著者:三島由紀夫 2011年6月に新潮社から出版
金閣寺の主要登場人物
溝口(みぞぐち)
本作の主人公。吃音のせいで他者とうまく関われない引っ込み思案な青年。金閣寺に憧れを抱く。
有為子(ういこ)
近所に住んでいた美しい娘。脱走兵と恋仲になり、逃げられないことを悟った脱走兵に撃ち殺される。
老師(ろうし)
溝口の父親と友人関係だった寺の住職。溝口を大学に行かせるなどの支援をする。
鶴川(つるかわ)
寺で知り合った快活な友人。溝口の吃音を唯一馬鹿にしなかった。
柏木(かしわぎ)
大学で出会った内反足の友人。障害を理由に女を手玉に取る。
1分でわかる「金閣寺」のあらすじ
主人公の溝口は生まれつきの吃音のせいで、他者とうまく関われず引っ込み思案な性格に育ちます。
寺の僧侶の父親から、金閣ほど美しいものは地上にないと常々聞かされていました。
父の死後金閣に入り修行をすることになりますが、現実の金閣は想像よりはるかに劣り、溝口は絶望します。
しかし、戦争が激化すると日に日に金閣は悲劇的な美しさを増していきます。
溝口はある日家出をして行き着いた舞鶴湾にて、突然「金閣寺を焼かなければならぬ」と思い立ちます。
その後溝口は金閣寺を放火し、火の粉が舞う夜空を見てたばこを吸い、「生きよう」と思うのでした。
三島由紀夫「金閣寺」の起承転結
【起】金閣寺 のあらすじ①
溝口は、舞鶴のへんぴな岬に生まれます。
父親は寺の僧侶で、幼いころから金閣について聞かされてました。
父親は金閣ほど美しいものは地上にないと言うので、溝口は父の話や金閣の字面や音韻から、美しい金閣への妄想を膨らまします。
そのため現実の金閣を教科書や写真で見ても、心のなかの金閣には敵いませんでした。
溝口は生まれつきの病弱と吃音のせいで、周りとうまく関われず引っ込み思案な少年に育ちます。
そういった引け目を感じているがゆえに、自分はひそかに選ばれた人間だと考え、この世のどこかに自分の使命が待っているような気がしていました。
中学校に海軍機関学校に入った先輩が遊びに来たとき、先輩の誇りのような美しい短剣を羨ましく思い、こっそりと傷を付けます。
また、溝口は近所の有為子という美しい娘にひかれますが、吃音を馬鹿にされ拒まれてしまいます。
それ以来有為子を呪い死を願っていると、脱走兵と恋仲になっていた有為子は、逃げられないと悟った脱走兵に撃ち殺されます。
青年期に起きたそれらの出来事は、溝口の人生に暗い影を落とします。
ある日溝口は病気の父に連れられ、京都まで行き金閣を見に行くことになります。
実物の金閣はただの古く黒ずんだ三階建てで、思い描いていたような感動はありませんでした。
しかし日がたつと、金閣は日に日に心の中で美しさを増していきます。
それからしばらくして母から電報が届き、肺をわずらっていた父が喀血で死んだことを知らされました。
そしてそのとき、父の死を悲しんでいない自分に気付き、自分には人間的感情が欠けているのだと悟ります。
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【承】金閣寺 のあらすじ②
父の死後、溝口は父の遺言どおり金閣寺に入り学校に通いながら修行をすることになります。
間近で見る金閣は、戦争の悲報が届くたびにその美しさを増すようでした。
溝口は金閣は一人の将軍を中心とした人々の不安が生んだ建築だと思っていたので、戦乱と不安で輝くのは自然だと感じます。
ある日新聞の空襲を免れるのは難しいという見出しを見て、初めて金閣と空襲を結び付けてみます。
金閣が自分と同じでいつかは灰になる運命を意識すると、金閣は再びその悲劇的な美しさを増すのでした。
溝口には寺で知り合った鶴川という快活な友人がいて、鶴川だけは吃音を馬鹿にしませんでした。
鴨川と南禅寺へ行ったとき、二人は美しい女が男に自分の母乳を注いだ茶を飲ませる様子を目撃します。
それは、夫が戦争へ行って離ればなれになってしまう夫婦の別れの儀式のようでした。
溝口はその女をよみがえった有為子そのものだと感じ、何日も執拗にそう思いました。
やがて戦争が終わり、金閣が焼かれることはなく、溝口は金閣と自分の関係が絶たれたと考え絶望します。
金閣の見物人が増え始め、米兵や売春婦などのみだらな俗世も金閣を取り巻くようになります。
その後寺の老師のはからいで大学へ入学し、そこで内反足の障害を持ち孤立した柏木と出会います。
溝口は柏木に話しかけますが、柏木は障害を恥と思わず、むしろそれを利用して女を手玉に取るような男でした。
柏木に自分を重ねて近づいた浅はかさを暴かれ、決まり悪くなりなりますが、障害を受け入れて生きる柏木に興味を抱きます。
鶴川は柏木との仲をよく思わず忠告してきますが、溝口はそれをうるさく感じました。
【転】金閣寺 のあらすじ③
溝口は柏木に女を紹介され、女を抱く機会を与えられます。
しかしいざ女の着物の裾に手を滑らすと、金閣の幻影が現れて女を抱けずに終わりました。
そんなある日、友人の鶴川が事故で死んだという知らせを受け、溝口は涙を流します。
自分と明るい昼の世界とをつなぐただ一つの糸が、鶴川の死によって絶えてしまったと感じたのです。
柏木と交流を続けるうち、溝口は再び女を紹介されます。
その女は、南条寺で見かけて有為子を重ねた女でした。
以前会っていたことを女に打ち明け関係を持とうとしますが、またしてもことに及ぶ前に金閣が現れ、なせずに終わります。
その後も何度か他の女との性行為の機会はありましたが、そのたびに金閣に邪魔をされ女を抱けません。
次第に溝口は自分と生の間に現れ、立ちはだかる金閣を憎むようになります。
溝口はあるとき正月に、芸者を連れて歩いているのを偶然見かけます。
老師は尾行されたと勘違いし、溝口も吃音のため弁解できず、叱咤されてしまいます。
後日老師に呼び出され釈明できる機会を期待しますが、老師が何も言ってこないので、芸者の写真を朝刊に挟み怒りをあおろうとします。
それをきっかけに老師と言い合いになり理解し合えることを夢に見ていたのです。
現実ではそんなことは起こらず、老師とのわだかまりや学業の不振が募り、ついには老師に後継ぎにする気はないと宣言されてしまいます。
柏木に金を借り、溝口は無断で寺を出て旅ををします。
そして舞鶴湾で海を眺めているとき、溝口は突然「金閣寺を焼かなければならぬ」と思います。
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【結】金閣寺 のあらすじ④
溝口は国宝に指定された金閣寺を自分が焼けば、それは取り返しのつかない破壊で、人間が作った美の量を確実に減らすことができると考えます。
旅の最中に借りた宿で、溝口は警官に尋問を受け寺から家出してきたことを話し、寺に連れ戻されます。
金閣を焼く決意をしてからというもの、溝口の移ろいやすい心は消え去りました。
死を予感した人のように、周囲への愛想がよくなり、寺での生活も楽になります。
貸した金を返済させに来た柏木に、溝口は破滅的なことをたくらんでいるんじゃないかと問われ、それを否定します。
柏木は生前の鶴川とやり取りした手紙を見せます。
そこには恋愛に悩む鶴川の暗い気持ちがつづられていました。
溝口は柏木との仲を忠告してきた鶴川が、隠れて柏木と親しくしていたことを妬ましく思います。
手紙の内容から推測すると、鶴川の死は自殺のようでした。
柏木は「世界を変貌させるのは認識だ」と言いますが、溝口は「世界を変貌させるのは行為だ」と言い返します。
溝口は自殺に備えてカルチモンという催眠薬と小刀を買い、金閣を焼く準備をします。
決行の日、溝口は最後の別れを告げるために金閣を眺めます。
闇夜に融け輪郭の定かでない金閣は、思い出の力によってきらめきだし、美しい姿ではっきりと目の前に現れます。
ついに溝口は金閣に火をつけ、金閣の頂上の部屋で死のうと思い立ちます。
しかし、金閣の扉は戸締りされていて開かず、拒まれていると感じます。
溝口は戸外へ飛び出し山道を駆けのぼり、左大文字山の頂まで行き着きます。
そこからは金閣は見えませんでしたが、渦巻く煙と夜空に舞う火の粉は見えました。
溝口はそれを眺め、ポケットのカルチモンと小刀を谷底へ投げ捨てます。
そしてたばこを吸い、一仕事終えて一服した人がそう思うように、「生きよう」と思うのでした。
三島由紀夫「金閣寺」を読んだ読書感想
金閣寺は実在の放火事件を題材にした、三島由紀夫の青春の大決算とも言える不朽の名作です。
吃音というハンデを背負い他者との関わりにコンプレックスを抱く溝口が、金閣の放火に至るまでの経緯がこと細かに書きつづられています。
金閣は女を抱こうとするたびに美しい幻影として現れ、溝口を悩ませます。
金閣という変わらずそこに存在する建造物に対して、溝口が抱く感情が読み進めるたびに変化していくのが興味深かったです。
小説の中盤までは溝口の葛藤や鬱屈した思いを感じますが、金閣を焼くと決意してからの溝口は生き生きとしています。
自分と実在する「生」とのつながりを妨げる金閣を焼くことは、溝口にとって何か重要な儀式だったように感じました。
放火をやり遂げた後、自殺をするつもりだった溝口が、たばこを吸い「生きよう」と思う最後の場面が印象的です。
その姿には今までの溝口とは異なる清々しさと希望がありました。
溝口は金閣の美に捕らわれ続けていましたが、それを焼くことでやっと金閣から解放されたのではないかと思います。