選挙殺人事件 坂口安吾

坂口安吾

坂口安吾「選挙殺人事件」のあらすじを徹底解説、読んでみた感想

著者:坂口安吾 1953年に筑摩書房(青空文庫から出版

選挙殺人事件の主要登場人物

三高吉太郎(みたかきちたろう)
三高木工所社長。代議士選挙に立候補する

寒吉(かんきち)
新聞記者。三高吉太郎の不可解な立候補について調査する

三高吉太郎の妻(みたかきちたろうのつま)
寒吉に吉太郎の立候補について取材される

江村(えむら)
吉太郎の選挙活動におけるサクラ

巨勢博士(こせはかせ)
寒吉の幼友達。私立探偵

1分でわかる「選挙殺人事件」のあらすじ

三高木工所社長の三高吉太郎は代議士選挙に立候補しますが、当選の可能性はないにも関わらず、木工所を休業にし、従業員までも動員して選挙活動を行います。

吉太郎の近所に住む新聞記者の寒吉は、立候補の裏には何かあると取材を開始しますが、彼の選挙活動は滅茶苦茶なものでした。

案の定、選挙で吉太郎は落選しますが、その直後、三高木工所の裏隣りにある小学校から首なし死体が発見されます。

寒吉は吉太郎の調査を続ける中で、彼が自殺した文士の本を揃えていることが気にかかり、幼友達で私立探偵の巨勢博士に相談します。

巨勢博士は、吉太郎には何らかの秘密や過去の過失があり、今回の立候補も半ば自暴自棄で行ったのではないかと分析します。

そして、数日後、吉太郎は寒吉に付き添われて自首し、特ダネを挙げた寒吉は金一封を受け取りました。

三高は終戦のどさくさに紛れて北海道の牢獄を脱獄した囚人で、殺されていたのは脱獄の際の相棒でした。

坂口安吾「選挙殺人事件」の起承転結

【起】選挙殺人事件 のあらすじ①

三高吉太郎の立候補

三高木工所社長の三高吉太郎は終戦後に冷蔵庫を作って儲け、今でも木製家具類を作っており近所でも儲け頭のような人物でしたが、突然代議士選挙に立候補します。

わざわざ会社を休みにし、従業員まで選挙活動に動員しますが、無名で地盤も顔もなく、他人の票を取れるわけでもないのに立候補した吉太郎を近所の人たちは「政治狂」と言い、これまでの稼ぎを無くしてしまうのではないかと取り沙汰されます。

そんな中、近所に住む寒吉は新聞記者の勘から裏に何かあるかもしれないと考え取材を開始します。

当初はいぶかしんでいた寒吉でしたが、ある日、駅前で運よく吉太郎の演説を聞くことができました。

しかし、弁舌はさえず、内容も再軍備反対といったありきたりなものばかりで、斬新な点も過激なところもなく、寒吉は何のための立候補かと一層理解に苦しみます。

本音を隠されるのを承知で直接本人に取材をしてみますが、吉太郎は立候補した理由を「道楽」と答える等、大したことは言いません。

取材を続ける内、寒吉は吉太郎の傍に芥川龍之介の小説集があるのを見つけます。

不思議に思った寒吉は吉太郎に本のことを聞いてみますが、太宰治の本を「面白いです。

笑うべき本です」と言い、北村透谷の本を「難解です」と評します。

そして、最後に寒吉は吉太郎に何票くらいとれると思うか、と聞きますが、吉太郎は陰鬱な目をそらし、質問には答えませんでした。

この態度から寒吉は吉太郎の取材での言動は全て芝居で、まだ裏に何かがあると確信します。

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【承】選挙殺人事件 のあらすじ②

寒吉の取材

次の休日、寒吉は社の車を借りて吉太郎の動向を追います。

吉太郎のトラックは赤線地帯に入り、歓楽街の十字路で演説を始めます。

寒吉はこの演説を無駄なことと思いますが、何故歓楽街で演説するかを知るため吉太郎に隠れて近寄ります。

寒吉はあちこちで客引きに声をかけられますが、この場での演説は何事もなく終わります。

次に、吉太郎のトラックは花見の名所に向かいます。

そこでは満開の桜の下で多くの人が花見を楽しんでいますが、吉太郎はそのど真ん中で演説を始めます。

演説の内容はまたもありきたりなものでしたが、一際うるさく声を上げる酔い客がおり、寒吉はその男を先日の吉太郎への取材の際にも見かけたため、彼がサクラではないかと疑います。

吉太郎の演説は盛況で終わりますが、吉太郎はその直後、花見客と一緒に花見をし始めます。

寒吉は吉太郎の行動に呆れます。

その内、吉太郎の運動員とサクラの男がケンカを始めますが、寒吉が駆けつけた時にはケンカは終わっており、サクラの男はどこかへ立ち去っていました。

吉太郎自身も酔っており、寒吉が近づいてみると、吉太郎は「放さないでくれ。

ああ無情。

ああ…」と喚きながら手足をバタバタさせていました。

その後、吉太郎一行は彼を連れてトラックで帰って行きます。

翌日、寒吉は吉太郎のトラックが選挙活動に出る場面に出くわし、今度は吉太郎の妻に取材することを思いつきます。

寒吉は吉太郎の妻から、吉太郎は普段酒を飲まないのに選挙前頃から飲むようになったこと、昨日ほど酔うことはこれまでなかったこと、妻自身は立候補に反対ですが、どうして吉太郎が立候補したのかは知らず、吉太郎も打ち明けてくれないこと、を聞き出します。

その後、寒吉は新聞社の部長から選挙立候補者の吉太郎が花見酒をしていたことを記事に書くよう言われますが、あくまで立候補の裏に隠された秘密を暴こうとします。

しかし、寒吉の調査も進展はなく、そうこうしている内に選挙は終わり、吉太郎は一三二票を取ったのみで落選となりました。

そして、時を同じくして三高木工所の裏隣りにある小学校の縁の下から首なし死体が発見されます。

【転】選挙殺人事件 のあらすじ③

首なし死体と吉太郎の謎

寒吉はこの首なし死体発見の事件に胸騒ぎを覚え、吉太郎と関係があるのではと考えます。

寒吉は再び三高木工所を訪れますが、例のサクラの男が見当たらず、従業員たちもそんな男のことは知らず、選挙の話はよしてほしいと断ります。

腹を立てる寒吉ですが、従業員がサクラの男を隠している様子はありませんでした。

次に寒吉は吉太郎の妻に話を聞きますが、吉太郎の妻からサクラの男は江村という名前で、木工所の従業員でも選挙の運動員でもないことを教えられます。

更に、吉太郎の妻は、江村が吉太郎の昔からの知り合いで以前はたまに手伝いにきていたものの、選挙費用の十万を盗んでから来なくなったこと、木工所の従業員も江村のことを嫌っていたこと、江村については吉太郎の妻も素性は知らないが良い印象は持っていないことも伝えます。

その後、三日か四日の日を空けて寒吉は改めて吉太郎夫妻に話を聞きに行きます。

そこで、吉太郎の妻は選挙後に選挙に使ったものを木工所で全て燃やしたと言いますが、これは犯罪の証拠隠滅ではないかと疑います。

また、寒吉は芥川龍之介や太宰治の本が無くなっていることに気づき、吉太郎の妻にそのことを尋ねますが、それも燃やしてしまったと言われます。

吉太郎の妻はそれらの本を面白くないと言いますが、「ああ無情」だけは後で読んでみたかったと言います。

寒吉は吉太郎が花見の席で酔った際にも「ああ無情」と言っていたことを思い出し、この言葉には何か深い曰くがあると確信しました。

そして、寒吉は直ぐに吉太郎夫妻にあいさつをし、大急ぎで自宅に戻るとメモを開きました。

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【結】選挙殺人事件 のあらすじ④

巨勢博士の推理と吉太郎の正体

吉太郎は改めて花見の席で吉太郎が酔った時のメモを確認しますが、吉太郎の「放さないでくれ。

ああ無情、ああ……」という言葉と「手足をバタつかせて、もがき、また泣く」としか書いてありませんでした。

また、寒吉は吉太郎が持っていた芥川龍之介や太宰治の本、「ああ無情」や作者のジャンバルジャンに何か共通点があるのかとも考えますが、文学の知識が少ないため友人の私立探偵・巨勢博士に相談することにします。

巨勢博士は寒吉から詳細な聞き取りをし、熱心にメモも調べます。

歯に衣着せぬ巨勢博士の物言いに寒吉はイライラし帰ろうとしますが、巨勢博士は既に犯人が分かったようです。

まず、吉太郎は元々文学について詳しくなく、ある理由から自殺したくなり自殺した文士の作品を読みたくなったのではないかと分析します。

更に、巨勢博士は、吉太郎は「ああ無情」と言いながら自らの秘密をさらけ出していると言いますが、寒吉にはその意味が分かりません。

巨勢博士は更に解説を続け、「放さないでくれ」と言っている人間が手足をバタバタさせ人の肩から外れようとするのは不自然であることを指摘します。

寒吉は自分のメモは正確だと反論しますが、巨勢博士は「放さないでくれ」というのは「手を放さないでくれ」という意味ではなく、「何らかの秘密を話さないでくれ」という意味だと説明します。

寒吉はこの説明に衝撃を受けますが、巨勢博士は吉太郎が懲役人か脱獄囚で、その際の相棒が江村ではないかと結論付けます。

そして、吉太郎が一度自殺を思い立った後に選挙に立候補したのも、江村にせびられて身を亡ぼすくらいなら公衆に顔をさらして勝手に破滅してやるという自棄だったのではないかと推測します。

数日後、吉太郎は寒吉に付き添われて自首し、特ダネを挙げた寒吉は金一封を受け取りました。

巨勢博士の推理通り、三高は終戦のどさくさに紛れて北海道の牢獄を脱獄した囚人で、殺されていたのは脱獄の際の相棒だったのです。

坂口安吾「選挙殺人事件」を読んだ読書感想

今回も短編ながらも、一見平和で些細な出来事から事件が起こり、最後には登場人物の秘密が暴かれるというミステリーのようなまとめ方をされています。

「地元の中小企業の社長が唐突に勝ち目のない選挙に立候補する」という導入が捻ってあって面白いですし、芥川龍之介や太宰治といった自殺した文豪が重要な要素になっているのは少しブラックですが、坂口安吾なりの遊び心を感じます。

また、「はなさないでくれ」という一言の解釈から言葉の意味がひっくり返り、何気ないところに事件の重要な秘密を隠すというミステリーの王道の展開にも惹かれます。

今回の巨勢博士は寒吉からの聞き取りとメモだけで事件の真相を見事に言い当てており、安楽椅子探偵的な活躍をしています。

この作品は終始寒吉の視点で進みますが、脱獄囚であることを隠して会社を経営し、そこそこ成功していた吉太郎や、共犯者の江村の視点だとどういう物語になるのかも考えると、少し気になってきます。

-坂口安吾

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