中庭の出来事の主要登場人物
細渕晃(ほそぶちあきら)
主人公。舞台演出家で自作の戯曲も発表する。時おり壁にぶつかり悩むことがある。
楠巴(くすのきともえ)
細渕の学生時代のクラスメート。 翻訳家として顔が広く推理力も抜群。
槇亜希子(まきあきこ)
子役からスタートして女優を目指す。父親が偉大な役者のため親の七光りと言われるのがコンプレックス。
甲斐崎圭子(かいざきけいこ)
学生演劇から始めて小劇団で腕を磨いてきた。 主役もバイプレイヤーもできる演技派。
平賀芳子(ひらがよしこ)
新劇を長年に渡って続けてきた実力派。古典ものから時代劇もやる大女優。
1分でわかる「中庭の出来事」のあらすじ
新作の劇のアイデアに煮詰まっていた細渕晃がある日のこと遭遇したのは、ビルに囲まれた商店街で謎めいた死を遂げた女子大生。
事件のあらましを聞いただけですぐに真相を見抜いたのは、細渕の友人・楠巴です。
楠が導き出した回答とよく行くホテルの中庭をヒントにして、脚本家がパーティーの最中に3人の女優に毒殺されるというストーリーを思い付きます。
関係者をホテルに招いたお披露目公演は大好評に終わり、細渕はスランプを脱出するのでした。
恩田陸「中庭の出来事」の起承転結
【起】中庭の出来事 のあらすじ①
会社員から脚本家に転身してそれなりに順調にやってきた細渕晃でしたが、春先になってから一向に筆が進んでいません。
舞台稽古が終わると立ち寄ってコーヒーを飲むのを日課にしている、新宿の高層ビルに囲まれてた商店街に気分転換に足を運んでみました。
まさにその日のお昼過ぎ、噴水広場に腰掛けていた就職活動中の女子大学生が大勢の通行人が行き交う中で亡くなってしまいます。
細渕が不思議に思ったのは噴水に面した3つのお店の従業員たちが、それぞれまるで異なる目撃証言をしたからです。
ケーキショップのレジ係は「彼女は泣いていた」、喫茶店の店員は「笑っていた」、洋食屋のウェイターは「怒っていた。」
細渕が書き上がった脚本を真っ先に読んでもらう相手は、劇団仲間でもサラリーマン時代の同僚でもなく大学生の頃からの長い付き合いを続けている楠巴です。
彼女がそんたくのないストレートな意見をいってくれるのは、卒業してから企業にも学会にも所属していないフリーな立場のせいでしょう。
吉祥寺の外れの古い一軒家に住んでいる楠は、気が向いた時に海外の科学雑誌から依頼された翻訳をしていました。
夫は世界各地を渡り歩いている冒険家だそうですが、細渕は一度も会ったことがありません。
待ち合わせ場所に利用しているのは小さな古いホテルの中庭にあるカフェレストラン、本日のメニューはかもとアンディーブのサラダ、スモークサーモンとクリームチーズのカナッペ、赤ワイン。
食べるものには妥協を許さない楠ですが、生まれながらの名探偵というもうひとつの顔も持っています。
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【承】中庭の出来事 のあらすじ②
先日の若い女性が急死して一致しない証言が浮上した1件にも興味津々な様子で、ワイングラスをもてあそびながらビー玉のような目には不思議な輝きに満ちあふれていました。
何杯もワインを飲み干しながらも頭脳の方は休みなく働いているようで、たちまち謎を解き明かしてしまいます。
ビルの谷あいに発生する強い風に運ばれてきた砂ぼこりが、例の女子学生が装着しているコンタクトレンズの表面に付着してしまったのがそもそもの不幸の連鎖の始まりです。
突然に目の痛みを感じてまぶたを抑える彼女のしぐさは、事情を知らない人であれば泣いているように錯覚してしまうのも無理はありません。
レンズを外して洗おうとした彼女はたまたま近くに設置されていた噴水の池に手を入れますが、底の方には商店街のイベントで使うスピーカーのケーブルの端が誤って入っていました。
なかなか内定がもらえずに疲労がたまっていた彼女は、水の中に流れている電流のショックによって心筋梗塞にかかります。
突然の体調の異変に襲われてゆがんだその顔は、光の当たり加減と角度によっては笑っているようにも怒っているようにも見えたでしょう。
コンクリートジャングルにひっそりとたたずんでいる噴水、ひとりの女が見せた3つの顔、偶然が折り重なって倒れていくドミノ... 頭の中で何かが弾けた細渕は胸元に入れている小さな革の手帳を取り出し、単語や記号を書き付けていたかと思うとお礼もそこそこに席を立ちます。
【転】中庭の出来事 のあらすじ③
このミステリアスな出来事とお気に入りのホテルの中庭を組み合わせてみると、細渕の次回作の構想は調子よくスピードに乗ってきました。
登場人物は3人の女優でひとりは若手の槇亜希子、もうひとりは中堅どころ・甲斐崎圭子、最後のひとりがベテランの平賀芳子。
脚本家がパーティーの最中に毒殺されて容疑者が3人に絞られるというのが大まかな筋書きですが、犯人を誰にするのかは今のところは決まっていません。
?楠のもとに細渕から脚本が完成したとの電話での連絡が入ったのは、いつのまにか季節も移り変わった気持ちのよい初夏のことです。
いつものホテルを貸し切りにしてスタッフにも協力してもらい、演劇関係者を招待して御披露目のためのイベントを中庭で開催します。
脚本家役は黒いタートルネックのセーターを着た初老の男性、希子役はアイドルのような人目を引くルックスの20歳前後かと思われる女性、圭子役はソバージュヘアが似合い表情が豊かな30代後半、芳子役はサングラスをかけて白いカラーの花束を抱えたいかにも大女優といった50代。
それぞれ年相応の女優さんたちをキャスティング、3人は順番に中庭へと入ってきてお互いにあいさつを交わしたり談笑していました。
会場にはおしゃれなシャンパンや高級そうなビールが注がれて並べられていますが、生まれつきのアレルギーがある脚本家はアルコールがいっさい飲めません。
彼が口をつけたのはテーブルに用意されたティーカップで、飲んだ途端に地面に崩れ落ちます。
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【結】中庭の出来事 のあらすじ④
粉々になるカップに巻き起こるのは悲痛な叫び声や怒鳴り声、会はお開きになり警察官やら鑑識やらが現場に駆け付けてきます。
被害者が飲んでいた紅茶のカップからは即効性の毒が検出されましたが、砂糖・ミルク・ポットには何も入ってません。
練りに練って考えたトリックに細渕は自信満々の様子でしたが、例によって前の方の席でお芝居を見ていた楠にはあっさりと見破られてしまいました。
槇亜希子が小さなカバンの中から毒を塗ったティースプーンをこっそりと取り出し、甲斐崎圭子が目線を合わさず受けとる。
亜希子が脚本家に話しかけて注意を引き付けているすきに、圭子が紅茶をすばやくかき混ぜる。
犯行に使用されたスプーンは、平賀芳子が持ってきたお祝い用の花束の中へコッソリと隠す。
脚本家が倒れた瞬間に芳子は悲鳴をあげて、握りしめていた花束を落とすのもあらかじめ打ち合わせしていた通りです。
ホテルのボーイが散らばった包装用紙や花片を付けるために、証拠のスプーンが発見されることはありません。
劇が終わると犯人役を熱演した3人の女優たちが中庭に集まり、招待客から割れんばかりの声援が送られます。
いつもは辛口の評価しかしないあの楠も文句なしで手をたたいていますが、またしても彼女の夫の顔を拝めなかったのだけは心残りです。
あとは細渕が決定稿として加筆・訂正をして一般のお客さんに向けて上演するだけで、最後まで試行錯誤していたタイトルは「中庭の出来事」が妥当でしょう。
長すぎるアンコールはみっともないという亜希子の言葉を合図に、3人の女優は深々とお辞儀をするのでした。
恩田陸「中庭の出来事」を読んだ読書感想
無機質な高層ビルが立ち並ぶ大都会のど真ん中で、美しい噴水がオアシスのように人々を癒やしている商店街がオープニングの舞台です。
就活にお疲れモードな若い女性に予期せずして降りかかってくる事故と、その壮絶な死にざまには胸が痛みました。
その一方では創作活動に行き詰っていた主人公・細渕晃が、演劇人として新しい一歩を踏み出していく姿には励まされます。
頭の回転が早くかつグルメ志向、おまけに魅力的なルックスの楠巴。
細渕にとっては盟友にして頼りになる仕事上のパートナーですが、一切が謎に包まれているというプライベートも魅力的ですね。
夫も負けず劣らずのミステリアスな人物ですが、果たして本当に存在しているのやら… 刑事コロンボが口にする「うちのかみさん」のように、これからもその姿を現すことはないでしょう。
細渕の戯曲の中にしか存在しないはずの3人の女優たちが、いつの間にか作者と同じステージ上に立っているような終盤のシーンは圧巻です。
誰しもが人生という長い舞台で、何かの役を演じ続けなければいけないのかもしれません。