鉄鎚 夢野久作

夢野久作

夢野久作「鉄鎚」のあらすじを徹底解説、読んでみた感想

鉄鎚の主要登場人物

児島愛太郎(こじまあいたろう)
作中で〈私〉となっている語り手。電話の聞き取りで相場の情報を嗅ぎ取る才能を持つ。

親父(おやじ)
〈私〉の父。作中に名前は出てこない。

児島良平(こじまりょうへい)
〈私〉の父の弟。相場師。

友丸伊奈子(ともまるいなこ)
16、7歳。〈私〉の従妹。父と叔父の下に、腹違いの妹のトヨ子がいて、その娘。

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1分でわかる「鉄鎚」のあらすじ

児島愛太郎の父は、(父の)弟の良平にだまされ、財産を巻き上げられたあげく、貧困のうちに亡くなりました。

父の死後、愛太郎は叔父の良平に引き取られ、相場の会社を手伝うことになります。

愛太郎には、電話での情報から、相場の上がり下がりを予想できる能力がありました。

おかげで、叔父からもらう給金もしだいに増えていきます。

あるとき叔父は、友丸伊奈子という美少女をつれてきました。

愛太郎にとっては従妹だそうです。

一見楚々とした伊奈子は、実はとんでもない妖婦でした。

伊奈子は叔父の情婦となり、叔父をあやつって贅沢三昧する一方で、愛太郎を誘惑します。

そしてついには、良平の毒殺をほのめかすのでした……。

夢野久作「鉄鎚」の起承転結

【起】鉄鎚 のあらすじ①

悪魔との生活

〈私〉の父は生前、叔父、児島良平のことを悪魔と呼び、彼の頭を鉄鎚(かなづち)で叩きつぶせ、と〈私〉に言っていました。

というのも、放蕩で身を持ち崩して親戚から見放されていた叔父は、父が喘息で弱ったのをきっかけに近づいてきて、土地もお金もすべて巻き上げたあげく、母をつれて夜逃げしてしまったのです。

それが、〈私〉が三つか四つのときです。

父の病気はそれを機にいっそうひどくなりました。

〈私〉は十三になると小学校を中退し、アルバイトをして父を養わなければならなくなりました。

その父が死ぬと、たちまちまた叔父が近づいてきました。

そのときの叔父は、四十二、三のデップリとした小男でした。

叔父は母のことは言いません。

母をオモチャにして売り飛ばしたか、殺したか、そんなところだろうと〈私〉は思いました。

〈私〉は叔父の経営する小さな株式の事務所に連れていかれました。

事務所にかけられた美少女のポスターに、思春期の始まった〈私〉は、ぼおっとなったものでした。

〈私〉は、事務所の二階で、帳簿方といっしょに暮らし、簿記の夜学校に通うことになりました。

昼間は事務所で給仕同様にこき使われます。

叔父の仕事ぶりを見ていると、大変な嘘つきであることがよくわかりました。

嘘八百をまくしたてて、客からお金を引きだすのです。

やがて、同居していた帳簿方が結婚して出ていったため、宿直は〈私〉ひとりになりました。

〈私〉は叔父からもらう十円の給金で、「悪」の字を取り扱う小説を買ったり、借りたりして読むのが常でした。

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【承】鉄鎚 のあらすじ②

相場の才能

大阪の株式や米の相場について、毎日、青木という店から、電話で報せてきます。

距離が遠いため、声は小さく、雑音だらけですが、〈私〉は非常に耳が良くて、はっきりと聞き取ることができます。

そればかりか、立ち合いの物音や呼び声までもこの耳にとらえ、全体の雰囲気から、相場の上げ下げさえも予想することができたのです。

その予想を結果と照合してみると、的中しているのでした。

しかし、そのことは叔父には黙っていて、十円の給金で煙草と本を楽しみ、満足していました。

さて、十七歳になったある日、〈私〉は電話の混線により、キューバ糖の仕手戦の様子を耳にします。

それを伝えると、叔父はものすごい勢いで精糖株を買いあさります。

暴落していたキューバ糖はその後高騰し、叔父は一躍相場仲間の大立者となりました。

以後〈私〉の仕事は電話専任となり、次々に相場情報を叔父に伝えるようになりました。

叔父はどんどん儲けていき、それにつれて〈私〉の給金もどんどん上がります。

叔父はますます太って脂ぎり、逆に〈私〉のほうは、青白く痩せこけていきました。

〈私〉は相変わらず事務所の二階にいて、煙草と弁当と書物くらいしかお金を使いません。

お金はたまる一方です。

そんな状態が続いた大正十三年八月のことです。

二十歳になっていた〈私〉は、その日、店を閉めたあと、自分の机で本を読んでいました。

若い女から電話がかかってきました。

「児島はもう帰りましたか」と、叔父を呼び捨てにします。

その上、女は、愛太郎という〈私〉の名前を知っていたのです。

〈私〉が相手の名前を訊いても、「オホホホ」という、冷笑とも、媚ともつかない、透明な笑い声が返ってくるばかりでした。

【転】鉄鎚 のあらすじ③

妖婦登場

翌朝、叔父が若い女をつれてきました。

歳は十六、七歳。

はにかんだご令嬢、といった印象です。

名前は友丸伊奈子。

叔父の話によると、叔父と亡父には、トヨ子という腹違いの妹がおり、伊奈子はその娘だそうです。

トヨ子とその夫はもう亡くなっていて、身寄りのない伊奈子は、最近有名になってきた叔父を頼って上京した、ということです。

叔父は伊奈子と同居するつもりです。

つつましやかにしていた伊奈子が、〈私〉に微笑みを投げかけます。

その表情を見たとたん、〈私〉はすべてを悟った気がしました。

この女は、実は自分よりも年上かもしれない、そして、しおらしくしているが、実は大変な妖婦だ、と。

しかし次の瞬間、伊奈子はもとの無垢な処女のような態度に戻っていたのでした。

叔父の情婦となって同棲した伊奈子は、叔父をあやつり、自分の欲望を充足させていきました。

大きな家、立派な自動車、大勢の女中。

叔父はマゾヒストとなり、伊奈子に骨のずいまでしゃぶられながら、それを自覚しつつも、骨抜きになっていくようでした。

〈私〉は別段叔父の財産がほしいとは思いませんが、伊奈子がすべてを吸いつくす、その寸前でひっくり返してやったら、さぞやおもしろいだろうな、と夢想するのでした。

そんなとき、伊奈子が〈私〉のところへやってきました。

ただそれだけで、〈私〉は彼女のとりこになり、それからは頻繁に彼女とデートするようになりました。

伊奈子に言われるままに、自分用に高価な服を買って着ます。

いろいろな場所に引っぱりこまれました。

伊奈子は、自分の美をエサに、男の生き血をすするタイプの女に見えます。

そんなとき、叔父に言われました。

伊奈子を好きにしてよい、と。

脂ぎった叔父の姿はもうそこにはなく、ヨボヨボの老人に見えます。

小さな悪魔が、大きな悪魔をやっつけたようでした。

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【結】鉄鎚 のあらすじ④

悪魔の最後

叔父が大阪へ三日ほど出張する隙に、〈私〉は伊奈子から誘われて、U岳の温泉へ行きました。

高級ホテルの特別室に泊まり、部屋に付属した温泉にふたりで入りました。

伊奈子はこう言います。

「叔父は生きているうちは、愛太郎に財産を譲らないし、相場に手を出させないつもり。

というのも、欲に目がくらむと、相場が見えなくなるから。

また、叔父は愛太郎を養子にすることに決め、財産を譲る遺言状を書いている」と。

「その遺言状を書かせたのは私なのよ」と伊奈子は言い、叔父がもうすぐ死ぬことを告げます。

そのときの伊奈子の妖しい美しさといったらありませんでした。

彼女は〈私〉があわてふためくと思っていたようですが、〈私〉は関心がありませんでした。

〈私〉の様子が想定外だったのでしょう、伊奈子はくやしがり、殺害方法について耳打ちします。

それはジキタリスを使った毒殺でした。

少しずつ飲ませる量を増やしていって、耳かき十杯でもなんともなくなったとき、急に毒を断ち切ってやると、心臓麻痺そっくりに死ぬのだそうです。

それから三日後、叔父の財産を預けてある銀行が、支払い停止措置をとりました。

ちょうどそのとき、伊奈子から電話がきました。

四、五日前から、叔父に与えるジキタリスを断っていたら、心臓を悪くして、いま危篤状態だとのこと。

伊奈子は急に怖くなって、〈私〉に来てほしいと頼みます。

預金をおろして、ふたりで逃亡するつもりです。

〈私〉は、銀行が支払いを停止したことを教え、したがって、伊奈子の持っている預金通帳がもはや紙切れになったことを教えてやります。

すると、伊奈子は残っていた毒をあおって死んでしまいました。

〈私〉は警察に尋問されましたが、知らぬ存ぜぬ、で通しました。

釈放された〈私〉は自殺しようと思います。

叔父が死ぬのも、伊奈子が死ぬのも、平然と見捨てた〈私〉こそが、一番の悪魔だと自覚したからです。

鉄鎚で打たれるべきは、この〈私〉なのです。

夢野久作「鉄鎚」を読んだ読書感想

ひとことで言うなら、ピカレスクロマンです。

主な登場人物は三人。

叔父と、〈私〉と、伊奈子。

三人の誰もが悪役です。

その悪役ぶりが三人三様に異なっています。

叔父は、いかにも俗人の悪役。

〈私〉は一見普通の人のようでいて実は心の冷たい悪役。

伊奈子はいわゆる魔性の女の悪役。

こうして三人三様に悪の輝きを放っているのが魅力です。

このなかで、やはり男性読者としては、伊奈子の悪役ぶりに強く引き寄せられます。

十六、七の、楚々とした美少女。

いかにも処女でございます、といった風情。

しかし、一皮むけば稀代の悪女。

男を手玉に取るあばずれ女。

しかも、彼女に接する男は、彼女が悪女とわかっていて、むしられるとわかっていて、抵抗できない。

いやあ、現実にこんな女がいたら、本当にそら恐ろしいでしょうね。

そして、矛盾するようですが、恐ろしいのに、この悪女に引き寄せられ、死んでしまっても本望という気持ちになってしまいそうです。

伊奈子が登場するのは小説の後半からなのですが、その輝き方と存在感は半端じゃないです。

彼女のキャラクターひとつで、本作品は傑出したピカレスクロマンになったと思います。

-夢野久作

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