三島由紀夫「盗賊」のあらすじを徹底解説、読んでみた感想

三島由紀夫

三島由紀夫「盗賊」のあらすじを徹底解説、読んでみた感想

2021年6月3日

著者:三島由紀夫 1948年11月に真光社から出版

盗賊の主要登場人物

藤村明秀(ふじむらあきひで)
主人公。学習院大学の研究室に在籍。子爵家の跡継ぎとしておおらかに育てられる。

山内清子(やまうちきよこ)
男爵家の令嬢。 19歳になったばかりで世間知らず。

原田美子(はらだよしこ)
明秀の母・妙子の友人の娘。奔放で異性関係が派手。

三宅(みやけ)
美子の彼氏。 明秀の大学の先輩。登山が好きで海外にもよく行く。

佐伯(さえき)
清子と短い期間だけ付き合っていた。 しゃれた身なりで人目をひく。

1分でわかる「盗賊」のあらすじ

裕福な家庭に生まれて何ひとつ不自由なく暮らしていながら、原田美子との別れをきっかけにして死を考えるようになった藤村明秀。

同じように佐伯という男性から手ひどく捨てられて、生きる希望を見失っていた山内清子。

ふたりは世間を欺くために結婚の準備を進めていき、式が終わったその日の夜には自らの命を絶ちます。

明秀と清子がこの世を去った2カ月後に開かれたクリスマスのパーティー会場で、美子と佐伯は顔を合わせるのでした。

三島由紀夫「盗賊」の起承転結

【起】盗賊 のあらすじ①

 

リゾートから廃虚へたたき落とされる

藤村家は江戸時代に大名と縁戚関係を築いて代々と続いてきた公家で、維新後には東京に広大な土地とお屋敷を購入しました。

先代が道楽で収集していた高価な美術品のコレクションを当代の藤村子爵が売却したために、息子の明秀は生活には困りません。

この春に学習院大学の国文科を卒業してからは研究室に通っていて、3年くらい自由に勉強するか遊ぶかした後で教職に就くのが順当でしょう。

夏の休暇にリゾート地・S高原に新しくオープンしたホテルに滞在していた明秀は、母親の妙子から原田美子を紹介されます。

妙子と美子の母親は学生時代からの親友なために、当然のように子供同士の縁組みの話が持ち上がるようになりました。

森の向こうのお花畑でバスケットを片手にピクニック、N池のうっそうとした茂みに囲まれてお昼寝、日本アルプスを眺める急勾配の坂道をドライブ。

これまで見たことがないほどの若く美しい女性とデートを重ねるうちに、明秀の方はすっかり結婚する気になっています。

そんな最中に美子がホテルまで呼び寄せたのは数多くいるボーイフレンドのひとり・三宅で、明秀にとっては学習院の2年年上の先輩です。

たまたま他に話し相手がいなかったS高原だから付き合ってあげたこと、遊び慣れた美子にとって明秀は結婚相手としては物足りないこと、まだまだ家庭に入るつもりもないこと。

おっとりと育てられて苦痛を知らない明秀にとって初めての失恋で、ひとりで廃虚に残されたような気分です。

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【承】盗賊 のあらすじ②

 

死を意識して輝く男

藤村家代々のお墓は京都市北区の紫野にあり、肺炎にかかった藤村子爵の代理として明秀が祖父の15回忌に参加することになりました。

法事が終わったその足で明秀は美子のことをキッパリと忘れるために、生まれて初めてのひとり旅に出かけます。

汽車に揺られて車窓から流れる風景を眺めているとようやく安らぎが訪れてきて、予定もなしに降りた先で選んだのは三ノ宮の駅前にある旅館「照葉屋」です。

窓の外から異様な音がしたのは午後の8時過ぎ、警察官が懐中電灯で照らしているのは交通事故の犠牲者の血だらけの顔。

旅館の3階の窓からこの光景を目撃した瞬間から、明秀はただひたすらに死を願うようになり現世への執着も美子への未練はありません。

今のうちに昔の友だちに会っておこうと、明秀は1年ぶりに学習院時代のクラスメート・新倉の自宅へと向かいました。

前もって連絡もせずにふらりと訪ねてきて手を差し出す明秀を見て、新倉はひどく驚いています。

美子とのゴタゴタがあってからというもの、友だちからの手紙に返事も書かずに電話にもろくにでていません。

新倉の周囲では「明秀が死んだ」とのうわさがささやかれていたほどですが、握手をしてみると手のひらは熱く力に満ちあふれています。

死への異常なほどのあこがれによって明秀は、さえない大学生の頃と比べるとはるかに輝いているのでしょう。

新倉は会員を厳選したクラブを開設するために大忙しで、明秀はこれからも生き続ける彼のために最後に手を貸してあげるつもりです。

【転】盗賊 のあらすじ③

 

有閑クラブから破滅のハネムーンへ

クラブのパトロンは最愛の我が子を亡くしたばかりの侯爵夫妻で、自分たちの思い描いていた夢を若い人たちに託そうという試みです。

新倉の推薦と高額な寄付金のおかげですぐにメンバーの一員となった明秀は、その週の土曜日にさっそく参加してみました。

ビリヤードやテニス、豪華なディナーに高級洋酒の飲み比べ、ピアニストの個人リサイタルまで。

お金と時間を持て余したお年寄りたちが華族会館でやっているようなことを、良家の子息や令嬢がまねしているに過ぎません。

会員たちがチェコから輸入された珍しい映画を夢中になって鑑賞している中で、しらけた様子で帰ると言い出したのが山内清子です。

明秀が清子を電車で自宅まで送っていくと、彼女の父親が先日の紫野の法事で言葉を交わした山内男爵だと分かりました。

清子が2階の寝室に明秀を招き入れたのは、抱えている心の痛みをこの人にならばさらけ出せると初対面で確信したからです。

美子によって死を促された明秀、佐伯という冷酷な青年に捨てられたために自殺を考えている清子。

ふたりだけの秘密の交換は、愛の告白をはるかに上回るほどの喜びをお互いにもたらしました。

明秀は大学からの帰りに足しげく山内家を訪れるようになり、清子の家族と藤村家の行き来も自然と増えていきます。

夏の盛りのK牧場へのピクニックや軽井沢への避暑など、はた目には明秀と清子は幸せなカップルにしか見えないでしょう。

双方の友人たちのサポートもあり両家の顔合わせも無事に済んで、あとは式の日取りをいつにするかだけです。

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【結】盗賊 のあらすじ④

 

盗賊が永遠に奪ったもの

新婚カップルが結婚式の当夜に情死、新郎は藤村子爵の跡継ぎ・明秀、新婦は山内男爵の愛娘・清子。

1930年代前半の11月のある日に新聞の一面を騒がしたこのニュースですが、事情をよく知る家族や友人はひとりもいません。

ふたりの遺書も発見されなかったため、さまざまな階層の人々のありとあらゆる憶測やデマが飛び交っていました。

明秀と清子を「この世界でもっとも完全なる恋人同士」と賛美する若い世代、自分たちの息子や娘がはやり病のように心中を決行するのではないかと警戒を強める旧世代。

藤村妙子はショックから39度をこえる熱にうなされ続けますが、1週間ほどであっさりと回復を遂げます。

入院中はしきりに「もう死ぬ」と口走っていた妙子にとっては、回復してからの生きる苦しみの方が数倍大きいでしょう。

藤村子爵は息子と義理の娘のきらびやかな墓石に慈愛と哀れみの入り交じったまなざしを向けながら、穏やかな老後を迎える準備をしています。

藤村家が山内家から距離を置くようになっていたその年のクリスマス、秋の終わりに三宅と別れた原田美子は新しい恋人と夜会に招かれます。

ひとりだけ遅れてきたのはプレイボーイとして名高い佐伯で、主催者が美子に紹介したのはディナーが終わってからダンスをするために来客たちがぞろぞろと別室に移っていた時です。

ふたりは目線を合わせた瞬間に、お互いの美しさと若さが盗賊によって奪い去られていることに気が付くのでした。

三島由紀夫「盗賊」を読んだ読書感想

生まれながらに豊かな財産と社会的な地位を与えられて、約束された将来を待つだけの主人公の藤村明秀がうらやましいです。

たった1度きりの恋の痛手で早々と人生をあきらめてしまう打たれ弱さは、いかにも昭和の文学青年と言えるでしょう。

旅先の夜の旅館で偶然にも目撃交通事故の悲惨な現場を目撃するシーンは、死の誘惑をさらに加速させていくようで幻想的でした。

残された時間を使って懐かしい友人たちに会いに行ったり、記念にクラブ活動を手伝ったりする姿は若くして終活に励んでいるようですね。

まったく同じ境遇にある山内清子が明秀とそっと手て手をつないで、絶望の底から救いあげてあげるのかと思いきや… ふたりで偽りの結婚披露宴と最初で最後の一夜へと向かっていく、予測が不可能な後半の展開にも引き込まれます。

すべてが終わった後に用意されている原田美子と佐伯の聖夜のドラマチックな鉢合わせも、さらなる悲劇を予告しているようで忘れられません。

-三島由紀夫

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