著者:夢野久作 1936年10月に春陽堂から出版
冥土行進曲の主要登場人物
友石友太郎(ともいしともたろう)
Q大学の柔道教師。作中の語り手である〈私〉。
友石友次郎(ともいしともじろう)
友次郎の異母弟。医学士で、Q大学のレントゲン室に勤務。
須婆田車六(すわだしゃろく)
友太郎の義理の伯父(父の後妻の兄)。日印協会の理事。
雲月斎玉兎(うんげつさいぎょくと)
女奇術師。車六の妻で、本名は須婆田ウノ子。
古木亘(ふるきわたる)
レントゲン専門医学士。
1分でわかる「冥土行進曲」のあらすじ
〈私〉は心臓に大動脈瘤が見つかり、余命二週間と知ったことで、父のかたきをうつことを決意し、上京します。
相手は、父の義理の兄である、須婆田車六。
彼は、父が発見した砂金ほしさに、父を密告して、死にいたらしめた男です。
車六はいま、女奇術師の雲月斎玉兎といっしょに、銀座にひそんでいるらしい。
〈私〉は、車六にふいうちをくらわすために、探偵も雇わず、単独で、銀座のカフェや酒場を捜索しています。
そしてついに、車六と玉兎のいる場所をつきとめたのでした。
しかし、車六は暴力団員の銃弾に倒れ、玉兎は秘密の抜け穴から逃走してしまいます……。
夢野久作「冥土行進曲」の起承転結
【起】冥土行進曲 のあらすじ①
昭和×年四月二十七日、〈私〉は胃潰瘍が癌化していないか調べるために、Q大学の附属病院に入院していました。
レントゲン主任の内藤学士からは、「異常なし」と言われたものの、その後、レントゲン室に勤務する異母弟の友次郎が本当のことを教えにきてくれました。
〈私〉の心臓に大きな大動脈瘤があって、余命二週間だというのです。
思いあたることはあります。
昔、ハルビンに行ったとき、ロシアの娼婦から梅毒をもらいました。
その菌が残って、悪さをしたものと思われるのです。
〈私〉は本当のことを教えてもらったことに感謝し、その後、病院を抜け出しました。
余命二週間となったのなら、復讐をはたさねば、と思ったのです。
相手は父の後妻の兄、須婆田車六です。
父は、日露戦争のとき軍事探偵となり、満州のシベリア方面を探っているときに、金鉱を見つけていました。
それを、あるとき後妻である弓子に話したのです。
弓子から情報を入手した車六は、父が軍事探偵であることをロシア側に密告し、そのため父は捕らえられ、殺されてしまいました。
後妻の弓子は、その後発狂して亡くなりました。
車六は砂金の採掘権を支那人に売って、莫大なお金を手に入れました。
彼は今、男をたぶらかす毒婦の雲月斎玉兎といっしょに、銀座のどこかにひそんでいます。
父をおとしいれたのは、車六と玉兎のふたりによるたくらみだったと〈私〉はみています。
そこで、余命宣告された〈私〉は、父のかたきをうち、財産を取り返して、弟に残してやろうと決心したのでした。
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【承】冥土行進曲 のあらすじ②
東京に着いた〈私〉は、築地に宿をとり、理髪店で髪とひげをあたって、別人に見えるようにしました。
それから、銀座へ出向き、カフェや酒場を一軒一軒しらみつぶしにあたっていきました。
伯父に感づかれないように探すには、それがよいと思えたのです。
私立探偵に依頼することもしませんでした。
そうやって、宣告された二週間の余命が残り一日となった、五月十一日のことです。
朝から梅雨のような雨がふるなか、〈私〉は京橋近くにある石造りの洋館にたどりつきました。
館の前には巨大な印度人が立って「イラッシャアイ」と挨拶します。
このあたりに伯父の巣窟がありそうに思った〈私〉は、印度人に十円札のチップを握らせました。
〈私〉はなかに通され、地下へとおります。
暗闇のなかを女性に手を引かれ、樹木の繁みのなかをどんどんと奥へと進むと、光にあふれたホールに着きました。
女性は、印度人の気品のある顔立ちをしていました。
彼女によると、彼女の家族が印度で窮地におちいったとき、須婆田車六が、彼女・アダリーと、妹のマヤールを買い取ってくれたのだと言います。
しかも、その須婆田は、さっき表にいた印度人だというのです。
〈私〉はアダリーに十円を握らせ、入口へ案内させます。
入口では、先ほどの印度人が立っていて、暴力団ふうの男たち、四、五人と対峙していました。
暴力団員たちのボスらしいのが、「天に代わってこらしめてやる」と怒鳴ります。
ボスが拳銃をかまえると、〈私〉とアダリーが印度人をかばって、前へ出ます。
しかし、印度人は拳銃の弾に当たって、倒れてしまったのでした。
〈私〉は暴力団員たちと戦って、彼らを退けました。
【転】冥土行進曲 のあらすじ③
〈私〉は雲月斎玉兎がいるという二階の事務所に向かいます。
そこへアダリーがすがりついてきて、〈私〉を止めます。
「アナタの伯母さんを殺してはいけない。
伯母さんはよい人」と言うのです。
アダリーをふりきって事務所に入ると、そこは王宮のような居室でした。
寝台にいた玉兎が、〈私〉を迎えます。
幻でも見ているのではないか、というほど、蠱惑的な姿です。
玉兎が合図すると、アダリーが紅茶を持ってきました。
さっきの取り乱した様子が嘘だったように落ちついています。
〈私〉を引きとめたのは、時間稼ぎのためだったようです。
伯母との話し合いが始まりました。
伯母は、〈私〉が大動脈瘤のために余命いくばくもないことを知ると、ひどくうろたえました。
〈私〉は伯母を短刀で突きました。
が、刺した、と思ったとたん、伯母の身体は寝台の下の抜け穴へと消えていたのです。
そこへ警察がなだれこんできました。
さっきの暴力団員たちと印度人のいさかいが警察へ通報され、駆けつけてきたものです。
警官たちは、「主人の死骸をどこへやった」と訊きます。
死体が消えたらしいのです。
〈私〉は玉兎と同様に、寝台の抜け穴に飛びこんで、逃走しました。
逃げて、街道を行く〈私〉の目に、おかしなものが見えてきます。
道を走る車に、死んだはずの伯父と伯母が乗っていたり、弟とアダリーが乗っていたりしたのです。
うろうろと逃げ回った〈私〉は、とうとう進退窮まりました。
そのとき、一台のタクシーから声をかけられました。
運転手は女性です。
女運転手は、「郊外へ行きたい」という〈私〉を、座席の下に隠された秘密の寝床に寝かせ、車を走らせたのでした。
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【結】冥土行進曲 のあらすじ④
タクシーが着いたのは、横浜でした。
女運転手は〈私〉を天洋ホテルというところへ案内します。
夕食後、〈私〉はボーイに勧められて、地下のダンスホールを見に行きました。
そして、ホールで踊っていた男性と親しくなります。
男性は、レントゲン専門医学士の古木亘という人物で、なんと、大動脈瘤の特効薬を持っているというではありませんか。
〈私〉がお願いすると、古木学士はその薬を飲ませてくれました。
が、薬を飲んでまもなく、〈私〉は意識を失ったのです。
目をさますと、〈私〉は病室に寝かされていました。
傍らにはアダリーがいます。
彼女が言うには、ここは古木レントゲン医院で、今日は五月十三日だとのことです。
そこへ古木学士がやってきて、事情を話してくれました。
古木氏は玉兎とは以前からの知り合いで、彼女の援助により大学を出て、この病院を開いたそうです。
また、車六と玉兎は右翼から命を狙われているので、いつも防弾衣を着ているのだそうです。
あのとき、車六は暴力団員に撃たれましたが、防弾衣のおかげで死なずにすんだのでした。
一方、弟の友次郎は〈私〉のあとを追って上京し、いち早く伯父である車六に相談していました。
車六と玉兎は、〈私〉の行動をつかんでおり、最後には、アダリーをタクシー運転手に扮装させて、〈私〉の逃亡を助けたのでした。
車六は、〈私〉が拳銃の前に立ちはだかってくれたことに感激したそうです。
彼は、自分の財産の半分を友次郎に渡す、と言い残して、印度へ旅立ちました。
日印の外交のために仕事をしなければならないとのことです。
それから古木学士によると、〈私〉の心臓は、血管のうねりが重なっており、それを大動脈瘤と誤診したのだろう、ということです。
むしろ〈私〉は血管が丈夫だから、長生きするだろう、と彼は言うのでした。
夢野久作「冥土行進曲」を読んだ読書感想
夢野久作というと、「ドロドロの暗黒小説や幻想小説を書く作家」というイメージがあるのではないかと思います。
しかし、例えば短編小説「オンチ」では、ハリウッド映画ばりの格闘シーンも読ませてくれますし、その作風の幅はけっこう広いようです。
本作品「冥土行進曲」も、B級サスペンス&アクション映画の原作本といった印象があります。
全体のトーンは少し暗めかもしれませんが、ドロドロした、おどろおどろしい雰囲気とは別物の作品です。
特に、主人公がかたきと考える伯父とその情婦の館に踏みこんでからの場面は、次々と意外な方向へとストーリーが展開していき、目が回りそうなほどです。
まるでヒッチコックの映画を観ているような、ハラハラとワクワクを感じるのです。
では「いわゆる夢野久作らしさ」がまったくないかというと、そうでもありません。
主人公が警察の手を逃れて逃走するとき、街なかで見かけた車に、見知った人物を発見する、それも二度までも、というエピソードでは、白昼夢のような幻想性を味わうことができるのです。
まあ、そういった解説めいたことを抜きにして、単純にお話としての面白さを味わえばよいのかもしれません。