正午の殺人 坂口安吾

坂口安吾

坂口安吾「正午の殺人」のあらすじを徹底解説、読んでみた感想

著者:坂口安吾 1953年に筑摩書房(青空文庫)から出版

正午の殺人の主要登場人物

矢部文作(やべぶんさく)
新聞記者で流行作家の神田兵太郎の担当者

毛利アケミ(もうりあけみ)
神田兵太郎の愛人で身の回りの世話もしている

安川久子(やすかわひさこ)
婦人雑誌記者で美人。神田兵太郎の担当者

木曾英介(きそえいすけ)
神田兵太郎の家に下宿している書生

巨勢博士(こせはかせ)
矢部文作の友人

1分でわかる「正午の殺人」のあらすじ

新聞記者の矢部文作は流行作家の神田兵太郎から原稿を受け取りに彼の家を訪れる道中で婦人雑誌記者の安川久子に会い、その後に神田家で神田兵太郎の愛人の毛利アケミから原稿を受け取ります。

そして、文作は帰社後に神田兵太郎が死亡したと同僚から教えられます。

新聞各社は次々と久子を犯人と決めつけるような記事を書きますが、文作は久子が犯人とは思えず調査を始めます。

しかし、文作は久子の無実を証明する手立てが見つからず、旧友の巨勢博士に相談しますが、巨勢博士は事件の不可解な点とテープレコーダーを使ったトリックの可能性を伝えます。

文作は見事にアケミの犯行を暴きますが、残念ながら久子との関係は進展させられませんでした。

坂口安吾「正午の殺人」の起承転結

【起】正午の殺人 のあらすじ①

神田兵太郎の死

新聞記者の矢部文作は流行作家の神田兵太郎から原稿を受け取るため、電車でF駅に降り、歩いて神田宅へ向かいますが、道中で洋装の若い美女が前を歩いているのを見かけます。

彼女も神田から原稿を受け取りに来たものと思い声をかけますが、素っ気なく返されてしまいます。

以前から神田宅に通う美人の婦人記者、安川久子の噂を聞いたことがあった文作は、同時に久子が担当者になってから多作でない神田がある婦人雑誌に原稿を載せていることに思い当たります。

そんな風にとりとめないことを考えている内に文作は神田宅に到着し、住み込みの毛利アケミに大広間へ通されます。

アケミは、神田がラジオを聞きながら日課の唐手の型の稽古を終え入浴中であること、原稿は既にできていることを伝えて文作に原稿を渡します。

そこへ「オーイ!タオル!」と神田の声が聞こえ、アケミは浴室へ向かいます。

アケミは神田を急き立て、タオルでくるみながら寝室へ案内し、神田も口笛を吹きながら寝室へ駆け込んだ音が聞こえてきます。

寝室から出てきたアケミは文作に安川久子に会わなかったかと聞き、久子と神田が会う約束をしていると言います。

直後、久子が神田宅に到着し、アケミは久子を居間へと案内します。

アケミは寝室の神田に久子が来たことを伝えますが、アケミは神田から少し散歩してくるようにと言われます。

文作はアケミと外へ出ますが、その時、正午のサイレンが聞こえてきました。

文作とアケミは途中で書生の木曾英介に会います。

その後、文作はアケミに駅まで送ってもらい、挿絵の先生を回る等して新聞社に三時に戻ります。

しかし、文作は社会部の記者から神田兵太郎が自殺したが他殺の可能性もある、他殺なら文作は容疑者になると告げられます。

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【承】正午の殺人 のあらすじ②

安川久子への疑惑

アケミは文作を駅まで送った後、散歩や買い物をし、帰宅したのは一時頃でした。

書生の木曾は台所の前で薪割りをしていましたが、久子がまだいると聞きます。

アケミは神田家に入り居間の扉を叩きますが、久子の返事が返ってきます。

アケミは久子に神田のことを尋ねますが、久子は本を読みながらずっと待っているがまだ姿が見えないと言います。

アケミは寝室へ行きますが、そこでは神田が全裸の姿で死んでいるのが見つかりました。

神田の右のこめかみには銃で撃たれた跡があり、右の手元にはピストルが落ちていて下半身はバスタオルに覆われていました。

警察の調べに対し、久子は自分が居間にいる間、特に物音はなく誰もいなかったと答えますが、来て間もなく十二時五分か十分ごろに二度電話が鳴り、誰もその電話に出ないため自分で出たものの切れてしまったとも言います。

加えて、久子はピストルの音も聞かず、ラジオも自分が来た時には既につけっぱなしになっていたと証言します。

木曾の証言では、十二時五分ごろには神田宅へ戻り、神田宅前の神社で正午のサイレンを聞き、電話が鳴ったのは聞いていませんでした。

しかし、文作が久子の名を漏らしたために彼の新聞社は久子をほぼ確実な容疑者として大々的に報じます。

虚実ないまぜの記事の内容に文作は怒りますが、他紙でも事件の見解は久子に不利なもので中には既に久子を犯人扱いしているものまでありました。

文作は正午までは神田が生きていたこと、久子が唐手の達人である神田を何事もなく射殺できるはずはないことを考え、彼女の無罪を証明し真犯人を見つけるため、まずは神田について調べることにします。

【転】正午の殺人 のあらすじ③

晴れない疑惑

法医学者の間でも神田は自殺か他殺かで意見が割れていましたが、自殺にしても他殺にしてもつじつまが合わない部分があり、どちらも決定的な証拠は出せていませんでした。

そんな中、久子は前日の午後二時頃に神田から電話があり、渡すものがあるので翌日正午頃に神社の前で待っているよう命じられたと警察に話します。

結局、久子は神社で待つのが不安になって正午近くに直接神田宅へ向かいますが、神田が渡すものについて詳細は知りませんでした。

原稿かとも思われましたが、彼の寝室兼書斎に原稿はなく、そもそも締め切りも先のことであったため分からないままとなりました。

また、事件の日の朝に神田宅の女中、タカ子の元に母が危篤だからすぐ帰るよう速達が届き、タカ子は朝早くに実家へ汽車で向かいますが、帰宅してみると母には何事もなく誰もそのような速達を出していませんでした。

その速達はアケミと木曾も見ており、タカ子は自室に置いていったと言うものの、どこからも発見されませんでした。

更に、他殺説を支持する法医学者は神田の死亡推定時刻を十二時五分か十分までとし、同時刻に電話がかかってきたのも犯人による作為ではないかと疑問を呈しますが、その電話を聞いたのは久子だけです。

木曾も聞いていないかと調べられましたが、薪割りに集中していたため聞こえなかったと言い、アケミも電話を長く鳴らせるのが嫌いな神田が何故電話に出なかったのかと疑問に思います。

そこから、木曾はラジオがつけっぱなしだったことも指摘しますが、これもはっきりした理由は分かりません。

ピストルの持ち主に関しても、アケミも木曾も知りませんでした。

そうして謎は増えるばかりですが、どれも他殺の確実な証拠とはならず、その間にも各新聞社は久子が犯人であると決めつけるような記事を出します。

この状況に文作は腹を立てますが、彼の力だけではどうしても彼女の無実を証明する手が思いつかず、旧友の巨勢博士に意見を聞くことにしました。

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【結】正午の殺人 のあらすじ④

巨勢博士の推理

巨勢博士は上機嫌で文作を迎え、まず各新聞社の報道内容を分析します。

巨勢博士の分析では、どの新聞も文作が神田家へ到着するまでの調査に欠けており、神田の生死に関わらず神田家に異常が見られてからのことは全て調査すべきということです。

具体的な異常として、つけっぱなしのラジオ、女中への手紙、神田から久子への電話を挙げ、少なくとも事件前日の午後二時ごろから各容疑者の動向を調査しなければならないと説きます。

まず木曾のアリバイの裏付け調査を行った唯一の新聞を参照しますが、それによれば木曾は概ね自身の証言通りに行動していたことが分かります。

続いて、巨勢博士は文作に事件当日の十一時三十五分以降のことを集中して質問しますが、文作が事件当日に一度も実際に神田に会っていないことを指摘します。

元々神田は交際嫌いで、文作も会ってもらえない日の方が多いと説明します。

しかし、巨勢博士は文作が十一時四十五分から十二時まで神田は生きていたと証言していることが、久子が犯人と疑われる最大の根拠だと言います。

文作は神田の声や口笛、シャワーの音を聞いたと証言し、対して久子はピストルの音を聞いていないと言いますが、巨勢博士は事件前後に起こった異常は全て音によるものと分析します。

そして、久子は電話の音を聞き洩らしていないことから、隣室のピストルの音を聞き洩らすはずがなく、ピストルは久子が神田家到着前に発射されたと結論付けます。

文作は神田宅にいる間にピストルの音を聞いておらず、アケミは神田と会話していたと反論しますが、巨勢博士はその時点で既に死んでいたはずの神田と会話をしていたアケミこそが犯人であること、ラジオをかけっぱなしにした中ではテープレコーダーの音声を肉声と勘違いさせることもできると返します。

そして、巨勢博士は文作に久子の証言を信じるように伝え、自身は美女との逢引きに出かけてしまいます。

後日、文作の奮闘でアケミの犯行は暴かれますが、残念ながら文作は久子との関係を進展させることはできませんでした。

坂口安吾「正午の殺人」を読んだ読書感想

坂口安吾が幾つか書いた短編推理小説で、安吾作品における名探偵、巨勢博士の登場作品の一つです。

巨勢博士の登場作品は少なく知名度も高くありませんが、明智小五郎等に負けない魅力を持った名探偵です。

内容も、新聞記者の文作が美人記者の久子に着せられた無実の罪を晴らすというオーソドックスなものですが、巨勢博士が安楽椅子探偵のような活躍をしたり、最後に文作は久子との関係を進展させられなかったというオチが付いたりで、軽妙な楽しさがあります。

推理部分も事件当時の状況と容疑者たちの証言、そこから出てくる謎を中心に丁寧に作られており、確実なものと思われていた文作の証言と事件当時の状況がひっくり返るどんでん返し要素も楽しめましたそして、最後にそうした謎を全て巨勢博士が解き明かす爽快感も味わえる素晴らしい作品です。

また、書生の木曾が元学徒兵だったり、テープレコーダーが最近流行り出したものとして出されたり、発表当時の世相がうかがえる描写にも時代が感じられます。

-坂口安吾

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