二癈人 江戸川乱歩

江戸川乱歩

江戸川乱歩「二癈人」のあらすじを徹底解説、読んでみた感想

2022年2月9日

著者:江戸川乱歩 1924年6月に博文館(青空文庫)から出版

二癈人の主要登場人物

井原(いはら)
本作の主人公。温泉場に湯治に来ていた斎藤の顔をどこかで見たように思いますが、どうしても思い出せません。

斎藤(さいとう)
井原の滞在先の近くに湯治に来ていた男性。従軍経験があります。

1分でわかる「二癈人」のあらすじ

のどかな冬の温泉場の午後、湯治に来ていた井原と斎藤という二人の男がお互いの身の上話をしていました。

井原は元は古い商家の総領の家に生まれましたが、学生時代に夢遊病にかかり、遂には夢遊病の発作で人を殺してしまったのです。

周囲の尽力や夢遊病の発作中での犯罪ということもあり、最終的に井原は無罪となりますが、心労が祟って身体を壊し、一生を棒に振ってしまいました。

それを聞いていた斎藤は、井原が夢遊病の発作を起こした場面を見たのは学友の木村のみであったことや、木村が井原を夢遊病者の殺人犯に仕立て上げて己の本懐を果たした可能性を示唆します。

井原はその話を聞いて愕然としますが、温泉場を立ち去る斎藤を止めることはできず、己の愚かさを痛感すると同時に、木村の機知を賛美しないではいられませんでした。

江戸川乱歩「二癈人」の起承転結

【起】二癈人 のあらすじ①

温泉場の二人

のどかな冬の温泉場の午後、湯治に来ていた井原と斎藤という二人の男は座敷で火鉢に当たりながら、お互いの身の上話をしています。

斎藤はかつて軍隊におり、井原に青島役の実戦談を語ります。

時折うぐいすの鳴き声が聞こえ、昔を語るにはうってつけの情景です。

斎藤の顔には無惨な傷が残されており、これは戦場で砲弾の破片を受けた際にできた傷とのことです。

その他にも、身体中に数か所の刀傷があり、冬になるとそれらの傷が痛むので湯治に来ていたのです。

かつて斎藤には野心があったと言いますが、今では前線を退き、こうして湯治に訪れている自分を自嘲気味に語ります。

井原は「斎藤は戦争で一生を台無しにしまったが、まだ名誉という気休めが残っている。

しかし、自分には…」と語り、肉体に古傷に悩んでいる分にはまだまだ幸せだと心の中で言います。

そして、今度は井原が身の上話を始めようとし、斎藤もお茶を入れ替えて一服し、話すよう勧めます。

その時、井原は斎藤の表情がどこか見覚えのある顔ではないかと気づきます。

井原と斎藤は出会って十日ほどしか経っていませんが、井原はまるで前世の因縁のような不思議な縁を感じており、その感覚は日増しに強くなっていました。

しかし、井原は斎藤の顔をどこで見たのか全く思い出せず、物心がつく前の子ども時代の遊び友達だったのではないかと考えます。

これまで自分の身の上を恥じて詳細を他人に話したことはありませんでしたが、この日は何故か話してみたくなり、斎藤に自分の身の上を語り始めます。

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【承】二癈人 のあらすじ②

井原の過去

井原は、ある町の少し古い商家の総領に生まれましたが、小さいころから病弱で学校での就学も一、二年遅れるほどでしたが、学業自体は順調で小学校、中学校、東京の大学へと進学していきました。

東京での学生生活も不自由なく楽しめており、この頃が一生の中で最も楽しい時期だったとも言いました。

しかし、ある朝、登校しようと身支度をしていると同じ下宿の友人が「昨夜は大変な気炎だったね」と冷やかすように言ってきました。

身に覚えのない井原は友人に自分が本当に昨夜そんなことをしたのかと尋ねますが、友人の話では、昨夜井原は友人の部屋を訪れ、友人を叩き起こして議論を始めたというのです。

そして、井原は自分が言いたいことを言うとさっさと部屋を出て行ってしまったとのことでした。

未だに信じられない井原に対し、友人は証拠として井原が友人の部屋を訪れた際に書いた葉書を見せました。

結局、その日はあやふやなまま学校へ行きましたが、井原は友人に寝とぼける習慣がなかったかと尋ねられ、思わずはっとしました。

井原には寝言の癖があり、時には問答さえもできたそうですが、井原本人はそのことを全く覚えていなかったということを聞いた友人は、井原の寝言癖が再発し、一種の夢遊病になっているのではと指摘しました。

それを聞いて井原も気味悪く心配になり、知り合いの医者に相談をしてみますが、医者は一度の発作程度ではそんなに心配しなくても良い、なるべく気を静めて規則正しい生活をしていればそんな病は自然と治る、と言いました。

それでもビクビクしていた井原でしたが、一か月後には更に発作が酷くなり、夢遊病の発作中に他人の懐中時計を盗んでしまいました。

懐中時計は元の持ち主に謝罪し返却しましたが、その一件以来、井原の夢遊病は学校でも噂が広まってしまいました。

夢遊病の発作もどんどんひどくなり、どんな対策を取っても改善せず、段々と動き回る範囲も広くなっていきました。

更に、夢遊病の発作を起こした際にはたいてい何かしらの証拠品が残っており、しまいには近所の墓地をうろついた際に、それを見た勤め人があそこには幽霊が出ると言いふらすという出来事までありました。

こうした状況を他人は物笑いの種にしますが、当人の井原にとっては重大な心配事で、いつかは取り返しのつかない悲劇を生みだすのではとまで考えるようになりました。

【転】二癈人 のあらすじ③

取り返しのつかない悲劇

夢遊病の発作に悩む井原でしたが、今から二十年前のある朝、目が覚めると家の中がざわついていることに気づきました。

最初は怯えつつも様子を見ていましたが、どうしても恐ろしい予感がして部屋の中を見回してみると、昨夜と何となく様子が違うことに気づきます。

起き上がってよく調べてみると、部屋の入口に小さな見覚えのない風呂敷包みが置いてあり、井原は思わずその風呂敷包みを見るなり押し入れの中へ投げ込んでしまいました。

そこに一人の友人が現れ、昨夜泥棒が入って下宿の管理人の老人が殺されたと言います。

恐れおののく井原でしたが、何とか平静を保ち現場を見に行きます。

その際に見た老人の死に顔は井原の心に深い傷を残しました。

事件の夜、老人の息子夫婦は丁度泊りがけで親戚を訪れており、老人は一人で玄関脇の部屋で寝ていました。

しかし、普段は早起きの老人がいつまで経っても起きないことを不審に思った女中の一人が部屋を覗いてみると、老人は寝床に突っ伏したままフランネルの襟巻で絞殺されていました。

警察の取り調べにより、犯人は老人の殺害後に箪笥から手提げ金庫や多額の債権や株券を盗み出したことがわかりましたが、それ以外の手がりは老人の枕の下に一枚の汚れたハンカチが発見されただけでした。

その話を聞きぞっとする井原ですが、意を決し押入れの風呂敷包みを開けてみると、中には老人の債権や株券が入っており、後日遺留品のハンカチも井原の物だと判明しました。

結局、井原はその日の内に自首しました。

井原は、夢遊病者の犯罪という前例のない事件のため取り調べに大いに手間がかかりましたが、井原が資産家の息子でわざわざ金銭目的の強盗殺人を犯す動機に乏しいこと、友人の証言から井原が夢遊病者であることが明白だったこと、井原の父が三人の弁護士を雇ってくれたこと、最初に夢遊病を指摘した友人の木村が熱心に支援してくれたことから無罪となりました。

しかし、井原は無罪になっても殺人を犯したという事実から気を病み、故郷に帰っても半年寝たきりになるほど憔悴しきっていました。

そして、そのことが原因で井原は人生を棒に振ってしまいました。

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【結】二癈人 のあらすじ④

明かされた真相

井原の話を聞き終わった斎藤は、同情しながらも現在の夢遊病の病状や、木村が最初に夢遊病を見た時の状況、他の夢遊病の発作が起きた際の状況を聞き取ります。

そんな斎藤の質問を不思議に思う井原ですが、斎藤は井原の夢遊病の話には不審な点があると言います。

斎藤は、まず夢遊病は患者当人の自覚はほぼ無く、周囲から言われて初めて症状に気づくことを説明し、煎じ詰めれば井原の夢遊病の目撃者は木村しかいないことを指摘します。

井原は斎藤がとんでもない考えを抱いたことに気づき、墓場での目撃談のように木村以外にも他人の部屋へ入る後姿を見たり廊下の足音を聞いたりした証人がいたこと、発作の度に証拠品が井原の部屋やとんでもない遠方にあったことを理由に斎藤の指摘へ反論します。

しかし、斎藤は発作の度毎に証拠品が残っていたことがかえって怪しく、証拠品は他の人が動かすこともできること、他人の部屋へ入る後ろ姿や墓場での目撃談にも曖昧な点があり、曖昧な目撃談が夢遊病の噂のある井原に結びつけられた可能性を提示します。

そして、これらのことが一人の男の手で行われた可能性を示唆します。

最終的に、斎藤は井原の夢遊病と一連の事件は全て木村が作り上げたものではないかと言い、第三者に老人を殺した罪をなすりつけても出来る限り迷惑のかからない方法を取るために井原を夢遊病者に仕立て上げたのではないかという仮説を立てます。

更に、斎藤は、木村は井原に夢遊病の話をして自身が夢遊病であると信じ込ませ、井原の部屋に盗んだ他人の物を置いたり、木村自身が墓場や廊下を歩き回ったりすることで井原の夢遊病を周囲にも周知させ、頃合いを見て老人を殺害した、と仮説を補足します。

しかし、斎藤は木村の心境を推測し、夢遊病の発作の末の殺人であれば井原も苦しまないはずだと考えていたものの、もし今の井原の話を聞けば後悔するかもしれない、と言います。

斎藤の話を聞いた井原の顔色は真っ青になり、そのまま無言で長く向き合った末、斎藤は恐る恐る挨拶をして座敷を立ち去ります。

井原は、最初は木村への激しい怒りを抱きましたが、やがて斎藤が木村自身であったとしても証拠はなく、斎藤から自分勝手な憐みの情を受けるばかりの自分の愚かさを痛感するとともに、木村の機知を賛美しないではいられませんでした。

江戸川乱歩「二癈人」を読んだ読書感想

夢遊病者の殺人を扱ったスリラーやサスペンスのような短編小説ですが、自分の知らないところで他人への迷惑行為がエスカレートする夢遊病への井原の恐怖や、最後に真実を明かす斎藤の懺悔とも激励とも嘲笑ともとれる言葉と非常に深い内容です。

やむにやまれぬ事情があったとはいえ、友人の井原を殺人犯に仕立て上げ人生を台無しにした木村の行動は手放しに褒められるものではありませんが、同時に自身も戦争で傷を負い人生が台無しになってしまったため、因果応報のようにも思えます。

江戸川乱歩の作品には犯罪の告白を扱うものもありますが、今作では犯罪の告白と同時にそれが学生時代の友人に仕組まれたものだったのではないかという暗い疑念を残すため、後味の悪さと同時に何とも言えない読後感が味わえます。

全ての真相がはっきりとした形で分かるわけではありませんが、この闇に包まれたような不気味な感覚や、どうしても分からない部分が残るもどかしさもこの作品の大きな魅力です。

-江戸川乱歩

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