著者:芥川龍之介 1917年5月に阿蘭陀書房から出版
羅生門の主要登場人物
下人(げにん)
下人、つまり召使いの身分だが、正確には、数日前に解雇された。
老婆(ろうば)
羅生門の上にいた、白髪の、かなり年老いた女。
1分でわかる「羅生門」のあらすじ
平安時代、天災と人災のせいで寂れた京が舞台です。
ある夜、暇を出され、無職となった下人が、行き場もなく、羅生門の下で雨宿りをしていました。
彼は、生きていくためには盗人にでもなるほかはない、とは思うものの、決断できないでいます。
やがて彼は、門の上で寝ようと思い、梯子をのぼっていきます。
すると、門の上には、怪しげな老婆がいて、死体から髪の毛を抜いているではありませんか。
下人は、老婆を捕らえ、髪を抜いていた理由を問います。
老婆は、髪を抜いて鬘にしようとしていたのだと答えるのでした。
そして、この死体の女も、生前は、生きていくために悪いことをしたのだし、自分も生きていくために、こうして髪をぬいているが、許されることだ、と言い訳します。
それを聞いた下人は、自分も生きていくためにお前の着物を剥ぐが、恨まないだろうな、と言い、実際、老婆の着物を剥ぎ取って去っていくのでした。
芥川龍之介「羅生門」の起承転結
【起】羅生門 のあらすじ①
ときは平安時代です。
ここ二、三年、地震、台風、火事、飢饉などの災いが続いて、京の町は寂れていました。
そんなある日の日暮れ時、朱雀大路の羅生門の下で、ひとりの下人が雨宿りをしていました。
京の中心部ですら、人心はすさみ、バチあたりにも仏像や仏具をたたきこわして、薪として売っている、というほどの状態です。
そのため都の入り口の羅生門は、荒れていても修理もされず、狐狸が住み着き、盗人が住み着き、それどころか、人々が引き取り手のない死体を持ってきて、門の上に捨てていくのが習慣となっています。
そうして、その死体を、カラスがついばみに来るという有様です。
こんなすさんだ不気味な様相ですから、日が暮れると、羅生門に近づく人はおらず、いま、下人のほかに人はいません。
さて、この下人ですが、実は、四、五日前に、仕えていた主人から暇を出され、無職の身となり、いまは行く当てもないのでした。
下人は、カラスの糞がこびりついた石段に腰をおろし、申の刻(午後四時前後)からふり出して一向にやまない雨を眺めています。
彼は、これからの生活をどうしたらよいのかわからず、途方に暮れています。
とりあえず、明日の暮らしをどうしたらよいのかもわかりません。
手段を選んでいる余裕はありません。
飢え死にしてしまえば、ほかの死人と同様に、この門の上に打ち捨てられてしまうでしょう。
しかし、もはや手段など選ばずに、盗人になるしかない、と考えるものの、どうしてもそこまでのふんぎりがつかないでいるのでした。
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【承】羅生門 のあらすじ②
陽が落ちて、あたりは冷え込み、風が吹き抜けていきます。
寒さに震える下人は、どこか、雨を避け、人目につかない場所で寝て、夜を明かそうと考え、あたりを見まわしました。
そこで目についたのは、門の上の楼までかかった梯子です。
どうせ門の上には死体しかないはず、と思って、下人は梯子を上り始めました。
ところが、のぼっていくと、真っ暗だと予想していた上のほうで、だれかが火をともして、うろうろしている様子です。
黄色い光が、蜘蛛の巣だらけの天井裏に揺れて映っています。
こんな時分に羅生門の楼にいるからには、あやしいやつだろうと思われます。
下人は、梯子の中段からは、慎重に上のほうをうかがいながら登っていきました。
梯子の上段まで昇った下人が、楼のなかをのぞいてみると、多数の死骸が打ち捨てられていました。
暗くてよくはわかりませんが、男の死体、女の死体、着物を着た死体、裸の死体、など、さまざまな死体が、口をあけたままであったり、手ののばしたままであったりして、ゴロゴロと転がっています。
死体は腐乱し、ひどい臭気を放っています。
それらの死体のなかに、うずくまっている人影があります。
背の低い、やせた、白髪の老婆が、右手に火をともした松の木切れを持ち、死体をひとつひとつ、覗きこんでいるのです。
下人は恐怖にかられながらも、好奇心もあり、なおも見ていました。
すると、老婆は松の木切れを床板の間に差すと、ひとつの女の死体から、髪の毛を抜き始めたのでした。
【転】羅生門 のあらすじ③
老婆が死体から髪の毛を抜く様子を見ているうちに、下人の恐怖感は少しずつ薄らいでいきました。
その代わり、悪事に対する激しい憎悪の念がつのっていきました。
老婆がなぜ死体の髪を抜くのかはわかりませんが、こんな時刻に、羅生門で、死体の髪を抜く、というのは、下人にとって、許せない悪事だったのです。
下人は太刀に手をかけながら、突然、老婆の前へ歩み出ました。
もちろん老婆は大変に驚き、逃げだそうとします。
死体に躓きながらも逃げようとする老婆を、押しとどめる下人。
押しとどめられても、強行突破しようとする老婆。
ふたりはつかみ合いになります。
しかし、力の差は歴然としていて、結局下人は、骨と皮ばかりの老婆を、たやすくねじ伏せたのでした。
なにをしていたのか白状しろ、白状しなければこうだ、と下人は太刀を抜いて、老婆に突きつけます。
老婆は、両手を震わせ、肩で息を切り、目を大きく見開いたまま、しぶとく黙っています。
自分は、この老婆の生死の権限を握っているのだ、という意識が働き、下人から憎悪の感情は薄れていきました。
むしろ、ひと仕事を達成したときの得意感と満足感があります。
下人は少し言葉をやわらげ、老婆に言いました。
自分は検非違使の役人ではないから、逮捕しようというのではない、ここでなにをしていたのか、教えてくれればそれでよいのだ、と。
老婆は下人をじっと見つめた末、あえぐ声で白状しました。
死体の髪を抜いてカツラにしようと思ったのだ、と。
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【結】羅生門 のあらすじ④
老婆のありきたりの答えに、下人は失望し、それとともに憎悪と侮蔑の念がこみあげてきました。
彼の感情のたかぶりを察して、老婆は、抜いた髪を握ったまま、次のように言い訳し始めました。
自分はなるほど悪いことをしている、しかし、この死人たちもみな、そんなことをされてもしようのないくらい悪いことをしていたのだ、いま自分が髪を抜いていた女も、生前は、蛇を刻んで干した肉を、魚と偽って売っていた、生きていたらあのまま蛇を魚と偽って売り続けていただろう、みな、飢え死にしないために必死なのだから、自分はそれらが悪いとは思わない、そして、いま自分がしていることも飢え死にしないためなのだから、仕方のないことで、髪の毛を抜かれた女も、大目に見てくれるだろう、と。
老婆の言い訳を聞いているうちに、下人は、すっかりふんぎりがついていました。
老婆を捕らえたときの、悪を憎む気持ちとは真逆のふんぎりです。
下人は噛みつくように老婆に言いました。
自分もこのままでは飢え死にするのだから、お前の着物をはぎ取っても、お前は悪く思うな、と。
下人はその言葉通り、すばやく老婆の着物をはぎ取ると、老婆を死体の上に蹴倒しました。
そして着物をかかえたまま、梯子を下りていきました。
しばらくして、倒れていた老婆は起き上がり、裸のまま、うめきながらも梯子のかかったところまで行って、下をのぞきこみました。
しかしそこには闇が見えるばかりです。
その後、下人がどこへ行ったかは、だれも知りません。
芥川龍之介「羅生門」を読んだ読書感想
芥川龍之介の有名な短編小説です。
なんでも、学校の国語の教科書の大半に採用されているのだそうです。
読んでみて気がつくのは、まず、文章が非常にきれいだということです。
多少古めかしい表現はありますが、情景が、きれいな文章で、リアルに描写されています。
下人が門の上をのぞきこんだときに見えた死体の山の描写なんて、どうでしょう。
「土を捏ねて造った人形のよう」という表現で、その不気味さをなんとも簡潔に、的確に伝えているのです。
文豪ですからあたり前のことかもしれませんが、すごいと思ったものでした。
さて描写の次は、ドラマです。
ドラマというのは、出だしと終わりで、主人公の心情とか人間性に変化がなければいけない、のだそうです。
この「羅生門」でも、そのセオリーはきちんと守られています。
初めのほうでは、無職になって、それでも泥棒に成り下がるのをためらっている主人公が、老婆の屁理屈の言い訳を聞いているうちに、人間として変化し、最後には、盗人になることを決意します。
それは、いい、とか、悪い、とかいうことではなく、追いつめられた人間のぎりぎりの決断である、というところに、今日でも読む人の共感を得るのだと思います。