著者:樋口一葉 1895年12月に博文館から出版
十三夜の主要登場人物
お関(おせき)
貧しい士族の娘。原田に望まれて結婚したが、冷酷な性格に耐えかねている。
原田勇(はらだいさお)
お関の夫。高級官吏。息子が産まれてからお関に辛く当たるようになる。
高坂録之助(こうさかろくのすけ)
お関の幼馴染。煙草屋の息子だったが、現在は車夫をしている。
1分でわかる「十三夜」のあらすじ
十三夜の晩、夫からの辛い仕打ちに耐えかねて離縁をしようと家を出たお関。
子どもを置いて一人きりで実家に向い、父母に夫である原田勇の酷いふるまいについて訴えます。
もう夫とは結婚を続けられないと言うお関に父母は悲しみます。
父は、家のことを思って我慢してくれないかと頼みます。
貧乏なお関の実家は原田から援助を受けており、お関の弟は原田の口添えで出世したのです。
実家と子どものことを思い、離縁を諦めるお関。
帰り道で乗った人力車の車夫は、幼馴染でかつての思い人であった高坂録之助でした。
録之助は、お関の結婚で自棄になっておちぶれた生活を送っていたのです。
偶然に再会した二人ですが、昔の思いを胸にそれぞれ別れて、別の悲しい世を生きるのでした。
樋口一葉「十三夜」の起承転結
【起】十三夜 のあらすじ①
お関はしょんぼりと実家の戸の前に立っていました。
いつもなら高級な人力車で帰るのに、今夜は適当に拾った人力車で帰ってきました。
家の中から父親の声が聞こえます。
「手がかからない子どもを持ち、幸福な人間だ」と母親に喜んで話す声を聞きながら、お関は悲しみます。
どんな顔をして夫の原田勇と離縁したいと言えばいいのだろうと悩みます。
自分さえ我慢すれば皆がこれまで通りの生活を続けられるが、しかしあの鬼のような夫の元へ戻るのは嫌だと考えています。
突然帰ってきたお関に喜ぶ父母。
お関の弟の亥之助は夜間学校へ出かけているようです。
亥之助は原田のおかげで仕事でも昇給できたようで、母親は笑顔で喜んでいます。
母親に、息子の太郎は連れてきていないのかと聞かれます。
寝ているので家に置いてきたと答えるお関。
太郎のことを思い出し、涙が出そうなお関は空咳をしてごまかします。
母親は、今夜は十三夜のためお月見の準備をしていました。
今夜は奥さまではなく、娘としてお月見を楽しみなさいと言う母親。
父親は、位の高い家に嫁いだお関を自慢に思いながらも、自分たちが貧しい家だということを恥じていると言います。
原田の家にお嫁にいって七年ですが、その間にお関が夜に実家を訪れたことは一度もありませんでした。
土産もなしに、婿からの伝言もなく、無理に笑顔をつくっているようなお関。
父親はそれとなくお関の気持ちを探ってみます。
するとお関は涙を流し、お願いがあると言い畳に手を突きました。
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【承】十三夜 のあらすじ②
お関は涙ながらに、原田勇と離縁することを決意したと告げます。
今夜限り原田の家には帰らないつもりで、寝ている太郎も置いてきたのだと言います。
驚いて理由を聞く父母にお関は話し始めます。
夫の原田は、息子の太郎が産まれてからお関に冷酷非情な態度を取るようになりました。
機嫌が悪いと無視をし、気に入らないことがあると一日中小言を言ったり怒鳴りつけられるのです。
はじめのうちは冗談かと思っていたお関ですが、どうやら自分に飽きたのだと考えます。
色々な嫌がらせをして、お関のことを追い出そうとしているのです。
「家の中が楽しくないのは妻の振る舞いが悪いからだ」と言う原田。
しかしどういう理由かは言わず、ただただ「つまらない、くだらない奴」だと嘲って言うのです。
名前だけ立派な原田に離縁されたからといって惜しいとは思わないが、息子の太郎が片親になると考えて今日まで辛抱したと泣くお関。
母親は自分のことのように悔しく感じ、離縁すると良いと怒ります。
父親も困ったことになったと考えます。
お関の、奥様らしい豪華な身なりを眺めながら、離縁してまた貧しい思いをさせるのかと哀れに思います。
そしてお関に言います。
世間で褒められる働き手は、家では極めてわがままな者が多い。
外での不平不満を当たり散らされるのは辛いだろうが、それを聞くのも高級官吏を夫にもつ妻の役目なのだ、とお関を諭します。
そして、原田の恩を受けている弟亥之助のため、息子の太郎のためにも、どうか胸のうちに納めて帰ってくれないだろうか、と言います。
父親は、涙は各自に分けて泣こう、と目を拭います。
その様子を見たお関も泣きだし、わがままを言ったことを詫びます。
「自分さえ死んだような身でいれば全て丸く収まります、どうか心配しないで下さい」と泣くお関に、母親も大雨が降ったように声を立てて泣くのでした。
お関は「この次来るときには笑って参ります」と言いつつも元気のない様子で実家を出ました。
【転】十三夜 のあらすじ③
夜も更けてきて、お関は人力車で原田の家へと帰ります。
清く澄んだ月に風の音がします。
まだ家まで距離があるのに、車夫が急に車を止めました。
もう車を引くのが嫌になったから、ここで降りてほしいと言うのです。
困ったお関は、こんな所で寂しい所で降ろされても困ると言います。
代金は払うから、せめて代わりの車がある大通りまで行っておくれと機嫌をとるように言います。
車夫は納得し、私が悪かったと謝り、また車を引き始めました。
お関は安心して車夫の顔を見ると、知った顔だと気が付きます。
車夫は幼馴染の高坂録之助でした。
お関の実家の近くにあった煙草屋の息子で、よく学校帰りに寄っていたのです。
懐かしさに話しかけるお関に、録之助は今自分の家もない身だと言います。
今は村田という安宿でごろごろと過ごし、気が向くと今日のように車夫をしていると言います。
お関が結婚したと聞いた時から、一度でも会えたらと願っていたと言う録之助。
お関の結婚をきっかけに放蕩し荒れた生活を送っていました。
見かねた親が、杉田屋の娘との縁談を薦め、結婚させました。
子どもにも恵まれましたが、録之助の放蕩癖はなおりませんでした。
遊び歩き、飲み歩いて過ごす録之助に愛想を尽かし、妻と子どもは実家に帰りました。
子どもは娘でしたが、昨年の暮れに伝染病にかかって死んだと聞いたそうです。
あきれ果てるわがまま男だと自分を卑下する録之助。
録之助の身の上話を聞いたお関は、人力車を降りて隣を一緒に歩きます。
下駄の音が寂しく響いています。
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【結】十三夜 のあらすじ④
歩きながらお関は昔のことを振り返っていました。
録之助は昔の友達の中でも、特に忘れられない人だったのです。
今はこのように落ちぶれてしまっているけれど、昔は小粋な服を着て、お世辞も上手な愛きょうのある人でした。
なのに今夜再会するとみじめな身のありさまで、思いも寄らないことでした。
お関は十二才から十七才まで毎日録之助と顔を合わせていて、ゆくゆくは録之助と結婚し煙草屋で共に商いをするだろうと考えていたのです。
ところがそこに思いがけず原田勇との縁談がありました。
縁談は両親の薦めもあり反対できませんでした。
お嫁にいくなら録之助のもとへ、と思っていたけれど、それをお互い口に出すことは無かったのです。
夢のような恋だから、諦めて原田の家へ嫁ぐことにしたお関。
しかし嫁入り直前まで涙がこぼれて、録之助のことを忘れられずにいました。
自分が録之助を思うのと同じように、彼も自分のことを恋しく思っていてくれたことに気が付くお関。
それが原因で身を滅ぼした録之助が、今の自分の悠々とした奥様姿を見てどのくらい憎らしいことでしょうか。
しかしお関も、けして目に見えているような楽しい身ではないのです。
そんなことを考えながら振り返って録之助を見ると、何を考えているのか呆然とした顔つきであまり嬉しそうな様子でもないのでした。
二人で歩いていると、大通りに着きました。
お関は財布から紙幣を取りだし、録之助に渡して別れを告げます。
録之助は受取り、別れるのは名残惜しいがこの再会も夢のうちならば仕方のないことと後ろを向きます。
録之助は東へ、お関は南へ歩いていきます。
柳が月の陰になびき、力のない下駄の音が響いています。
そうして別れ、安宿の二階の録之助も、原田の家のお関も、お互いが悲しい世を生きてとりとめのない考えに耽るのでした。
樋口一葉「十三夜」を読んだ読書感想
樋口一葉の短編小説です。
旧仮名で書かれているので、最初は少し読みにくいかもしれません。
主人公のお関は夫からの仕打ちに悩み、離縁したいと実家へ帰ります。
夫のふるまいは今で言うDVのようなもので、読んでいるだけでも悲しくなります。
耐えられないほど辛い仕打ちを受けているけれど、自分の両親や産まれた子どものことを考え、離縁することを諦めるお関。
100年以上も前の小説ですが、現代に生きる女性と同じようなことで悩んでいたのだなと切なくなってしまいます。
帰り道ではかつての思い人と再会します。
彼もまたお関を思っており、自暴自棄な生活を送っているのでした。
普通のラブストーリーであればここで駆け落ちしても不思議ではないと思ってしまいますが、二人はまた別れて元の生活へ戻ります。
自らも生活苦を抱えながら小説を書いていた樋口一葉の、現実主義な面が見えるように感じました。
十三夜のお月見の一晩が舞台ということで、月や風、下駄の音など、夜の風景描写も美しく描かれています。