著者:中島敦 1969年9月に新潮文庫から出版
山月記の主要登場人物
李徴(りちょう)
博学で勤勉、自分の頭の良さにあぐらをかかず常に上を目指す。能力が低いものは歯牙にもかけない。
袁さん(えんさん)
数少ない李徴の友人。温厚だが高位についている
李徴の妻子(りちょうのさいし)
李徴が陥ったトラブルにより困難に陥っていると想定される
1分でわかる「山月記」のあらすじ
天才といわれ早くから出世街道をまっしぐらに進んでいた李徴は、突然その道を外れ詩人を志します。
しかし思うように詩人として成功できず、苦悩の中で再就職。
再就職後も思うように暮らせない李徴はある日突然発狂し、姿を消しました。
その一年後、李徴の唯一の友人を襲おうとした虎は、実は姿を変えた李徴だったのです。
中島敦「山月記」の起承転結
【起】山月記 のあらすじ①
多くの人に博学で才能のある人物として早くから認められていた李徴は、その才能を存分に活かし、中国で最も難易度の高いといわれる官吏の登用試験に合格します。
その後とんとん拍子に出世し、結婚もして何も問題のないと思われた李徴ですが、ある日突然すべての仕事をやめて詩人を志すのです。
理由は、死後百年も詩人として自身の名が残るという状態が一番いい状態だと考えたから。
しかし、勉強とは違い詩で名を成すのは難しく、李徴は人生ではじめての挫折を味わいました。
詩人としての稼ぎはもちろんなく、結婚していた李徴は家族のために節を屈して地方官僚として再就職をはたすのですが、ここでも彼はまた壁にぶつかります。
彼がリタイアしている間にずっと働き続けていたかつての同僚たちがみな出世し、彼よりも能力が低いと彼がみなして軽蔑していた者たちから命令されなければならないのです。
そのことに嫌気がさした李徴はイライラするようになり、ある日突然、叫びながら走り出していっていなくなってしまうのです。
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【承】山月記 のあらすじ②
李徴が姿を消してから一年後。
出張に出た李徴の友人の袁さんは虎に襲われかけます。
しかし、不思議なことに虎は袁さんを襲わずに踵を返して草むらに逃げ込みます。
そして、「危なかった」としゃべるのです。
その声を聞いてピンときた袁さんは「李徴か?」と声をかけました。
しばらくの沈黙の後、草むらの中で「いかにもわが名は李徴」という返答があります。
叫び声をあげながら姿を消した李徴は、虎となり一年間虎として暮らしていたのです。
そんな超自然の怪異をなぜかすんなりと受け入れてしまった袁さんは、李徴と、かつてと全く変わらない語調で話し合います。
袁さんが出世したことを李徴が祝い、李徴と袁さんの共通の知り合いがどうしているかを語り合います。
そんな楽しい時間を過ごした後、袁さんは、なぜ李徴がそのような姿になってしまったのかを問いかけるのです。
李徴はまた、しばらく沈黙した後に、自身の身の上に起きたことを自らの言葉で語りはじめました。
【転】山月記 のあらすじ③
気が付けば虎となってしまっていた李徴は、もちろんのこと、自身の身の上に起きたことをすぐには信じられませんでした。
信じられずにたくさん考えて考えた挙句、李徴は、受け入れざるを得ない自分に気づき、死を決意します。
しかし、死を決意した直後に目の前に現れたウサギを食べてしまい、その後、本能に任せて何度も生き物を襲って食べながら暮らしてきてしまったのです。
ただし、李徴にはは虎としての本能が優位に働いて何も考えられなくなる瞬間と、人間としての理性が優位に働いて自分自身のことをしっかり考えられる時間が両存在していて、今袁さんと話しているのは、人間としての理性が働いている李徴なのです。
でも、一年の間に、李徴の中の人間の心が徐々に失われていき、李徴は自分がもうすぐ完全な虎になってしまうということを自覚しています。
そして、そのことに恐怖を感じ、苦しみ悩み、辛さを痛感しているのです。
李徴の心からの叫びは、聞いている袁さんの心を強く打ちます。
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【結】山月記 のあらすじ④
虎となってしまい、もはや人間に戻ることはないと自覚している李徴は、最後の願いとして袁さんに、自分の作った詩を書き留めて残すことを依頼します。
李徴の作った詩は、よくできた詩でした。
自分の口述した詩を自身で振り返った後、李徴は自嘲気味に、自分が何よりも先に妻子の今後について言及しなかったことについて後悔の念を口にします。
自分がそのように、妻子に対する思いやりよりも何よりも先に、自分が詩人として成功することを願い、自分のプライドばかりを大切にしようとしたことを李徴は後悔しているのです。
そして、自分が他人に対して厳しく、自分本位であったことが、自分自身の姿を虎に変えてしまった原因だと考えていると袁さんに語るのです。
袁さんにすべてを語った李徴は、袁さんの前に虎となった自分の姿をあらわし、月に向かって高らかに吠えました。
袁さんに自分の家族のことをすべてたくし、袁さんが今後自分を探しに来ることのないように、虎となった自分の姿を見せてから、自然の中へと消えていったのです。
中島敦「山月記」を読んだ読書感想
虎となるという完全なるファンタジーでありながら、描かれるのは人間のエゴイズムや、人間という生き物のさだめでした。
何がおきても人間はそれに抗えず、おとなしく受け入れて生きていくしかないという李徴の独白は、コロナ禍で自粛やマスク生活を長らく余儀なくされてどうにもできない現在の人間たちに暮らしと重なりました。
また、李徴が自身が虎となった理由を分析し、人間であった自分が失われていくことへの恐怖を語る場面は、せつなさに満ち溢れており、心を打たれずにはいられません。
挫折というものを大なり小なり味わったことのある人なら誰もが、共感できる物語だともいえるでしょう。