盲獣の主要登場人物
盲獣(もうじゅう)
感触による美しい女体を味わいたい盲人。「盲獣」は俗称で、作中に個人名は出てこない。
水木蘭子(みずきらんこ)
三十歳すぎ。浅草レビュー界の女王。
小村昌一(こむらしょういち)
蘭子の恋人
真珠夫人(しんじゅふじん)
三十歳すぎ。「パール」というカフェのマダム。「真珠夫人」は俗称で、作中に個人名は出てこない。
大内麗子(おおうちれいこ)
二十五歳。美人の寡婦。
1分でわかる「盲獣」のあらすじ
浅草のレビュー界で女王とうたわれる水木蘭子が、あるとき、自分をモデルに彫られた彫刻を見に、美術館に行きました。
そこには盲人がいて、彫刻をねちっこく撫でまわしています。
盲人は、その後もことあるごとに蘭子に接近してきて、やがて彼女を拉致します。
場所は盲人の屋敷。
奇怪なオブジェで飾り立てられた部屋に閉じこめられた蘭子は、最初こそ抵抗するものの、やがて盲人に服従し、触覚の世界を楽しみ始めるのでした。
ふたりのただれた同棲生活は、しかし長くは続きません。
すっかり蘭子の身体に飽きた盲人は、彼女を殺し、死体をバラバラにするのでした。
そうして、盲人はそれからも次々と犯行を重ねていきます……。
江戸川乱歩「盲獣」の起承転結
【起】盲獣 のあらすじ①
浅草のレビュー界で女王とうたわれる水木蘭子は、ある秋の日、内弟子の沢君子をともなって、上野の美術館にやってきました。
そこに展示されている、蘭子をモデルにした「レヴィウの踊り子」と題された彫刻を見るためです。
ところが、彫刻の展示室に入ってみると、三十四、五の男が、当の彫刻を撫でまわしているではありませんか。
どうやら男は盲目らしく、触るよりほかに、彫刻を鑑賞するすべがないようです。
それにしても気味が悪いので、係員に言いつけたのですが、そのすきに男はいなくなっていました。
二、三日後、舞台をすませた蘭子が、いつものように按摩を呼ぶと、いつもとは違った者がやってきました。
いつもの按摩とは違い、蘭子の身体を揉む、というより、撫でまわします。
気味が悪くなって帰らせ、翌日、いつもの按摩に話を聞くと、蘭子のほうから、都合が悪くなったと報せてきたから行かなかったのだ、とのこと。
どうやら、蘭子に執着する盲人がたくらんだことのようです。
その後も、気味の悪いことが続きました。
あの盲人から楽屋に花束が届いたり、あの盲人が客席で蘭子の歌を聞いたりしていたのです。
気味が悪いながらも、なんとか舞台を務め終わった蘭子に、恋人の小村昌一から、デートに誘う電話が来ました。
了承して、待っていると、小村からだという迎えの車がやってきました。
車に乗りこむと、見知らぬ屋敷に連れていかれました。
なかに入ってみると、真っ暗な部屋に閉じこめられてしまいました。
やがて、男の声がして、明かりがつきました。
そこは異様な部屋です。
壁にも、床にも、人体のパーツの模型が、おびただしい数だけ並んでいるのです。
そのうち、模型のひとつ、大きな口のなかからあの盲人が出てきました。
盲人は女体の感触におぼれてこんなオブジェをつくったのでした。
そして最後に最高の女体に触れたいのだと、蘭子に迫ってきます。
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【承】盲獣 のあらすじ②
奇怪なオブジェの並ぶ部屋で、蘭子は盲人から撫でられ、舐められます。
気味が悪くて逃げる蘭子を、盲人は追いかけます。
見えなくても、匂いを頼りにあとを追えるのです。
そんなことを繰り返すうちに、どういうわけか、蘭子は盲人の妻になることを了承します。
彼女はしだいに触覚の世界にのめりこんでいきます。
それは目で見る世界とはまったく異なる甘美な世界。
有頂天になって暮らすうちに、盲人は蘭子に飽きてきました。
そこで今度は、互いを傷つけあって楽しんだのですが、それにも限界がきました。
すっかり蘭子に飽きた盲人に対し、蘭子のほうはさほどでもありません。
もっと傷つけてくれ、と懇願する蘭子の腕に、盲人は刃物を当て、力を入れて、腕を切り落としてしまいました。
失神する蘭子。
盲人は失神している間に蘭子を殺し、身体をバラバラにしたのでした。
盲人は蘭子の身体のパーツを、雪だるまのなかに仕込んだり、いくつもの風船で空に飛ばしたり、見世物小屋の蜘蛛女の頭と取り換えたりします。
世間では大きなニュースとなりましたが、まさか犯人が盲人だとは、誰も思わないのでした。
しばらくして、ある湯屋に盲人が現れ、三助として雇ってほしい、と頼みこみます。
盲人が三助を始めると、珍しいので評判になりました。
その湯屋の客には、真珠夫人と呼ばれる美しい身体の女性がいました。
夫人は、湯屋に来ると、必ず盲人の三助を呼びます。
盲人は夫人の身体を揉みながら、こんな美しい身体は他にない、水木蘭子がいくらかよかったが、あなたのほうがはるかに美しい、とほめそやすのでした。
【転】盲獣 のあらすじ③
真珠夫人は、盲人の三助が揉む指わざのとりこになっていました。
とある時期から、盲人の揉み方に奇妙は動きが入るようになります。
盲人が、夫人の身体に文字を書いているのです。
「コンヤ一ジミツコシノウラデマツ」と読めます。
初めは相手にしなかった真珠夫人ですが、盲人が毎日くり返し文字を書いてくるので、興味本位に承諾したのでした。
夜、待ち合わせ場所に行った夫人は、車で盲人の屋敷につれていかれ、蘭子と同じ部屋に入れられてしまいました。
そして、蘭子と同様に、盲人と同棲を始めます。
しかし、これも蘭子の場合と同様に、やがて盲人のほうが飽きてしまい、真珠夫人は殺されてしまうのでした。
盲人は今度も死体をバラバラにすると、女泥棒と見せかけて、現場に手を置いてきたり、砂浜で身体に砂をかぶせて遊んでいると見せかけて、首と足を砂浜に残してくる、といった具合に死体のパーツを処理していくのでした。
さて、二月ばかりたったころです。
淫蕩な未亡人四人の集まりに、盲人の三助が呼ばれました。
ひとりずつ、盲人に身体を揉ませます。
やがて、一番若い大門麗子の番が来ると、盲人は、その身体の美しさに驚きます。
タイプからすると、水木蘭子より、真珠夫人のほうに近い、などと言い、ほめそやします。
ただし、未亡人たちは、盲人が、水木蘭子と真珠夫人の名前を出したことで、薄気味悪さを覚えるのでした。
大門麗子は、その日から、四人の集まりに顔を出さなくなりました。
心配した下田未亡人が麗子の家を訊ねていくと、そこには麗子そっくりのゴム人形があったのです。
全身の人形もあれば、五体のパーツもあります。
麗子は、第六感により、あの盲人が水木蘭子と真珠夫人を殺した犯人だとわかった、と言うのでした。
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【結】盲獣 のあらすじ④
麗子は下田夫人に、盲人の三助に罠をしかけようとしていることを打ち明けます。
三助を泥酔させ、自分の代わりにゴム人形を与えるのです。
ゴム人形のなかには、豚の血を仕込んでありますから、切断しても、それが作り物だとはバレないだろう、と考えています。
翌日、所有する一軒家に三助を誘い、犯行の様子を、仲間の未亡人たちにこっそりと覗かせることにします。
仲間が一軒家に行くと、すでに麗子が羽目板から、湯殿のなかを覗きこんでいました。
仲間たちも覗きます。
湯殿のなかで、三助が麗子の人形を殺し、バラバラにするのが見えました。
未亡人たちは気分が悪くなって、帰ろうと麗子に言うのですが、彼女は反応しません。
実は仲間が麗子と思っていたものは、麗子のゴム人形であり、湯殿のなかで殺された者こそが本物の麗子だったのです。
二、三日後、東京から離れる蒸気船に、あの盲人が乗っていました。
彼は、同乗した客たちに、たくさん持っている鎌倉ハムを安値で販売しました。
ところが、盲人が下船してから中身を見ると、殺してバラバラにした麗子の身体をハム詰めしたものだったのです。
その後も、盲人は女を探して旅をしました。
ある浜で、四人の海女がアワビを取っているところへ盲人が現れ、彼女たちの身体を触って、美人だとほめそやします。
そうして、大金を払って女たちを手なずけ、またしても、ひとりずつ殺したのでした。
さて、それから一年後、N美術展覧会の審査員、首藤氏のもとに、あの盲人から手紙が届きました。
自分の作品を見てほしい、という内容です。
首藤氏は盲人の屋敷へ行き、七人の女の身体を、ごてごてと固めたような奇怪な彫像を見つけます。
それを美術展に出展すると、目の見えない者たちがたくさんやってきて、触りまくります。
それは、触感の芸術だったのです。
そして、美術展の最終日、あの盲人が、自らの作品の上で息絶えているのが発見されたのでした。
江戸川乱歩「盲獣」を読んだ読書感想
盲人が、触感のよい「美人」を好きなようになぶり、やがては殺し、バラバラにした死体を、いたずらのようにあちこちにばらまく、というお話です。
典型的なB級エログロホラーです。
エロで、グロで、しかし美しい。
と言っても、この手のものが好きな人でなければ、単に悪趣味な小説としか感じられないかもしれませんね。
さて、読みながら思ったのは、これ、現代ではとても発表できない作品だろう、ということです。
エログロの部分がダメなのではなく、犯人が盲人だというところがダメだろうと思うのです。
盲人に対する偏見を助長する、と騒ぎ出す人がいるからです。
いや、そもそも、いまは作中に使われている「メクラ」どころか、「盲人」という語句さえ、使うのがはばかられるそうです。
「視覚障害者」と言わなければいけないらしい。
ましてやその「視覚障害者」が、女を捕まえて殺すなどという話はトンデモナイ、となるでしょう。
そういう倫理規定みたいなものに限って言えば、「盲獣」が発表された昭和初期は、いまよりも表現が自由だったのかもしれません。
なにはともあれ、乱歩が生み出した妖しい世界が堪能できる一作だと思います。