人面疽 谷崎潤一郎

谷崎潤一郎

谷崎潤一郎「人面疽」のあらすじを徹底解説、読んでみた感想

著者:谷崎潤一郎 1918年3月(雑誌掲載)に春陽堂書店「新小説」(雑誌掲載)から出版

人面疽の主要登場人物

歌川百合枝(うたがわゆりえ)
映画俳優。アメリカで活躍し、帰国しても女優を続けている。

ジェファソン(じぇふぁそん)
アメリカの映画会社、グロオブ社の技師。

H(えっち)
日東写真会社(日本の映画会社)に古くから勤めている高級事務委員。

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1分でわかる「人面疽」のあらすじ

女優の歌川百合枝は、自分が主演をつとめる不思議な活動写真が、場末の常設館をまわっている、という噂を聞きます。

その活動写真の内容は、百合枝が演じる美貌の花魁と、その恋人の、ふたりにだまされた醜い乞食が、花魁のひざに人面疽となってとりつき、復讐をはたす、というものです。

それは、百合枝がアメリカの映画会社と契約していたときに撮影された活動写真のようです。

しかし、百合枝自身には、そのような作品に出演した覚えがないのです。

不思議に思った百合枝は、現在契約している日本の映画会社の社員を訪ねていきます。

彼が語る真実は……。

谷崎潤一郎「人面疽」の起承転結

【起】人面疽 のあらすじ①

歌川百合枝の不思議な活動写真

女優の歌川百合枝は、このごろ、自分が主演した奇妙な活動写真が、東京の場末の常設館で上演されている、という話を聞きました。

それは、彼女がアメリカの映画会社の専属俳優として働いていたときの活動写真らしいのです。

邦題は「執念」ですが、英語の原タイトルは「人間の顔を持った腫物(できもの)」だそうです。

しかし奇妙なことに、百合枝には、そのようなタイトルの活動写真に出演した覚えはないのでした。

その活動写真の内容は、このようなものです——。

ある南国の港町の遊郭に、菖蒲太夫という美しい花魁がいました。

一方、非常に醜い乞食の青年が菖蒲太夫に恋い焦がれ、せめて一夜をともにしたい、と願っていました。

さて、菖蒲太夫にはアメリカ船員の恋人がいて、ふたりは結婚を誓っています。

ただ、彼には花魁を身請けするお金がありません。

そこで、彼女に懸想する乞食に手伝わせて、花魁を足ぬけさせ、船で密航してアメリカへつれていこうと計画します。

話を持ちかけられた乞食は、一夜だけでも花魁と床をともにできるなら、という条件を出します。

アメリカ船員は、花魁はこれまでも客を取ってきたのだから、かまわないだろう、と考えます。

しかし、花魁のほうでは、乞食の醜さにおぞけをふるい、とても同衾できるものではない、と思います。

しかし、乞食の手伝いなしでは、計画を実行できないので、乞食をだまして手伝わせることにします。

花魁はトランクに入って、古寺へ運ばれます。

乞食はトランクを開けて、花魁を抱こうとしますが、トランクには鍵がかかっていて、開きません。

二、三日して、夜、アメリカの船員がやってきて、「うっかり鍵をかけていた」と乞食に謝りますが、「いまも鍵を持っていないため、トランクを開けられない」と開き直るのでした。

だまされたと知った乞食は、崖から身を投げて死ぬのですが、その直前に、自分が死んだら、その妄念は花魁の体内に入りこみ、一生つきまとってやる、と言い残すのでした。

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【承】人面疽 のあらすじ②

人面疽の怪

(活動写真の物語が続きます。

)菖蒲太夫はトランクに入ったまま、船で運ばれていきます。

その間に、右のひざに腫物が噴き出しました。

それはしだいに大きくなり、やがてあの乞食の顔になったのです。

大きさは本物の顔を少し縮小していますが、あの夜、乞食が身を投げようとして呪いの言葉を吐いたときの、憂鬱で、執念深い表情が、そのまま現れています。

やがて船はサンフランシスコに到着しました。

彼女は人面疽のことを恋人に隠しています。

彼女がひどく陰気になったのをあやしんだ恋人は、あるとき、とうとう人面疽を発見してしまいました。

彼女を捨てて逃げようとする恋人。

恋人を逃がすまいとする彼女。

ふたりは格闘し、彼女は恋人を殺してしまったのでした。

その後、彼女はすっかり性格が変わって、毒婦となり、次々に白人をだまして金を巻きあげたり、命まで奪うようになりました。

そうしていろいろのことがあったあと、彼女は、ある国の貴族の青年と恋に落ち、結婚します。

ところが、あるパーティーの席上、大勢の客の前で、隠していた人面疽があらわになります。

彼女は発狂し、自分の寝室に飛びこんで、自殺してしまいました。

しかし、彼女が死んでもなお、ひざの人面疽は生きて、笑い続けるのでした。

——というのが、活動写真の内容でした。

百合枝をひいきにしてくれるお客が、自分でその活動写真を見て、彼女に内容を話してくれたのです。

百合枝は記憶をたどりますが、そのような内容の芝居をした覚えはありません。

ただし、活動写真を撮影するときは、いくつものシナリオを細切れにして、その場その場で撮影するため、演じていてもストーリーがよくわからない、ということは時おりありました。

人面疽のストーリーに思い当たるところがないのも、そうした細切れ撮影のせいかもしれません。

しかしそれにしたって、普通なら、撮影後にフィルム上映を観て、「ああ、あのときの芝居がこれであったか」と合点するもの。

それが、まったく上映を目にしていないのは奇妙です。

百合枝はその活動写真を見たいと思うのですが、あちこちの常設館を転々としていて、観る機会がないのでした。

【転】人面疽 のあらすじ③

フィルムの謎

百合枝は、現在契約している日東写真会社のなかに、Hという高級事務員がいるのを思い出しました。

アメリカ映画のことに詳しい男なので、彼ならなにか知っているかもしれません。

百合枝は仕事場にHを訪ねました。

Hは問題の活動写真のことを知っていました。

あれは、現在、この会社の所有物であり、事情があって、場末の常設館に貸し出していたのだと言います。

そうして、ことの経緯を説明してくれたのでした。

あのフィルムは、フランス人が上海で入手して、日東写真に売りにきたものです。

時期は、百合枝が帰国するひと月ほど前で、会社としては、人気女優の主演作ということで、かなりの高額で買い取ったのです。

ところが、作業のために、夜ひとりでそのフィルムを見ていた技師は、おそろしい事件が起こって、最後まで見られませんでした。

それを聞いた豪胆な連中が、二、三人、代わる代わるやってきましたが、同様の目にあい、「あの写真は化け物だ」と言いだす始末。

その一方で、初めにおかしいと言った技師は、気が変になって、退職していきました。

あとから試した豪胆な二、三人も、悪夢にうなされたり、ふらふら病になってしまいました。

こうして複数の被害者が出たため、社長は、そのフィルム売却するように命じます。

しかし、非常な高額で買い取った作品ということから、損切するより、外へ貸し出す、ということになりました。

夜中にひとりで見ているから怪異が現れるのであり、公開して、たくさんの観客に見てもらえば大丈夫、という考えです。

初めは大手の会社に貸し付けようとしましたが、うまくいかず、関西の小さな常設小屋へ貸し出しました。

そして関西での上映が終わったあと、東京の場末で上映されるようになったのです。

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【結】人面疽 のあらすじ④

真実は?

H自身は、あのフィルムを会社が買い取って、最初に試写会があったときに見ています。

Hが疑問に思うのは、乞食の役をやった男優のことです。

百合枝がアメリカの映画会社と契約していたとき、三人の日本人男優がいましたが、三人とも乞食の顔とは似ていません。

Hはアメリカのグロオブ社に問い合わせてみました。

すると、グロオブ社ではそのようなフィルムを作ったことはない、という返事。

ただし、それに似た話なら作ったことがあるので、だれか第三者が、グロオブ社のフィルムに、別のフィルムを継ぎ足したり、合成したりして、そのフィルムをでっち上げたのではないか、ということでした。

Hは思います。

あれだけ精密に合成したのだとすると、お金のためではなく、百合枝に恨みを持つ者が作ったのではないか。

しかし、百合枝には思い当たるふしがありません。

それにしても、あの活動写真を夜にひとりで見ているときに、どんな怪異が起こるのでしょう。

百合枝の質問に、Hは次のように答えます。

そもそも、普通の活動写真でも、夜更けに音楽も弁士もなしに、ひとりで見ていると、妙に薄気味悪いものです。

特に気味悪いのは、大映しの人間の顔がニヤニヤと笑っている写真。

普通の写真でも気味悪いくらいなので、「人間の顔を持った腫物」のフィルムでは、それにも増してすごいのです。

始まりのほうで、醜い乞食が登場すると、全身に水を浴びるような嫌な気持ちになります。

とりわけすごいのがラスト。

ヒロインが自殺したあと、ひざの人面疽が大映しになるとき、その笑い声がかすかに聞こえてくる、というのです。

説明を終えたHは、百合枝にフィルムを見せてくれました。

社長命令により、上映することはできないが、見るだけならいいだろう、というわけです。

百合枝は初めてその写真を見ましたが、やはり心当たりはありません。

さらにHは言います。

この男が合成技術により参加していると考えたいが、絶対に合成ではないシーンがひとつあるのだ、と。

非常に不思議な話ですが、このフィルムは、やがてアメリカの会社に売り渡され、複製されて、大々的に売り出されることでしょう。

谷崎潤一郎「人面疽」を読んだ読書感想

古今の怪奇小説によく扱われる人面疽にまるわるお話です。

特徴的なのは、劇中劇の形をした、二重構造になっていることです。

全体の三割くらいは、主人公の百合枝が出演している映画の内容で占められています。

これが、いかにも耽美作家と言われる谷崎潤一郎らしいストーリーです。

非常に美しい花魁がいて、彼女に片想いをする非常に醜い青年の乞食がいる——どうですか、このあからさまな対比。

コミックならば、梅津かずおとか、日野日出志あたりが好みそうなキャラ設定ですね。

こういうあからさまな設定というのは、いかにも作り物の嘘の話、という印象がありますが、それゆえに、実は、読者に、安心して残虐なフィクションの世界を楽しんでもらう効果を持つのではないか、と思うのです。

つまり、あからさまなキャラにより、作品の冒頭で「これは作り物なんですよ」と宣言したことになりますので、そのあとのストーリー展開が荒唐無稽であっても、読む人は「そんなのウソでしょ。

現実にありえないでしょ」と批判したりはしません。

作り物とわかった上で、例えて言うなら「お化け屋敷」を楽しむことになるのです。

さて、映画の内容そのものが、独立した一編の短編小説にできそうなくらいに作りこまれていて、その上に、この映画にまつわるなんとも不思議な体験が語られ、いよいよ「世にも奇妙な物語」のような世界へと読者をいざなってくれるのでした。

-谷崎潤一郎

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