三島由紀夫「愛の渇き」のあらすじを徹底解説、読んでみた感想

三島由紀夫

三島由紀夫「愛の渇き」のあらすじを徹底解説、読んでみた感想

著者:三島由紀夫 1950年6月に新潮社から出版

愛の渇きの主要登場人物

杉本悦子(すぎもとえつこ)
ヒロイン。農園の収穫や出荷作業に従事。楽天的なところと陰うつなところが入り交じる。

杉本弥吉(すぎもとやきち)
悦子の義父。商船会社を退職して悠々自適の日々。自給自足をモットーとする。

三郎(さぶろう)
杉本家の庭師。園芸の知識が豊富で働き者。天理教の熱心な信者。

美代(みよ)
杉本家のお手伝いさん。のんびり屋で皮肉が通じない。

杉本良輔(すぎもとりょうすけ)
悦子の夫で故人。生前は異性関係が派手で家に寄り付かなかった。

1分でわかる「愛の渇き」のあらすじ

早くに夫の良輔を亡くしてから義理の父親・弥吉が所有する、関西の広大な敷地のお屋敷の中で暮らし始めた杉本悦子。

悦子はこの家で働く園芸技師の三郎に心をひかれていきますが、彼には美代という秘密の恋人がいるために振り向いてもらえません。

やがてふたりの間に子どもができ結婚も決まったために、少しずつ悦子は精神的なバランスを崩していきます。

弥吉は別の土地ですべてをやり直すことを計画しますが、出発の前夜に悦子が突発的に三郎を殺害してしまうのでした。

三島由紀夫「愛の渇き」の起承転結

【起】愛の渇き のあらすじ①

 

禁断の果実の分け前にあずかる

杉本悦子は夫・良輔の仏壇に備えるためのザボンを買いに、阪急宝塚線に乗って梅田の青果店まで来ていました。

梅田駅から各駅停車で3〜40分の岡町駅、岡町の駅前から立派なお宮の鳥居を通って小都市の繁華街、家並のまばらな府営住宅を徒歩で2〜30分。

豊中市内の米殿村は厳密には田舎とは言えませんが、東京に生まれた悦子からするとこれといった楽しみがありません。

良輔の父・弥吉がここに1万坪の土地を買ったのは関西商船を引退する5年前の1934年のことで、毎日のように趣味の園芸や畑仕事に汗を流しています。

2階には長男の健輔とその妻、階下の一角には三男の妻とそのふたりの子ども、別の一角には弥吉と悦子、余った部屋に雇われ庭師の三郎。

4組の食事の世話をするのは美代という女性ですが、彼女の仕事はお米を炊くことだけです。

総菜はそれぞれが勝手に作るか外で食べてくるかで、月々に割り当てられた生活費でやりくりしていました。

悦子が弥吉によってこの地に招かれたのは1957年、良輔と死別してから1年とたっていません。

年若くまだまだ再婚の可能性のある女性が60歳をこえた弥吉に身を任せていることに、息子たちは生理的な嫌悪感を抱いています。

栗のうちでもいちばん美味な芝栗、市場で高値で取引されるほどの水蜜桃、貴腐ブドウに富有柿。

杉本家の家庭菜園ではさまざまな果物が採れますが、最上のものは全て弥吉と悦子で山分けしているのも不満の種です。

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【承】愛の渇き のあらすじ②

 

花の名を知る彼がいないと

4月18日はこの地方では「山行の日」と呼ばれているお花見の日で、人々は朝から仕事を休んで桜を目当てに山あいを巡る習わしでした。

この季節には出来損ないのタケノコばかりを食べている弥吉の息子たちや使用人も、ごちそうをたっぷりと詰め込んだ重箱を片手に連れ立って出掛けるのが待ちきれません。

丘のいただきに一同は呉座を広げて酒盛りを始めましたが、悦子は名高い桜並木よりもその下に咲く小さな野の花に目を奪われます。

花の名前はむらすずめ、マメ科の落葉樹、黄色い花びらは5月になると赤くチョウチョの形に変化、もともとは中国産で江戸時代の終わりに日本に渡来。

すらすらと答えて花をそっと悦子に差し出してくれたのは、何も知らないような顔をして何でも知っている三郎です。

それから1週間のちに三郎は3日のあいだ休暇をもらって、奈良県天理市に向かいました。

天理教の本部が設置された合宿所には全国から信者が集まってきて、三郎も4月26日に執り行われる大祭には毎年欠かさずに参加しています。

三郎によってきれいに刈り整えられた庭の草木、整理整頓が行き届いた仕事部屋、北西の角に向いているために午後になると微かに日が射し込む寝室。

三郎の不在はたったの3日間でしたが、悦子は家の中の至るところで彼の不在を感じてしまい落ち着きません。

悦子のソワソワとした様子を見た弥吉は彼女が良輔のことを考えているのではと勘違いして、命日には東京へ墓参りに連れていくつもりです。

【転】愛の渇き のあらすじ③

 

秋の祭に燃える激しい嫉妬心

10月10日は米殿村を含めて数カ所の村で秋まつりが行われていて、弥吉と悦子も早めに夕食を済ませた後で見に行くことにしました。

夕暮れのかなたから聞こえてくる太鼓、絵柄の入っていない真っ白なちょうちん、季節外れの花火。

この地方の風習で鼻におしろいを塗られた弥吉の孫たちは、縁日に並んだメンコやおもちゃの自動車をおねだりしています。

にぎわいの中に居ても悦子の目が自然と追いかけてしまうのは、青年団の仲間たちに誘われて日没前から獅子舞いを手伝っているはずの三郎の姿です。

大勢の若い男性たちが緑色のたてがみを風になびかせた獅子頭をぶつけ合っていますが、みんなが半裸に浴衣を羽織った姿なので誰が誰だか分かりません。

石段を登った先に人混みができていたために悦子が駆け寄ると、縁台の上に気を失った寝かされていたのは美代です。

青年団のメンバーがみこしを担ぐように近所の医院まで連れていくと、先代の頃から弥吉と付き合いがある院長が彼女の妊娠を告げました。

本人があっさりと認めたこともあり、おなかの中の赤ちゃんの父親が三郎であることは議論の余地がありません。

口うるさく詮索好きな村の連中を気にする弥吉は、三郎の前に二者択一を持ち出します。

男らしく自分の非を認めて美代と結婚してここに残るか、責任を回避してひとりでここから出ていくのか。

言われるままに三郎は弥吉の仲人で式を挙げることを了承したために、悦子の胸のうちに湧き上がってきたのは激しい嫉妬の気持ちです。

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【結】愛の渇き のあらすじ④

 

新天地に夢見た幸せ

以前に三郎が天理に行っていた時には彼の不在が悦子を苦しめていましたが、今度はその姿を目の当たりにするだけでつらくなってしまいます。

不注意からヤケドを負って右手が使えなくなってしまったのは、庭に散らばった落ち葉や縄を掃き集めてたき火をしていた時です。

明らかに彼女の振る舞いがおかしいことを察知した弥吉は、鉄道会社の株をいくらか売却して旅費に変えました。

良輔の一周忌に上京することだけは前々から約束していましたが、この機会に米殿を引き上げて移住しても構いません。

車両を貸し切りにしてのんびりとした旅、久しぶりの映画鑑賞や芝居見物、高級洋食店でのぜいたくな食事に百貨店で好きなだけお買い物。

ありとあらゆる享楽に事欠かない東京で気分転換をすれば、悦子のうっ屈とした思いも少しは晴れるでしょう。

特急列車「平和号」の切符を回してくれた大阪の駅長、出発は2日後の10月30日、普段よりも少しばかり豪勢な食事で送別会。

無風状態のような2日間を過ごした悦子が三郎を裏手のブドウ畑に呼び出したのは、旅立ちを明日に控えた真夜中のことです。

ふたりの密会を目撃した弥吉は、護身用のために納屋に立てかけておいたクワを握りしめて三郎に襲いかかります。

クワを奪い取った悦子が三郎の方へ打ち下ろしたために、頭蓋骨を砕かれた彼は地面に倒れて起き上がりません。

弥吉は稲が植えられた柔らかい1画に黙々と穴を掘って、三郎の遺体を横たえた後に再び土で覆います。

血と泥で汚れた体をきれいに洗い流した弥吉と悦子は、布団の中で寄り添いながら深い眠りに付くのでした。

三島由紀夫「愛の渇き」を読んだ読書感想

誘われるままに夫の父親のもとに転がり込んで愛人となり、上質なフルーツをむさぼる杉本悦子は自らの欲望に忠実な主人公と言えるでしょう。

苦学の末に出生して自分の土地を手に入れた弥吉が、戦後の農地改革でその大半を失ってしまったというほろ苦い事情が物語の背景から見え隠れしていました。

人生の大半をかけて築き上げてきたものが足元から崩れ落ちていく中で、息子の妻のみずみずしい肉体に溺れていくのも無理はありません。

背徳感をたっぷりと漂わせた年の差カップルの側で、健康的かつストイックな三郎が庭仕事に汗を流しているのも印象的です。

いかにも田舎娘といった美代が割り込んできて、ドロドロの三角関係に陥るのかと思いきや予想外の着地点へと向かっていきます。

果たして悦子と弥吉が犯した凶行が明るみに出るのか、ふたりが犯罪者として裁かれる日が訪れるのか。

すべてをの答えを読者に委ねて、多くを語ることのない衝撃的なクライマックスも見事ですね。

-三島由紀夫

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