生れ出づる悩み 有島武郎

有島武郎

有島武郎「生れ出づる悩み」のあらすじを徹底解説、読んでみた感想

生れ出づる悩みの主要登場人物

「私」(わたし)
札幌で働いていたとき、少年の「君」の来訪を受け、絵を批評する。後に文学者となり、思うように創作できず悩んでいたところ、青年となった「君」と再会。漁夫の仕事のため創作できない「君」の苦しみに共感し、「君」の物語を想像していく。

「君」(きみ)
「私」を訪ねてきた少年。東京の学校に通っていたが成績が悪く、絵に熱意を注いでいた。家の困窮のため、故郷の北海道岩内に戻り漁師になるものの、暇を見て山をスケッチするなど表現意欲を捨てきれないでいる。「私」の想像の中で、漁夫として働きながらも、常に湧き上がる芸術への想いに苛まれ続ける。

父(ちち)
想像中の「君」の父。熟練の老漁夫。

兄(あに)
想像中の「君」の兄。漁夫向きの体力を持ち合わせていない。

K(けー)
想像中の「君」の、唯一の親友。文学者の夢を諦め、調剤師となる。

1分でわかる「生れ出づる悩み」のあらすじ

今までの仕事を捨て文学者になったものの、思うような創作ができず思い悩む「私」の元に、ある日スケッチ帖と手紙が届きます。

それは10年前、「私」が札幌に住んでいたとき絵を見せに来た少年「君」からでした。

「君」のことを気にかけていた「私」は「君」に会いたい旨を伝え、2人は再会を果たします。

「君」はたくましい青年になっており、家の困窮のため故郷で漁夫として働いていました。

スケッチは忙しい仕事の合間に描いたものだったのです。

絵を描きたくても暇がない、そもそも漁夫の仕事を投げうっていいほど自分に才能があるのかも分からないと苦悩する「君」に、全く別の立場ではありますが表現することに苦しんでいた「私」はひどく共感し、「君」の漁夫としての暮らしや芸術に身を捧げたい気持ちを想像していきます。

そして最後に、「君」や「君」と同じような悩みを抱く者たちに最上の道が開かれることを祈るのです。

有島武郎「生れ出づる悩み」の起承転結

【起】生れ出づる悩み のあらすじ①

「君」との出会いと別れ

「私」が初めて「君」と会ったのは、札幌に住んでいたころです。

「君」は神経質そうな少年で、ある日突然「私」を訪ねてきて、大量の油絵や水彩画を見せてきました。

修練した様子がなく幼稚な技巧で描かれたそれらは不思議に力がこもっており、感心した「私」は「君」に絵をやる気かと尋ねますが、「君」はやれるでしょうかと聞き返します。

実は「君」は東京の学校に通っていたのですが、成績が悪かったり他に都合があったりで学校に戻っていなかったのです。

しかし当時ある岐路に立っていた「私」は「君」と自身を一緒に考えてしまい、他人の運命を決定づけるようなことを軽々しく言えません。

黙ってしまう「私」に、「君」はそのうち故郷の岩内に帰る、また絵を描いて送ると告げて帰りますが、その後絵が届くこともなく音信不通となってしまいます。

そして月日は過ぎ、「私」は札幌を離れ都会で文学者としての生活を始めます。

思うように仕事が進まず、自分の力量に疑いを持つほど苦しんでいるとき「私」の頭に浮かぶのは、自身を信じていいのか決めかね、全てに向かって敵意を含んだ「君」の面影でした。

「君」を知ってちょうど十年目の、去年十月のある雨の日、「私」の元に一封の小包が届きます。

差出人の名が思い出せず、干物かと思うほど生臭いそれを開いてみると、中は手製のスケッチ帖でした。

山と樹木ばかりが鉛筆で描かれた、自然の肖像画たるその絵を見た「私」は、すぐに「君」からだと気付きます。

追って届いた手紙には、「君」が故郷で漁夫をしていること、仕事に追われ絵が描けなかったこと、七月から描き始めたものの手が思うように動かないこと、絵具も用いて描きたくとも時間と金がないこと、いつかまた「私」に教示願いたいことなどがつづられていました。

感銘を受けた「私」は面倒で中止しかけていた北海道行きの準備に早速取りかかり、その日から一週間もたたないうちに旅立ちます。

所用を済ませた「私」は待ち合わせ場所である農場に向かいますが、「君」はいません。

翌日も原稿用紙に向かいながら「私」は「君」を待ち続けるものの、そのうち日が落ちてしまいます。

おまけに猛吹雪となり、「君」の来訪を諦めかけたそのとき、大きな男が客としてやってきます。

落胆しつつ「私」が名を尋ねると、彼はきまり悪そうに「君」の名を名乗ります。

筋肉質な「君」の顔に、病質にさえ見えた少年の面影はどこにもありませんでした。

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【承】生れ出づる悩み のあらすじ②

「君」との再会

その夜「君」と交わした楽しい会話を「私」は今でも思い出します。

楽しいといっても面白いという意味ではありません。

「君」が曇った顔をしたり、「君」や自分の生活を痛感した「私」自身も暗い心に捉えられたりしたからです。

札幌で「私」を訪ねたとき「君」はすでに遊学の道が絶たれていました。

故郷の港はさしたる理由もなくさびれていくばかりで「君」の家族が必死に働いても生活は苦しく、そのため学問に興味を失っていた「君」は、芸術に情熱を抱きながらも帰る決心をしたのです。

仕事の合間に景色を描くことをせめてもの慰めにしようと考えていた「君」でしたが、待ち受けていたのはそんな余裕のある生活ではなく、年のいった父と漁夫向きの体でない兄が普通の漁夫と変わりない格好で「君」を迎えたとき、大きい漁場の持ち主という風情が家からなくなっているのを目の当たりにしたとき、「君」はそれまでの考えがのんき過ぎたことに気付きます。

「君」は漁夫の生活に没頭しますが、防波堤の設計ミスにより自分たちの漁場が浅瀬に変わり他人の漁場を使わなければならないこと、鰊の群来が減っていることもあって、親子が力を合わせても年々貧窮に追い迫られていきます。

それでも「君」は家族のために額に汗し、寒暑と波濤と力業と荒くれ男らとの交流によって筋骨と度胸を鍛え上げられます。

しかしそんな10年の間にも「君」は芸術のへの憧憬を一刻も捨てませんでした。

忙しい漁夫の生活の中でもなすことなく過ごすことがたまにあり、そんなとき「君」は画用紙を網糸でつづったスケッチ帖と鉛筆を仕事着の懐にねじ込んで、ぶらりと家を出るのです。

山の壮大さに引き込まれること、周りには素晴らしいものがあるのに描く力が足りないことを「君」は静かにも熱く語ります。

一時過ぎまで語り合った後「私」は寝床につきますが、妙に寝付けません。

踏まれてもなお美妙な心を失わない「君」に対し、「私」は仕事をものにできないことから心が貧しくなっており、それが無念でならなかったのです。

翌朝、「君」は吹雪の中を帰っていき、「私」は「君」が来る前の単調な淋しさに閉じ込められます。

そして今現在、東京の冬は過ぎ、梅や椿が咲き始めました。

しかし「君」の住む岩内はまだ冬が終わっていないだろうと想像しながら、「私」は「君」の生活やその周囲の有様を思い描いてゆきます。

それは凄まじい北海道の冬の光景でした。

【転】生れ出づる悩み のあらすじ③

「君」の暮らし

長い夜が明け、「君」と父、兄ら5人の漁夫を乗せた船は百艘近い友船とともに荒れた海に出ます。

延縄を投げ終わると「君」以外の4人は握り飯を食べながら漁について語り合いますが、「君」だけは黙ったまま回想を始めます。

まずは以前船が転覆し生死をさまよったことを思い出し、「君」以外の漁夫が自分や家族のため板子一枚下は地獄のようなところで働くのを当然としていること、「君」はそう思えず苛ついていることを痛感します。

「君」は漁夫になったことを悔やんではいませんが、それでも作業中に山の景色を思い出して手の先で膝上に幾度も線を書いたり、またあるときは魚の鱗の色に魅了され手を止めたりしてしまいます。

そしてふと我に返ると、ちっぽけな才能に未練を残している自分を恥じるのです。

実際、絵への熱意はあるものの才能があるかどうかは己で判断しようがなく、岩内で唯一の親友であるKは「君」の絵を見るたび絵描きになれと勧めてくれますが、友人なりの世辞ではないかとも疑っています。

Kも文学者になれそうな男でしたが、夢を捨て調剤師として一生を送る決心をしていました。

「君」はそんなKを、そして自身を嘆きます。

どうしたら本当に自分らしい生き方ができるのだろう、と。

そこで回想は終わります。

漁を終えて港に戻ると、海産物製造会社の人夫たちが険しい一日の結果たる鱈をわずか十数分の間で回収し、「君」たちは疲れ切った体で帰途に就きます。

しかし家が近づくにつれ「君」の心は穏やかではなくなります。

それは近年「君」の家に不幸が続いたせいでした。

「君」の母と「君」の兄の子が死に、汗水の結晶たる貯金は銀行自体が破産して水の泡になり、自分たちの漁場も防波堤の設計ミスで使えなくなっていたのです。

「君」の家族は根性骨の強い人たちなので日々をどうにか過ごせていましたが、ある家は破れた屋根板がそのままだったり、ある家は年頃の娘が売られたりと、零落の兆候が町全体に漂っていました。

それでも家に帰ると中はきちんとしてあり、兄嫁や妹の心づくしに「君」は嬉しくなります。

夜、家族が寝静まった後スケッチ帖を見返す「君」に、同じく針仕事で起きていた「君」の妹が、暇さえあれば絵を描いている「君」を皆が笑っていると告げます。

しかし自分は「君」の絵が気に入っているとも言って彼女は床に就き、その寝顔を見て泣きそうになりながらも「君」もスケッチ帖を枕元に引き寄せて眠るのです。

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【結】生れ出づる悩み のあらすじ④

「君」の絶望、そして「君」への祈り

冬が過ぎ鱈の漁獲が終わると、鰊の漁が始まるまで漁夫たちには余暇ができます。

冬の間からこの暇を窺っていた「君」も、ある日スケッチ帖と一本の鉛筆を携えて朝から山に向かいます。

その途中Kの調剤所に寄ると、彼はミケランジェロの書簡集を読みふけっていました。

自分はこれにとても及ばない、薬局で一生を送る方が似合っていると卑下するKに、「君」は慰める言葉もありません。

Kと別れしばらく歩くと、「君」の視界に厳かな山の景色が広がります。

山は冬とは全く異なった表情で、「君」は時がたつのも忘れスケッチします。

やがて日暮れを迎え、後ろ髪ひかれる思いで山を後にした「君」でしたが、帰りにも寄った調剤所でふと我に返り、「自分の家族にすまない」とKにこぼします。

実のところ漁にこそ出なくても漁夫の家に安閑としていい日などなく、「君」の家族は今日も忙しく働いていたに違いないのです。

「君」にとって絵は道楽ではなく、生活よりさらに厳粛な仕事だと考えていますが、他人は子供じみた戯れとしか思っていません。

その上「君」自身も家族が真面目に生活しているのを見ると己の才能を信じられなくなるのです。

自分のような者が芸術家顔していいのか、家族が暮らしに満足する中自分だけが暗い心をしなければならないのか、どうすればこの苦悩から救われるのか——。

Kも「君」の心情を理解し、黙ってしまいます。

Kが食事で席を外したすきに「君」は帰途に就きますが、自分の家が見えると立ちすくんでしまい、それからどこをどう歩いたか分からないまま、気付くと険しい崖の上にいました。

実は「君」が自殺を考えることは今日に始まったことでなく、ともすれば心の底から現れ出るものでした。

不思議な痺れを覚えながら「君」は己の体を崖から突き落とそうとしますが、偶然聞こえてきた海産物製造会社の汽笛により正気に戻ります。

そして涙を流しながら残雪の上にうずくまってしまうのです。

このような葛藤に耐えかね、「君」はスケッチ帖と手紙を自分に送ってきたのだと「私」は推測します。

「私」は「君」が芸術家になることを望みましたが、実際に勧めることはしません。

「君」にそれを勧めるのは「君」自身だからです。

「私」は「君」と同じ悩みを持つ人々に最上の道が開かれることを、そして冬の後には必ず春が来るように「君」の上にも春が微笑むことを心から祈るのです。

有島武郎「生れ出づる悩み」を読んだ読書感想

画家の道を捨て家族のために漁夫になったものの、常に湧き上がってくる芸術への熱情に心を灼かれ続け、死すら選ぼうとする「君。」

念願の文学者になったものの、作品を生み出す苦しみにもがき、思い悩む「私。」

生まれも立場も何もかもが異なる2人ですが、創造することへの悩み(これがタイトルの「生れ出づる悩み」かどうかは分かりませんが)を同じく抱えています。

「私」は「君」の苦悩を想像し書き表すことで彼にエールを送っていますが、その実自身の焦燥も昇華させようとしているのです。

現代のように絵や文を気軽に発信することなどできない時代、芸術や文学で食べていくには才能以上に相当な覚悟も必要だったと考えられます。

家族の生活を巻き込むのならなおさらですし、「君」は自死を途中で思いとどまりましたが現実では完遂してしまう人も多かったでしょう。

それでも創造することを諦められない「君」や「私」の姿は、今現在表現や創作に携わっている人、かつて携わっていた人の心を大きく震わせてくれると思います。

-有島武郎

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