恩田陸「ユージニア」のあらすじを徹底解説、読んでみた感想

恩田陸

恩田陸「ユージニア」のあらすじを徹底解説、読んでみた感想

ユージニアの主要登場人物

吉水満喜子(よしみずまきこ)
ヒロイン。旧姓は雑賀。物静かでさばさばした性格。大学生の時に発表した「忘れられた祝祭」が大ヒットとなるもの以後は沈黙を貫く。

緋紗子シュミット(ひさこしゅみっと)
満喜子の小学生時代の友人。旧姓は青澤。代々この土地で医者をしてきた一家の長女として生まれる。視覚にハンデがあるが記憶力は抜群。

雑賀誠一(さいがせいいち)
満喜子の上の兄。高校受験を控えていてピリピリしている。

雑賀順二(さいがじゅんじ)
満喜子の下の兄。落ち着きがなく他人の家にも平気で入り込む。

照(てる)
現役時代は冷静で地味な捜査をコツコツとやる刑事。組織の色に染まらない。

1分でわかる「ユージニア」のあらすじ

雑賀満喜子は小学生の時にK市で発生した大量殺人の現場に遭遇して、大学生になってからノンフィクションにして発表し話題を呼びます。

事件は実行犯の青年の自殺で決着がついたはずですが、当時の捜査を担当していた照が独自の推理から導き出した黒幕はただひとりの生き残り・青澤緋紗子です。

照は決定的な証拠をつかめないまま定年、満喜子は久しぶりに現地を訪れた際に突然死。

緋紗子は罪を問われることもなく自由の身のままで、海外へと移住するのでした。

恩田陸「ユージニア」の起承転結

【起】ユージニア のあらすじ①

目を覆いたくなる事件の見えない目撃者

中心部はふたつの川に挟まれた丘陵地帯、3方向を緩やかな山に囲まれていてもう一方は海、北陸地方を代表する城下町と知られているのがK市。

戦前にこの地でコレラがまん延した際に、青澤家は不眠不休の無報酬で病人の治療に当たったため篤志家として尊敬されていました。

地元の人たちからは「丸窓さん」と呼ばれていたのは、石造りの壁にまん丸の窓が3つ並んでいるお屋敷が特徴的だったためでしょう。

当主の還暦を祝うために地元の人たちが集まった夏の終わり、お酒やジュースに青酸系化合物が混入されていたために17人が命を落とします。

ただひとりだけ助かったのは青澤緋紗子ですが、彼女は幼少期にブランコから落ちた時のショックで目が見えません。

青澤医院は医療事故を起こしたこともなく、親族との金銭トラブルがある訳でもなく、旧家にありがちなスキャンダルとも程遠く… 捜査がすっかり行き詰まっていた10月の終わり、国立大学の化学系の学科を卒業して農薬などを造る工場に勤めていた青年が首をつって自殺しました。

「お告げ」を受けたために青澤一家を殺害したという遺書を残していて、アパートからは現場から検出された毒と同一のものが発見されたために容疑者死亡のまま送検されます。

事件が終結して100人以上が集まって執り行われた合同慰霊祭の当日、笑顔でブランコをこいでいる緋紗子の姿を目撃したのは雑賀満喜子です。

小学校の2年の春に引っ越してきたために、もともとはK市とは縁もゆかりもありません。

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【承】ユージニア のあらすじ②

忘れられたベストセラー作家が忘れられないひと言

普段から緋紗子とはチェスや将棋をして遊ぶ仲だった満喜子は、青澤家のお祝いで配られるお菓子を兄・誠一と順二の3人でもらいにいきました。

最初に異変に気がついたのは誠一で、妹と弟にこの場所から離れないようにと命じると交番に駆け込みます。

現場に居合わせたということできょうだいは何度か警察に呼ばれましたが、見慣れない不審者も手掛かりになるようなものも見ていません。

6年生の夏には雑賀家は長野県へと引っ越していき、満喜子が再びこの地に足を踏み入れたのは卒論のテーマを探していた時です。

10年前のあの事件について関係者へ取材して回り、完成した原稿は教授から出版社に渡って「忘れられた祝祭」というタイトルの書籍になりました。

瞬く間にベストセラーとなりかなりの額の印税が入ってきましたが、取材協力者に謝礼をして残りはすべて女手ひとつで大学まで行かせてくれた母親に振り込みます。

大学卒業後に就職先として選んだのは製薬会社で、それ以降は新作を発表することはありません。

結婚後は東京都日野市に移り住んで、専業主婦として女の子を育てながら静かな生活を送っていました。

緋紗子は大学院で知り合ったドイツ人・シュミットと結婚して、転任先のアメリカの病院で目の治療を受けることになったと人伝に聞いています。

大人になってからは顔を合わせる機会はありませんでしたが、あの惨劇が発生する数時間前に緋紗子がささやいた「今日はうちに来ないほうがいい」という言葉だけは今でも忘れていません。

【転】ユージニア のあらすじ③

孤独な青年を突き動かす悪魔の声

事件の犯人とされていた青年は若いうちに両親と死別して、年の離れた妹の面倒を見つつ助け合って生きてきました。

妹にはようやく縁談が舞い込んできましたが、婚約者と一緒に一面識もない通り魔に殺害されてしまいまます。

ショックから長いこと入院していた病院でたまたま隣に仏教美術の先生が寝ていたために、退院後には仏像を拝むために町外れにあるお寺に通っていたそうです。

金物屋の夫婦が建てたアパートに家賃を半年分しっかりと前払いしていて、体調がいい時にスーパーの配達を手伝う他は仕事はしていません。

寺の境内に隣接する幼稚園で園児の面倒を見たり、下校途中の小学生たちに理科や算数の宿題を教えてあげたり。

青年を「私の友人」と紹介した張本人が緋紗子で、しばらくは地元の子どもたちから「ユウジン」と呼ばれてきました。

その中でも特になついていた男の子が、青年が「山形県」と書かれたメモの切れ端を持っていたと警察に証言しています。

山形には青澤家と付き合いがある医院があり、事件当日にお祝い用のビールとジュースを送ってきたのも当主の医学部時代の友人ですが青年がその住所を知っているはずはありません。

目撃者の少年の話では青年はメモを恭しく捧げるように持っていたそうで、殺人の教唆をした人物を絶対的に崇拝していたようです。

青年は長年に渡って心療内科に通院していて暗示を受けやすい体質でもあり、手渡されたメモと真犯人のささやきのままに動いていたのでしょう。

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【結】ユージニア のあらすじ④

闇に葬られた真相と光を取り戻した真犯人

照があの大量毒殺事件を担当することになったのは46歳の時で、初めて緋紗子と会った時に彼女が真犯人だと確信しますが決定的な証拠が見つかりません。

青年は自殺をする前に身辺整理をしていて、持っていた本は買い取りに出したためにメモはその1冊のどれかに挟まっていたはずです。

大学が多く学問も盛んなK市には古書店が多く、ようやく青年が本を売ったお店を突き止めますが火事で全焼した後でした。

その火災が発生する少し前に緋紗子は半年ほど一時帰国していましたが、当日には日本にいなかったために立件は難しいでしょう。

海外にいるあいだは時効が中断するために彼女を逮捕する時間はまだありますが、先に照の警察官としての残り時間が尽きてしまいます。

定年退職した照に電話をかけてきたのは、「忘れられた祝祭」の著者・雑賀満喜子の娘です。

福井県に単身赴任をしている夫のところに顔を出して東京に帰る途中でK市に寄ったこと、観光をしていて公園内のベンチで亡くなったこと。

照が公園の管理事務所に照会したところ、残暑が厳しい時期のため熱中症が原因だそうで、事件性はありません。

老朽化した青澤邸を貴重な建築財産として保護するように市民グループが署名運動を起こしますが、あの事件を思い出したくないという緋紗子の声明が発表されたことによって取り壊しが決まります。

アメリカで臨床実験に参加した緋紗子は奇跡的に視力を取り戻し、ユウジンとふたりだけの国・「ユージニア」を探しに行くのでした。

恩田陸「ユージニア」を読んだ読書感想

恐るべき一家惨殺事件の真相を複数の証言者をクローズアップしつつ、さまざまな角度から映し出されていきスリリングな味わいがあります。

戦後の混乱期に起きて今でも諸説がささやかれている「帝銀事件」や、カンザス州で発生した強盗殺人を人気作家のカポーティが取材した「冷血」など。

昭和の犯罪ドキュメントや、海外のノンフィクション・ノベルを思い出してしまう方も多いのではないでしょうか。

舞台となるK市も北陸地方にあって川と丘に囲まれた歴史と風情がある城下町と言えば、おのずとその答えは導き出せるでしょう。

失われた風景の中に秘められた記憶をたどりつつ、写真の奥に焼き付いた街並みを旅しているような気持ちになりました。

真犯人は直接的に手を下すこともなく、裁きを受けることもないという勧善懲悪をこえた結末にも想像力を巡らせるしかありません。

永遠に終わらない迷路のような長い夏と、決して許されることのない罪を背負った少女の姿が忘れがたいです。

-恩田陸

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