失われた地図 恩田陸

恩田陸

恩田陸「失われた地図」のあらすじを徹底解説、読んでみた感想

著者:恩田陸 2017年2月にKADOKAWAから出版

失われた地図の主要登場人物

風雅遼平(ふうがりょうへい)
主人公。手先が器用なカバン職人。骨太の胴体に高く結上げた髪形が特徴的。

鮎観(あゆみ)
遼平の元妻。細身だがバネがあり格闘技の専門。シングルマザーとして男の子を育てる。

浩平(こうへい)
遼平のおい。工業大学から航空会社の技術研究所に就職。口数が少なく聴覚が鋭い。

俊平(しゅんぺい)
遼平の息子。つい最近自転車に乗れるようになり学習塾にも通う。

カオル(かおる)
元自衛官で顔がゴツイ。ミーハーでオネエ言葉を使う。

1分でわかる「失われた地図」のあらすじ

全国各地に神出鬼没に出現して災いを引き起こす「裂け目」を封じ込めるために、人知れずに戦ってきたのは風雅一族。

一族の末えいである風雅遼平と鮎観のふたりは私生活では早々と破局していましたが、戦友としての関係は変わりません。

次第に「裂け目」から発生するミステリアスな敵、「グンカ」の頭数も増していきます。

鮎観が新しいパートナーを見つけて戦線を離脱したことは遼平にとって大きな痛手ですが、ふたりの血と才能を受け継いだ俊平に未来を託すのでした。

恩田陸「失われた地図」の起承転結

【起】失われた地図 のあらすじ①

過去の亡霊を封印

東京消防庁の管轄内で報告される火災の件数は年間約5000、そのうち3割以上の1500件が放火、最終的にその数パーセントが迷宮入り。

この原因が不明な小火があった場所の情報を仕入れて風雅遼平に連絡してくるのが、「煙草屋」です。

先週末の夜中から未明にかけてもJR錦糸町駅から半径2キロ以内の範囲で、入浴施設の爆発やマンガ喫茶でのボヤといった不審火が3件ほど続いていました。

改札を出て南口で遼平が待ち合わせているのは兄の息子に当たる浩平、もうひとりは短期間だけ結婚生活を送っていた鮎観。

それぞれが手に三脚、丸い折りたたみ式のレフ版、デジタルカメラを持っている3人はビルに囲まれた錦糸堀公園へと向かいます。

公園を包み込むように赤い光が照射されたかと思うと、突如として地の底から湧き出してきたのは茶色い軍服を着た「グンカ」です。

スーツ姿、ポロシャツ、制服、Tシャツ、おじさん、おばさん、若者、主婦、老人... 園内では服装も年齢もバラバラな多くの人たちがリラックスしていましたが、誰もこの異変には気がつきません。

時には遼平たちに目をやる人もいますが、雑誌か何かの撮影だと思っているのでしょう。

「グンカ」に足払いを食らわせるのは極真空手やキックボクシングで鍛えている鮎観、レフ板を振り回して首を切断するのは浩平。

髪の毛に付けていた銀色のかんざしを使って、遼平が手際よく「裂け目」をザクザクと縫い合わせると辺りは春の穏やかな昼下がりです。

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【承】失われた地図 のあらすじ②

離れた父の憂うつと西への遠征

先日の錦糸公園はかつて陸軍の補給倉庫、そもそも東京の成り立ちは軍都、さらにさかのぼれば江戸城を造った武士。

「グンカ」たちは自分たちこそがこの都市の主だと思い込んでいて、今でも戦を続けているようです。

普段は都内に限定して仕事を引き受けている遼平たちですが、「煙草屋」から関西への出張を頼まれました。

今回は予定があって鮎観は来られないと聞いて、遼平はふたりの息子・俊平の顔を思い浮かべます。

最近はサイクリングに夢中だそうで、塾にもプレ入学したと聞いていて小学校の高学年にはなっているでしょう。

父親がいないことを理由にお節介な親戚からお見合いを押し付けられることもあるそうで、遼平としては気が気ではありません。

延々と思い悩んでいるうちに新幹線は新大阪駅に到着、梅田を出て半円形のカーブを曲がった先には大阪城公園入口。

蒸し暑い夏の炎天下にも関わらず観光客でいっぱいでしたが、例によって南部式大型拳銃を構えた「グンカ」を認知できるのは遼平と浩平だけです。

お盆のシーズンということで戦国時代の装束を身にまとった落武者、さらには鎖鎌で武装した石山本願寺の僧兵までが加勢してきました。

素手で敵を撃退できる鮎観がいないために、遼平もあらかじめ改造しておいた三脚を使って応戦しなければなりません。

頭上から冷たい風が吹き抜けてきて、はるか上空で鈍く輝いている「裂け目」に狙いを定めます。

高くそびえる天守閣からスプレーをふりかけてアイロンの要領でのり付けすると、いつも通りの大阪の風景が眼下には広がっていました。

【転】失われた地図 のあらすじ③

圧倒的な多勢に強力な援護射撃

初秋の海岸線に沿って走るローカル線の車内で、4人掛けのボックス席に隣り合って座っているのは遼平と浩平。

真向かいの席にはサポート役として派遣されてきたカオル、陸上自衛隊に所属していたこともありレスリングでは全国大会までいったとか。

これまでは大都会の外れや隙間にばかり集中していた「グンカ」も、いよいよ本州の西端にまで進出してきました。

「煙草屋」がピンポイントで予報してきたのは広島県呉市、戦時中は軍港として最高クラスの軍事機密を扱っています。

町全体がカムフラージュされているような造りと、海と山に挟まれた閉鎖的な地形は「グンカ」が発生するには最適の条件です。

呉市内をくまなく捜索した一向ですがいたって平和で、「裂け目」の気配をすばやく察知できる浩平も何も感じません。

せっかくなので映画「海猿」のロケで使われた、両城の二百階段に行きたいと言い出したのはカオル。

なだらかな斜面にたくさんの家が建っている住宅地を20分ほど歩くと、崖のような斜面に石段がはるか上まで続いていました。

海猿、海上保安庁、領海侵犯、領土問題、ナショナリズム... 遼平の脳裏に不吉な連想がよぎった途端に、これまでにないはどの大勢の「グンカ」が縦一列となって階段の頂上から降りてきます。

圧倒的な数を誇る「グンカ」に苦戦を強いられていた遼平たちを救ったのは、終戦間際に東シナ海で沈んだはずの戦艦大和です。

呉のドックで製造された大和にとってここは故郷の海でもあり、戦争そのものを憎んでいたのでしょう。

波動砲から放たれた巨大な青白い光によって「グンカ」は一掃されたかと思うと、次の瞬間にあの巨大な戦艦の影はどこにもありません。

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【結】失われた地図 のあらすじ④

次世代の希望が平和の祭典を取り戻す

鮎観が遼平との結婚を決めた時、周囲の年寄りからは猛反対を浴びます。

近親者同士の間に生まれてくる子供には厄介な性質が備わっていると警告を受けますが、人生の春を迎えていた若いカップルは聞く耳を持ちません。

俊平こそが拡大する「裂け目」と勢いを増す「グンカ」と対決する切り札だと信じている遼平、物騒な出来事に関わらずに平穏に我が子を育てたい鮎観。

両者のあいだに横たわっている考え方の違いは徐々に大きくなっていき、やがては家庭内の不和へと発展していったのが離婚の原因です。

久しぶりに鮎観との再会を果たしたのは雪がちらつく六本木交差点でしたが、彼女が再婚したと聞いて少なからずショックを受けました。

首都高速道路の標識に貼り付けてある「ROPPONGI」、「O」の文字だけが5つに増えたかと思うと形作っていくのはオリンピックのマーク。

首都高の壁がどこまでも白く輝いて「裂け目」となり、無数の「グンカ」が日の丸の旗を振って一糸乱れぬ入場行進をしています。

この辺りには軍の射撃場があった名残もあり、間もなく国家の威信をかけて開催されるイベントと負の感情が共鳴してしまったのでしょう。

いつもなら真っ先に襲いかかってくる「グンカ」も、この日は遼平たちの存在など完全に目にしていません。

もはやこの国が彼らの手中に落ちてしまったことを確信したその時、交差点のど真ん中に立ちはだかっていたのはふたりがよく知っている少年です。

「グンカ」たちの足が止まってどよめきが巻き起こる中で、俊平は両親に向かって「だいじょうぶ」とささやくのでした。

恩田陸「失われた地図」を読んだ読書感想

都会のど真ん中のオフィス街から、地方の観光スポットに由緒のある名所まで。

日本国内のさまざまな場所に、戦争の傷あとが残されていることを痛感するストーリーです。

多くの一般市民が犠牲になった過去の記憶が薄れていき、ただただ経済発展と娯楽を享受する現代人への鋭いメッセージも込められていました。

音もなく忍び寄る「グンカ」が身にまとった旧日本軍の軍服は、再び戦争へと向かっていく時代の到来を予告しているのかもしれません。

異次元への扉とも言える「裂け目」に華麗な職人技で立ち向かっていく主人公の風雅俊平、その相棒でもあり力自慢の鮎観。

男女の立ち位置を入れ替えた斬新なふたりの活躍は実に痛快な気分を味わえるでしょう。

その一方では俊平たちが命がけでバトルを繰り広げているすぐそばを、何事もなかったかのように通り過ぎていく人たちの後ろ姿が何とも皮肉で... 終盤に訪れる名コンビの解散は残念ですが、さらなる激闘の幕開けと若きヒーローの登場に期待したいですね。

-恩田陸

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