著者:江戸川乱歩 1926年10月に大衆文芸から出版
鏡地獄の主要登場人物
私(わたし)
Kの友人。奇妙な話の座談会に参加した。
K(ケー)
座談会に参加した1人で、レンズ好きの彼の友人。彼について語りだす。
彼(かれ)
Kの友人。レンズと鏡が好物で、実験室に籠もって奇妙な研究に没頭していた人物。
1分でわかる「鏡地獄」のあらすじ
ある時に私が数人で集まって怖い話をしていた時、友人のKがレンズと鏡に狂ったという「彼」についての話をはじめました。
その彼はKとは幼なじみであり、子供の頃からレンズと鏡が好きだったといいます。
歳を重ねるごとにその狂気に拍車がかかっていく彼は、庭に実験室を作ってからはますます研究に没頭し、世間の人間とはかけ離れた存在になっていきました。
そしてある日Kが彼の実験室へ行ってみると、彼が作り出したモノと彼の置かれた状況に唖然とさせられるのでした。
江戸川乱歩「鏡地獄」の起承転結
【起】鏡地獄 のあらすじ①
私と友人たちはある春のどんよりと曇った日に、5〜6人であつまって座談会を開いていました。
そこでそれぞれが、これまでに怖かったり珍奇な話を披露しあっていたのです。
その中で最後に登場した友人のKが、とても異様だと思える話を語りはじめました。
それは私にとっては実際のことなのか、作り話なのかはまったく判断もつかないような内容でした。
話の登場人物である「彼」は、Kが幼い頃からの友人であり、とても不幸だったと表現する人物でした。
Kによればその彼は、幼少の頃からレンズや鏡などに異常なまでに執着している人物でした。
彼はとても珍しいレンズや鏡の製品を片っ端から収集するのが趣味で、その様子は先祖の不思議な病気が遺伝したのかと思ってしまうほどです。
Kが彼の勉強部屋に行ってみれば、そこには古めかしい書物、マリアさまの像、一世紀も前の望遠鏡、など不思議なさまざまな宝物があって、つづらの中にしまってあるのです。
そして何よりも彼の嗜好を表すように、とてもめずらしい幻灯器械や遠目鏡や万華鏡や虫めがねやプリズムのおもちゃなど、ものが映りこむ道具に溢れているのでした。
Kは彼の部屋を尋ねるたびに、それらで遊ぶことになりました。
中でも彼が持っていた、壁に文字を映し出すことのできる得体の知れない桐の箱のことは、会話内容まで忘れることができません。
そうした少年時代の彼でしたが、その頃はまださほど狂気に満ちた印象まではないのでした。
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【承】鏡地獄 のあらすじ②
ところが中学の上級へと進んで物理学を学びだしてから、彼のレンズと鏡に対する嗜好はエスカレートするようになりました。
彼はレンズの理論に夢中になってしまい、もはやレンズ狂と言っていい状態へと進んでいったのです。
ある時に教室で凹面鏡を扱った時からは、彼は凹面鏡に夢中になりだしました。
大小さまざまな凹面鏡を買い漁り、ボール紙などをつかって不思議な装置を作り出す日々がはじまったのです。
Kが驚かされてしまった彼の装置の1つには、「魔法の紙幣」がありました。
これは四角いボール箱の外観でしたが、箱の入り口からおさつを取ろうとしても虚像なため、絶対に取れないというものです。
こうした彼の研究と実験好きが高じて、中学を卒業した後には彼の自宅に専用の実験室が新築されてしまいました。
そして両親も彼のことをまったく咎めないこともあって、彼は1日じゅうその実験室に閉じこもってしまうようになったのです。
そうすると彼のわずらっていた病勢は勢いを加速させていき、彼と係わる人間も徐々にいなくなっていきます。
ついに彼の元を訪れる人間は、家の人とKだけになってしまうのでした。
ある年のこと流行感冒のせいなのか、彼の両親が不幸にも一緒になくなってしまう出来事がありました。
すると彼は両親が残していた莫大な財産を受け継ぎます。
そして多額のお金を思うがままにレンズと鏡の実験に使っていけるようになり、ますます狂人と化して行く彼なのでした。
【転】鏡地獄 のあらすじ③
山の手の高台の彼の実験室は、市街地を見渡せる位置にありました。
そこで彼は実験室を天文台のようにし、天体望遠鏡を据え付けて星の世界に熱中するようになりました。
また望遠鏡を使って近隣の家の中を覗き見るという、罪深い行動までも夢中になって行くのでした。
また虫めがねなど小さなものを見る時には、ノミを捕まえて自分の血を吸わせて観察したり、虫を半殺しにして苦しむ様子を拡大して見るといった、おぞましい楽しみまでも得ているのでした。
ある時に彼の実験室をたずねてみると、目や鼻や口などが極限に拡大されて映っている様子に、Kは驚かされてしまいます。
それは彼が作り上げた鏡とレンズと光を使った幻灯であったのですが、魔物のようにも見える彼は次々と奇妙なものを生み出していきました。
ある時には実験室を区切って、鏡で埋め尽くした鏡の部屋を作りました。
すべてが鏡に囲まれたなかにいると、反射しあって無数の像が映し出されるという仕組みです。
そんな恐ろしさを感じる部屋は彼のお気に入りで、ある時から一緒に18歳の小間使いの娘も入り浸るようになりました。
日々その娘と一緒に鏡と性的嗜好の世界で遊ぶ彼でしたが、その頃から彼の健康は日々悪化していくようになりました。
しかし病癖はますます悪化していくばかりで、変わった形の鏡を膨大に集めたり、庭にガラス工場を建てて職人に独自の凹面鏡や万華鏡などを無数に作らせるのです。
もはや散財するかという勢いだったので、Kはせめて最後まで自分だけでもその様子を見守ってやろうと思うのでした。
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【結】鏡地獄 のあらすじ④
そしてついにKがずっと恐れていた事態が訪れました。
ある朝に彼の使いの者が大変だと言って、Kを呼びにやってきました。
Kが急いで彼の実験室に駆けつけてみると、そこには玉乗りの玉を大きくしたほどの物体が転げていました。
それを彼の小間使いの娘と召使いたちが、呆然と眺めているのです。
その玉の中からは笑い声のような唸りが響いているのですが、どうやら中には彼が入っているという事実がわかりました。
その玉もまた彼の工場の職人に作られたものであり、彼はその中に一晩中閉じ込められていたようなのです。
そこでKはこの玉を壊して、助け出すしかないとの考えに至ります。
大きなハンマーを使って破壊していくと、やはり中からは彼が這い出してきました。
その顔を見れば死人の形相のようで、乱れた髪の毛と血走って虚ろな目のまま、ゲラゲラと笑い続ける有様で完全に発狂している状態でした。
そこで職人に話を聞いたところ、この玉の内部はすべてが鏡に覆われていて、光を放つ電灯を装備しており、一か所に扉が作られている構造だったといいます。
そこでKは眼の前で発狂している彼が、この鏡の玉の中で、何を見て狂っているのかを考えてみました。
それは彼の姿が無限に映し出され続けることに留まらず、彼の限界を超えたものまで見てしまった結果であるとしか思えません。
その後、彼は発狂したままこの世を去ってしまいましたが、Kは彼が身を滅ぼした理由を、今もずっと考え続けているのでした。
江戸川乱歩「鏡地獄」を読んだ読書感想
昭和元年に江戸川乱歩が発表した作品でしたが、時代を経ても面白い内容と感じられるものでした。
短編ながら乱歩の短編の中でも秀逸で、だからこそ映画化もされたのだろうと思います。
レンズと鏡に取りつかれてしまった彼が、どんなふうに狂っていくのかを追って行く様子は、興味深く読み進められます。
しかも作中では、乱歩が人生で知り得たさまざまなレンズと鏡に関する道具の知識が披露されているので、そのへんも面白く読める要素になっていました。
彼が不幸な結末にはなりましたが、金に物を言わせて好き放題に生きた結果であったので、バッドエンドのような不快な感じはありませんでした。
彼が狂気に支配されている中で、Kが最後まで常識人として接していた姿も印象的です。
最終的に彼が何を見たのかについては、Kの見解でしかわからないのは少し物足りないところです。
しかし彼が見たという地獄のような光景については、想像力が掻き立てられてしまいます。