笑う唖女 夢野久作

夢野久作

夢野久作「笑う唖女」のあらすじを徹底解説、読んでみた感想

笑う唖女の主要登場人物

甘川澄夫(あまかわすみお)
25歳の新郎。大学を優秀な成績で卒業し、亡き父の跡を継いで村の医師となる。

甘川初枝(あまかわはつえ)
新婦。女学校を一番で卒業した才媛。旧姓は頓野(とんの)。

花子(はなこ)
キチガイで唖。妊娠している。

栗野(くりの)
郡医師会長。夫人とともに仲人をつとめる。

黒山伝六郎(くろやまでんろくろう)
村の助役。村一番の大酒飲み。

1分でわかる「笑う唖女」のあらすじ

村で唯一の医者である甘川家で、いま結婚式が行われています。

昨年、大学を出た澄夫が、となり村の医者の娘、初枝を嫁に迎えるのです。

そのめでたい席に、ボロをまとったキチガイの唖女がやってきます。

唖女は妊娠して腹をふくらませています。

女は澄夫を見ると、駆け寄って抱きつき、離れようとしません。

澄夫は、なにか秘密を抱えたように、当惑しています。

まわりの人の勧めで、当面の間、唖女を物置のすみに置いてやることになりました。

初夜の床のなかで、澄夫は思い出します。

去年の八月に、あの唖女に誘いこまれ、つい、体の関係を持ってしまったことを……。

夢野久作「笑う唖女」の起承転結

【起】笑う唖女 のあらすじ①

結婚式にやってきた女

とある村でのことです。

いま、甘川家では、若い当主の甘川澄夫と、初枝の結婚式が行われていました。

仲人は、群医師会長をつとめる栗野医学博士とその夫人です。

新婦の父で、となり村の隠居した医師、頓野羊伯とその後妻も出席しています。

新郎の父はこの村の漢方医でしたが、夫婦ともに亡くなっています。

村の助役を長年つとめる黒山伝六郎は、酒を飲み、大喜びしています。

なにしろ、甘川家は村でたった一軒の医者。

父の亡き後を、大学を優秀な成績で卒業した息子があとを継いでくれた上に、となり村の医者の娘で、女学校を一番で卒業した才媛が、嫁に来てくれたのです。

こんなにおめでたいことはない。

伝六郎は、先代の肖像画を拝み、あと一年半生きて、今日の結婚式を見てほしかった、と涙します。

先代夫婦は、一年三か月ほど前に、老病のため、相前後して亡くなっていたのです。

ところで、先ほどから、玄関のほうで奇妙な声がします。

「キキキキ……アワアワエベエベ……」ケダモノか鳥のような声です。

それは結婚式に出席している村人たちがよく知る、唖女の声でした。

妙な患者が来たということで、栗野博士が対応に出ます。

こういう日に、新郎の手を煩わせないほうがよい、と考えたのです。

新郎新婦が見送りに出てきたので、栗野博士は自分の考えを伝え、玄関に来ているのが精神異常者(キチガイ)らしい、と教えます。

キチガイのことは自分にまかせ、よい潮時だから、新郎新婦は披露宴の席を抜け、離れのほうに引き取りなさい、と指示するのでした。

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【承】笑う唖女 のあらすじ②

唖女の不可解なふるまい

夕暮れの玄関口では、国旗の下に、ぼろぎれを着た若い女が土下座しています。

甘川家の下男、一作が、赤飯の握り飯を一個めぐんでやって、追い払おうとしました。

女は握り飯を払い落とすと、ふくらんだ自分の下腹を指し、「アワアワアワ、エベエベエベ」と、けもののような声を出します。

腹をたてた一作が、斧を振り上げて追い払おうとするところへ、栗野博士夫婦が出てきました。

女が妊娠しているのを見て取った博士は、一作から女の事情を聞きます。

女は名を花子といい、キチガイで、色情狂だそうです。

父親の足の不自由な門八は、娘といっしょに、この裏山にある、名主の空き土蔵に住んでいました。

父は、娘が外に出ないように、外から戸締りをしていました。

それなのに、昨年の秋口、娘がどこかへ姿を消したものですから、父親は悲しんで、自殺したのです。

それ以来、娘の行方は知れなかったのですが、今日、こうして姿を見せたというわけです。

一作の想像では、あちこちを放浪していた花子が、父親恋しさに帰ってきてみれば、古い土蔵はもう壊れています。

そこで、甘川家の前を通りかかったのを幸いと、面倒をみてもらおうとした、と思われます。

一作の説明が終わったころ、唖女は、奥に立っている澄夫に目を止めました。

とたんに彼女は、駆けて行って、澄夫の腰にしっかりと抱きついたのです。

女は澄夫の顔を見上げ、嬉しそうに「ケケケ……」と笑います。

皆が女を引きはがそうとしますが、離れません。

そのうちに、伝六郎が出てきました。

彼は「結婚式に、はらみ女とはめでたい」と言い、澄夫に「しばらくの間、物置の隅にでも置いてやってほしい」と頼みます。

澄夫はうろたえていましたが、とりあえず、女にモルヒネを注射しておとなしくさせ、物置につれていったのでした。

【転】笑う唖女 のあらすじ③

澄夫の回想

離れの座敷には、新郎新婦と栗野博士夫妻がいます。

彼らのかたわらには、初夜の床が用意されています。

博士は、唖女についての事情を説明し、しばらくの間、面倒を見るように言いました。

ただし、ずっと続けろというのではなく、栗野博士が県庁に掛け合って、あの唖女を収容所に入れてもらうので、それまでの辛抱、ということです。

新婦はほっとしていますが、新郎は物憂げです。

やがて、床入りとなっても、新婦を放って、澄夫は回想にふけるのでした。

昨年の八月のことを思いだしているのです。

夏休みに、実家で卒業論文を書き上げた澄夫は、裏山に散歩に出かけました。

彼はこれまで女を避けてきて、まだ童貞です。

散歩道で村の娘とすれ違いでもしたら、性欲で頭がクラクラするだろうと心配した澄夫は、わき道を歩き、森の中へ入っていきました。

けれど、性の、もんもんとした欲望は、どうしても鎮まらず、澄夫を苦しめます。

木の枝や草のとげに身体を傷つけられ、痛むのもかまわず、めくらめっぽうに進んでいきました。

そうして、藪から出たときでした。

けだもののような「ケケケケ……」という声が聞こえてきます。

そこは丘陵の上の空き地で、昔の名主の屋敷跡でした。

古い土蔵が、朽ち果てる寸前で残っていました。

土蔵の二階の櫺子(れんじ)窓から、白い手が出て、彼を誘っています。

厚く白粉を塗った女の顔が見えます。

唇は気味が悪いほど赤く、髪はバラバラに乱れています。

その幽鬼のような女に惹かれ、彼はフラフラと土蔵に近づきます。

枯れ枝の閂を外し、扉をあけると、中から「キキキキ……」という女の声が聞こえてきたのでした。

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【結】笑う唖女 のあらすじ④

澄夫の決断

結局、澄夫は唖女と性交したのでした。

彼は後悔します。

しかし、その後、唖女は行方不明になり、彼女の父親は自殺しました。

澄夫はホッとしました。

二度とあのようなことはすまい、と心に決め、美しい妻とともに、村で医者としてやっていくつもりでした。

ところが、今日、あの唖女がもどってきたのです。

まるで、澄夫の本当の妻は自分だと主張するように。

あの女が、口がきけないからまだよいようなものの、あの女のそぶりから、おなかの子の父親が澄夫であると、他人に知られたらどうしよう。

澄夫は怯え、唖女を殺すことを決意します。

初夜の床から出た彼は、薬局へ行って、モルヒネを入れたカプセルを作ります。

そのとき、戸口から誰かが覗いていたような気配がありました。

が、ふり返っても誰もいません。

澄夫はビーカーに水を入れ、カプセルを手に、物置へ向かいました。

唖女は、先ほどのモルヒネ注射が効いて、まだ眠っているだろう、と思っていました。

しかし、澄夫が入ったとたんに女は目をさまし、彼に抱きついてきて、嬉しそうに「キキキキ……」と笑うのでした。

そのとき澄夫は、新妻の初枝が、雨どいの陰に立っていることに気づきました。

彼女は、離れ座敷からずっと澄夫をつけてきたのです。

初枝の見開いた目から、大粒の涙がこぼれました。

唖女は、泥だらけの手で初枝を指さし、「ケケケケ……」と、勝ち誇ったように笑いました。

初枝がゆっくりとこちらへ向かって歩いてきます。

澄夫は、唖女を殺すために用意したカプセルを自分の口に入れると、ビーカーの水をガブガブと飲み干したのでした。

夢野久作「笑う唖女」を読んだ読書感想

一読して、ものすごい小説だと感じました。

ちょっと比肩するものがないんじゃないでしょうか。

ただし、ストーリーの骨格はありふれているのです。

〈ある男が、美しい才媛と結婚式をあげている。

そこへ、一度だけ肉体関係を持った女が乗り込んできて、式を台無しにしようとする。

新郎は、女を殺すことを決意する。

〉……どうです? ごくありふれた、男女のトラブルを描くストーリーでしょ? でも、実際に読んでみると、唯一無二の世界なのです。

では、なにがほかの作家の書いたものと違うのか? 二つあげます。

一つ目はキャラ設定です。

乗りこんでくる女が、キチガイで唖だとしている点です。

こんなキャラ設定をする作家は、ちょっといないですね。

また、この設定のため、女は自分が宿している子の父親が新郎だとしゃべることができません。

しかし、ベタベタとくっついてくる様子から、いずれまわりにバレそうです。

そういうサスペンスを生む効果があるのです。

違いのふたつ目は、やはり描写、というか、文章により異形の世界を構築している、ということです。

ホラーコミックで、絵を見ただけで作者がだれかが明白にわかり、比べる他者がいない、というかたが何人かおられます。

その特異な絵によって、とんでもないコミック世界を構築しています。

夢野久作もまた同様に、その文章で特異な世界を作っているのです。

-夢野久作

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