎と少女は近くを通りかかった救助艇に拾われましたが赤城の遺体だけは今に至るまで見つかりません。

伊東市内の街路をくまなく歩き回っていると、異様な大きさの石をツヤツヤと磨き込んだ肝臓のオブジェを見ることができます。

生前の赤城と親交が深かった彫刻家の作品で、台座には「肝臓先生は死なない」という詩が刻まれているはずです。

坂口安吾「肝臓先生」を読んだ読書感想

物語の時代設定は日中戦争から太平洋戦争にかけての1940年代前後ですが、未知のウイルスのパンデミックに翻ろうされる21世紀にもつながるものがありました。

見えない恐怖に追いつめられていくうちにお互いを非難し合い、疑心暗鬼になってしまう風潮はコロナのパニックとそう変わりはありません。

私利私欲を捨て去って病で苦しむ人たちのために粉骨砕身する「肝臓先生」こと赤城風雨の生き方は、現代から見ても文句なしで医者の鑑ですね。

いなか町ならではの慣習によって排除されてしまったり、権威主義の医学界からつま弾きにされてしまったりする場面も用意されていてほろ苦いです。

孤軍奮闘を続けながらも時には打ちのめされて落ち込みがちになる赤城に、励ましのエールを送ってくれる三河のような存在からは勇気をもらえるでしょう。

困難な状況下でも医療現場で戦っている方たちや、いま現在に医学部へ通っている学生の皆さんは是非ともこの本を読んでみてください。

-坂口安吾

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