著者:三島由紀夫 1962年10月に新潮社から出版
美しい星の主要登場人物
大杉重一郎(おおすぎじゅういちろう)
主人公。親の遺産で暮らしている無職。空飛ぶ円盤を見て以来、火星人としての自覚を持つ。
大杉伊余子(おおすぎいよこ)
重一郎の妻。円盤を見て以来、木星人としての自覚を持つ。
大杉一雄(おおすぎかずお)
重一郎の息子。水星人と自覚しており、政治家を志している。
大杉暁子(おおすぎあきこ)
重一郎の娘。学生。美しい容姿で、誰とも親しくしたことがない。金星人としての自覚を持っている。
羽黒真澄(はぐろますみ)
助教授。白鳥座61番星人としての自覚がある。重一郎と相対する思想を持っており、地球を滅亡させようと考えている。
1分でわかる「美しい星」のあらすじ
大杉家の家族四人は空飛ぶ円盤を見て以来、宇宙人としての自覚を持つようになりました。
一家は自らの素性を隠しながら、世界滅亡の危機を救うために活動を始めます。
しかし彼らと同様に、自分のことを宇宙人だと信じていた羽黒真澄に敵対視されてしまいます。
羽黒たちは人類の安楽死を掲げて行動していたのです。
羽黒と重一郎は激しい論争を繰り広げます。
論争の末、重一郎は倒れ、搬送先の病院で胃がんであることが判明します。
その事実を知った重一郎は、家族と共に円盤を見ることを決意します。
そして病院を抜け出し、丘の稜線に辿り着いた一家は、丘の彼方に緑や橙に色を変える円盤を目撃するのでした。
三島由紀夫「美しい星」の起承転結
【起】美しい星 のあらすじ①
埼玉県飯能市の大きな屋敷から、フォルクスワーゲンがけたたましい音を立てて走り出しました。
車に乗っているのは、大杉家の4人です。
彼らは、それぞれが宇宙人としての自覚を持っています。
その日、空飛ぶ円盤が姿を現すという通信を受けた重一郎は、家族を連れて町の外れにある山に出かけることにしたのです。
目的の場所に到着すると、重一郎は山のふもとで車を停め、全員で山を登ります。
そして約束の場所である展望台に到着しました。
円盤は4時半から5時半の間に、南の空に現れると聞いていた一家は、おとなしくその時を待ちます。
しかし約束の時間を過ぎても円盤が現れることはありませんでした。
重一郎が突然、宇宙人としての意識に目覚めたのは去年の夏のことでした。
深夜、2階の屋敷で寝ていた重一郎は、何者かの呼ぶ声で目を覚ましました。
訝しく思い、寝間着のまま外へ出ます。
しばらく夜道を歩き、何の気なしに空を見ると、屋根の上に1機の円盤が斜めに飛んでいました。
それは薄緑色の楕円形に見えましたが、徐々に橙色に変わっていきます。
その後、円盤は激しく震えると、東南の空へ飛び去っていきました。
重一郎はたった今感じた、至福の時間を反芻します。
バラバラな世界が瞬時に癒されたと感じたのです。
次の日、重一郎が目覚めたのは自分の寝床でした。
妻の伊余子はもとより、重一郎が昨夜外出したことに気付いていません。
そこで重一郎は昨夜体験したことを、家族に話します。
しかし信じてもらうことはできませんでした。
重一郎は自分がこの世の者ではないことを、世間に隠そうと決意します。
そして雑誌の「趣味の友」の通信欄に、同胞に向けた広告を出しました。
その後、重一郎は円盤が現れる予告を受けたのです。
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【承】美しい星 のあらすじ②
重一郎が火星人として目覚めた頃、暁子は金星の円盤を目撃していました。
晩春の日没後に西部電車の窓から見たのです。
重一郎は高等学校の同窓会に出席するために、小料理屋へ向かいます。
そして飲みの席で、突如として演説を始めました。
その内容は、世界が危機に瀕しているというものでした。
演説を聞いた同級生たちは、懐疑的な態度を取ります。
それでもまだ話を止めない重一郎は、店を追い出されてしまいます。
一方、暁子は竹宮という男と会っていました。
出会ってすぐ、互いにその容姿に惹かれ合います。
二人はタクシーに乗り、有名な宿に泊まります。
そこで暁子は、竹宮が金星人としての自覚を持っていることを知ります。
竹宮は重一郎が送った「宇宙友朋会」の通信欄を読んでいたのです。
そして、自身を金星人だと信じて疑わない暁子に対して、その事実を打ち明けたのでした。
翌朝、竹宮は暁子に対して、街の案内をしてあげます。
その後、二人は同じ金星人として円盤を見るために、砂丘に向かうことにしました。
海辺の砂丘で腰を下ろした二人は、肩を寄せ合い、円盤が現れるのを待ちます。
すると、編隊を組み斜めになった円盤が3機、暁子の元へ近付いてきました。
暁子と竹宮は一緒に円盤を目撃したのです。
月日は流れ、重一郎たち家族が夕食を取っていると、警察署公安部の高橋六郎という人物が訪ねてきました。
六郎は、怪しい行動を繰り返す重一郎のことを疑っていました。
重一郎は人類を世界から救うための言動だと弁明します。
しかし話は平行線のまま、重一郎は六郎を見送りました。
【転】美しい星 のあらすじ③
一郎は世界を救うために講演会を開くことにしました。
そして講演会が二日のちに迫った深夜、重一郎と伊余子が話をします。
伊余子は、暁子と竹宮が交わしている手紙を読んでしまったと打ち明けました。
この時、暁子と竹宮が一緒に円盤を目撃したことを知り、ひどく落ち込んでしまいます。
重一郎は暁子が恐ろしい背信を犯したと感じたのです。
3月10日、仙台市西南の大年寺の頂きで、羽黒真澄は2人の仲間を待っていました。
ほどなくしてやって来たのは、曽根と栗田です。
彼らもまた大杉家と同様に、円盤を目撃していた仲間でした。
白鳥座61番星あたりの惑星からやって来たという彼らには、とある目的がありました。
その目的とは重一郎とは対照的に「人間を滅ぼす」というものだったのです。
3月の中旬、暁子は母の伊余子につれられて病院へ行きます。
診察が終わり、医者から告げられたのは「懐妊」の2文字でした。
暁子は竹宮との子を授かっていたのです。
しかし暁子は現実を受け入れず、処女懐胎したと言い張ります。
伊余子は堕ろすことを提案しますが、暁子はそれを拒否します。
そして暁子は子を産むことが、自分に課せられた使命だと思うようになっていきます。
一雄は衆議院議員である黒木克己に惹かれ、彼の私設秘書になっていました。
一方で一雄は、黒木も宇宙人ではないかと考えていました。
一雄は黒木に対して「星はお好きですか?」と尋ねます。
そして黒木は好きだと答えました。
ある晩、一雄は黒木に指示され、上野駅に客人を迎えに行きます。
その客人というのは、羽黒ら3人のことでした。
彼らを宿まで案内し、その日は別れます。
翌朝、一雄は再び3人と会い、銀座の喫茶店でお茶をします。
すると、話の流れで羽黒は「君の父上は宇宙人じゃないのかね」と、一雄に尋ねます。
その場はごまかした一雄ですが、のちの夕食の席で父が宇宙であることを打ち明けました。
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【結】美しい星 のあらすじ④
4月の17日になると、羽黒ら3人が大杉家に訪ねてきました。
応接間に案内された羽黒は、白鳥座61番星の惑星から来たことを明かします。
その後、人間には3つの宿命的な病気があるという題材で、議論を始めます。
1つ目は事物への関心。
2つ目は人間への関心。
3つ目は紙への関心。
羽黒らは、人間は不完全なので滅ぼすべきだという主張です。
反対に重一郎は、人間は不完全であり、同時に希望を持っていると主張しました。
2人の主張は平行線のまま、議論は白熱していきます。
そして、激しい議論のすえ、重一郎は倒れてしまうのでした。
重一郎は東京の大病院へ行きました。
医者は検査の結果を見ないとわからないが、おそらく胃潰瘍だろうと言い、即刻入院を命じます。
そして、数日にわたる検査のすえに、手術が行われました。
手術は30分足らずで終わり、重一郎は病室に戻されます。
その後、一雄は重一郎が癌であると打ち明けます。
一雄だけが、医者からその事実を知らされていました。
夜になると、重一郎は看病してくれている暁子に対して、真実を口にします。
竹宮が暁子を妊娠させ逃げたという事実です。
暁子はそれに応えるように、重一郎が癌であると本人に伝えました。
事実を知った重一郎は、宇宙からの声を聞きます。
その声に従い、重一郎は病院を抜け出すことを決意しました。
家族に指示を与え、夜の11時に病院を出発します。
車を走らせて渋谷駅の雑踏の中に出ると一雄は、「われわれが行ってしまったら、あとに残る人間たちはどうなるんでしょう」と言います。
重一郎は「何とかやっていくさ、人間は」と答えました。
その後、東生田駅の裏手の広場に車を停めると、丘へ向かって歩きます。
4人は丘の稜線に辿り着きました。
重一郎は雑草に覆われた坂の半ばで倒れ、草に顔を伏せます。
そして次に顔を上げたとき、暁子が突然叫びます。
円丘の林に身を隠し、斜めに着陸している銀灰色の円盤が、緑や橙に色を変えているのを目撃するのでした。
三島由紀夫「美しい星」を読んだ読書感想
今作は、現代社会に対する不満を、SF的な観点から描いた作品だと思います。
他の三島由紀夫の作品とは毛色が違うので、読後感はとても新鮮でした。
この作品には様々なメッセージが込められています。
まず、宇宙人として客観的に人類を見たときに読者はなにを思うのか、ということです。
次に、他者に対して関心を示さない人間社会への風刺です。
大杉家が使命を全うするために行動するのですが、そこに反対勢力である羽黒たちが登場します。
それぞれに正義があります。
そしてその対立が美しいと思いました。
SFとして読むと難しいですが、現代に照らし合わせると、よりわかりやすいでしょう。
昨今、SNSの発達により、誹謗中傷などを多く目にするようになりました。
彼らは自分の正義を貫き通そうと考えていて、それが全てだと思っています。
そこで重一郎が放った、「何とかやっていくさ、人間は」という台詞が重みを増してきます。
この言葉は諦めであり、希望であり、信頼でもあるのです。
そういった人間の根底にある感情が、三島由紀夫らしい精緻な文体で描かれています。
1962年に出版された作品から、現代を生きていくうえでの学びを得ることができるのです。
時代を超えて読まれるべき名著だと思いました。