陰獣 江戸川乱歩 1928年11月

江戸川乱歩

江戸川乱歩「陰獣」のあらすじを徹底解説、読んでみた感想

陰獣の主要登場人物

寒川(さむかわ)
文中で〈私〉となっている語り手。探偵小説家。健全で理知的な探偵小説を書く。

小山田静子(おやまだしずこ)
はかなげな雰囲気の人妻。

小山田六郎(おやまだろくろう)
実業家。静子の夫。

大江春泥(おおえしゅんでい)
謎の多い探偵小説家。犯人の残虐な心理を描く猟奇的な作風で人気を博す。

本田(ほんだ)
博文館の外交記者。一時期、大江春泥の担当編集者だった。

1分でわかる「陰獣」のあらすじ

〈私〉は博物館で、魅力的な人妻に出会いました。

彼女は実業家、小山田六郎の妻、静子。

静子と文通して親密になった〈私〉は、あるとき彼女から相談を受けます。

女学生のころに付き合いのあった平田一郎という男から、おどしの手紙を受け取っているというのです。

平田は静子にふられてからも、彼女に執着し続けた男です。

そして、いまは大江春泥というペンネームで、猟奇的な探偵小説を書いています。

また、手紙には、他人が知りようもない静子と夫の房事までが記されているのでした。

〈私〉は、春泥が、その作品「屋根裏の遊戯」にならって、天井裏にのぼり、夫婦の寝室を覗いていたのではないか、と考えます。

実際に天井裏にのぼってみると、はたしてそこには人が徘徊したあとがあり、ボタンが落ちていたのでした。

そうしたある日、六郎が、死体となって発見されます……。

江戸川乱歩「陰獣」の起承転結

【起】陰獣 のあらすじ①

小山田静子の憂鬱

十月のこと。

探偵作家である〈私〉は、仏像を見るために上野の博物館を訪れたおり、はかない雰囲気の、上品な美女に出会いました。

彼女のうなじには、赤あざのようなミミズ腫れができていて、それは背中のほうにまで続いているようです。

彼女と話しているうちに、彼女の夫は実業家の小山田六郎で、彼女の名は静子だとわかりました。

また、彼女は探偵小説を愛読しており、特に〈私〉のファンだといいます。

その後、〈私〉たちは数か月にわたって文通を続けました。

二月のこと。

静子の手紙に、「心配ごとがある」とあり、大江春泥という探偵小説家の住所を知らないだろうか、と問い合わせてきました。

大江春泥は、〈私〉より少し前にデビューし、どろどろの犯罪者心理を描いて、人気がありました。

ただ、理詰めの本格探偵小説を書いている〈私〉は、彼とは交流がありません。

一年ほど前から、春泥が筆を折って行方不明であることだけを返事しました。

すると、静子のほうから、相談があると〈私〉を訪ねてきました。

実は静子は、女学生のとき、平田一郎という男に迫られて、肉体関係を持ち、その後ふったのです。

しかし、平田は静子に執着し、追いかけまわしました。

ちょうどそのとき、父の事業が不振で、一家が夜逃げしたために、静子は平田から逃げることができました。

しばらくして父が亡くなり、母娘で生活しているときに、静子は小山田と出会い、結婚したのです。

それが、いまごろになって、平田から手紙が届いたのです。

平田は、いまは大江春泥という猟奇的な探偵小説を書く作家になっています。

彼はすでに結婚しているのに、いまだに静子にふられたことを恨みに思い、復讐してやると言います。

その手始めに、ある夜の、静子の行動を、房事まで含めて、事細かに書いてきたのでした。

相談を受けた〈私〉は、静子のために一肌脱ぐことを約束します。

〈私〉は、以前春泥の家に出入りしていた知り合いの雑誌記者、本田に話を聞きます。

彼によると、春泥は七回引っ越しして、ほとんど人に会いませんでした。

ところが、つい先日、浅草公園で、春泥が道化の格好でビラを配っていたのを、本田は見ているそうです。

また、静子に届いた手紙の一部を本田に見せたところ、春泥の字だと認めたのです。

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【承】陰獣 のあらすじ②

大江春泥はどこにいる?

〈私〉は、大江春泥が最後に住んでいた住居を訪れ、近所に聞き込みしたのですが、彼の行方に関する手がかりはつかめませんでした。

本田のほうも、手がかりはつかんでいない様子。

そんなとき、春泥から静子に、これまでとは様相の異なる手紙が届きました。

当初の予定を変更し、静子の愛する夫のほうをまず殺してやる、という内容でした。

小山田邸へ呼ばれた〈私〉は、静子から、春泥が屋根裏にひそんで、自分たちのことを覗いている、と言われます。

腕時計のコチコチ音が、天井から聞こえたそうです。

春泥には「屋根裏の遊戯」という著作があって、それを実行に移したのかもしれません。

屋根裏にのぼった〈私〉は、そこに人が通った跡を発見します。

さらに、ボタンのようなものが落ちているのを見つけます。

人の通ったあとをたどっていくと、玄関横の物置の上へとつながっていました。

春泥は、物置から天井へ侵入したものと思われます。

とりあえず〈私〉の友人に、毎日、物置を見張ってもらうように手配することにして、静子と夫は、天井裏のない西洋館のほうで寝るように、と助言しました。

静子は警察へ訴えたいらしいのですが、〈私〉は、そこまでのことではないように思い、しばらく様子を見させることにしました。

これで安心と思われたのですが、三日後の三月二十日の朝、小山田六郎の変死体が発見されたのでした。

吾妻橋の西詰にある乗り合い汽船で、便所から川面を覗くと、裸の六郎氏の死体があったのです。

死因は背中の傷。

不思議なことに、鬘をかぶっていました。

〈私〉は、静子が警察へ行こうとするのを止めたことを、謝ります。

静子からは、こんな話が聞かれました。

西洋館に移れば安心かと思っていたがそうではなかった、夜、窓の外に、あの男の顔があった、というのです。

〈私〉たちは今度こそ警察へ駆け込み、これまでのことを話して、保護を求めたのでした。

【転】陰獣 のあらすじ③

〈私〉の推理

警察の懸命の捜査にもかかわらず、大江春泥の行方はわかりません。

一方、未亡人となった静子と、〈私〉の距離は、急速に縮んでいきました。

亡き六郎が、SM趣味で、静子に鞭をふるっていたことも、このとき知ります。

〈私〉は静子に惹かれていき、とうとうキスまでしてしまいました。

その後、小山田邸から車で送ってもらったとき、運転手のしている手袋に気づきました。

見せてもらうと、片方の手袋のボタンが取れています。

ついているほうのボタンを見ると、屋根裏で見つけたボタンと同じです。

運転手は、この手袋を、亡くなった小山田六郎からもらったのだと言います。

すると、屋根裏にのぼったのは、春泥ではなく、小山田六郎ということになります。

ここから〈私〉は推理を組み立て、文書に起こし、事件を担当している検事に送ろうと思いました。

それは、小山田六郎が犯人だとする、こんな内容の文書です。

小山田六郎は、大江春泥の「屋根裏の遊戯」をよく読んでもいたし、春泥の自筆原稿の写真が載った本も持っていました。

その写真の上には、薄い紙を当てて、字をなぞったあとが残っています。

また、六郎は、以前から、妻の静子が結婚前に交際していた平山一郎の存在を知っていました。

ヨーロッパに長期出張に行った六郎は、現地でSM趣味を持ち、帰国してから、妻に鞭をふるうようになりました。

しかし、しだいにそれだけでは飽き足らなくなった六郎は、妻の昔の恋人の平山一郎、すなわち大江春泥の名前をかたって彼女に手紙を出したのです。

そうして、屋根裏から、妻が苦しむ様子を眺めては、悦に浸るようになったのです。

〈私〉の助言により、夫婦の寝室を西洋館へ移したあとは、屋根裏がありませんから、その悦びも封じられました。

代わりに、六郎氏は、鬘をかぶって禿を隠し、窓から覗きこんで静子を驚かせました。

ところが、足を滑らせて落下し、背中を打ちつけて死亡。

死体はそのまま下の墨田川に落下し、下流の吾妻橋のほうへと流れて行きました。

途中、浮浪者が六郎氏の身につけていた高価な着物を剥ぎ取り、素っ裸にしてしまったのです。

以上、これは殺人ではなく、事故だった、というのが〈私〉の推理です。

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【結】陰獣 のあらすじ④

事件の真相は?

〈私〉は、検事に提出するつもりの自分の推理文書を、まず静子に読んで聞かせました。

静子はほっとした様子でした。

〈私〉は彼女の身体の曲線をながめながら、着物の下の肉体を手に入れたくなりました。

そこで、家を一軒借りて、静子との逢引き用に使うことにしました。

それから二十日あまりというもの、思う存分彼女の肉体を堪能しました。

そんななかで、静子は、亡夫の六郎が使っていた鞭を〈私〉に差しだしました。

亡夫とのSM遊戯のせいで、静子自身もすっかり変態になってしまったのでしょうか。

〈私〉は乞われるままに、静子を鞭で打ったのです。

二十日をすぎたころ、小山田邸を訪ねた〈私〉は、運転手が故小山田六郎から手袋をもらったのは、十一月二十八日だったと知ります。

一方、十二月二十五日には、日本間の天井板をすべて外して洗った、ということも知ります。

つじつまが合いません。

六郎が手袋をはめて天井裏にのぼり、手袋のボタンをそこに落とした、とする説が成り立たないのです。

推理を考え直した〈私〉は、静子に呼び出され、逢引き用の一軒家へと出かけていきました。

〈私〉は静子に向って、次のような新しい推理を語ります。

大江春泥の名前で小説を書いていたのは、静子です。

春泥本人に化けていたのは、静子の雇ったルンペン。

静子自身は春泥の妻に化けていました。

そうして、小山田六郎がヨーロッパに長期出張に行っている間、執筆を続けていましたが、六郎が帰国すると、執筆できなくなりました。

一年前に大江春泥が行方をくらましたのはそのせいです。

夫を殺して財産を奪おうと考えた静子は、〈私〉を引き込み、春泥に怯える妻、という姿を見せました。

〈私〉は間抜けにもそれに引っかかり、六郎が春泥を語って妻を脅し、勝手に事故死した、などという推理を立てたのでした。

新しい推理を聞いた静子は、ショックを受け、身動きもしません。

〈私〉は彼女を置き去りにして家を出ました。

静子が自殺したのは、それからまもなくのことです。

静子の自殺により、〈私〉は、自分の推理が正しかったのだと思いました。

しかし、よく考えてみると、静子はなにひとつ告白していません。

もしかしたら、静子が自殺したのは、〈私〉に見捨てられたせいかもしれません。

そうして、春泥は実在しているかもしれないのです。

〈私〉はひどく不安です。

江戸川乱歩「陰獣」を読んだ読書感想

いまふうに言うならば、ロマンチックサスペンス小説といったところでしょうか。

はかなげな雰囲気の人妻が、ヒロインとして登場します。

男の庇護欲をそそるタイプの美人です。

しかも、その夫人のうなじにはミミズ腫れがあり、サディストの夫から鞭で打たれた跡らしい。

なんともなまめかしく、妖しい世界が垣間見える設定です。

そしてそこに大江春泥という、猟奇探偵小説家の影がさしてくると、もう、背筋がぞくぞくしてきます。

読んでいるこちらは、〈私〉に同化して、美しい夫人はどうなるのだろう、とやきもきするのでした。

さて、この大江春泥ですが、著者江戸川乱歩の遊び心が満載です。

春泥の本名は平田一郎となっていますが、これは乱歩の本名の平井太郎から採っているのでしょう。

つまり、大江春泥は乱歩そのものなのですね。

春泥の作品として挙げられている「屋根裏の遊戯」は、とりもなおさず乱歩の「屋根裏の散歩者」ですし、「一枚の切手」は「一枚の切符」、「B坂の殺人」は「D坂の殺人」ですね。

乱歩のファンとしては、ニヤニヤしながら読むところです。

ただし、いくら遊びがあるといっても、作品自体はきっちりしたミステリになっています。

殺人があり、探偵役の〈私〉が一度推理し、その推理が覆され、新たな推理によって意外な犯人がわかる、という本格ミステリの構成になっているのです。

ロマンスと、猟奇と、本格ミステリと、いろいろな味が楽しめる、大変に贅沢な作品だと思いました。

-江戸川乱歩

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