百万円煎餅 三島由紀夫

三島由紀夫

三島由紀夫「百万円煎餅」のあらすじを徹底解説、読んでみた感想

著者:三島由紀夫 1961年1月に新潮社から出版

百万円煎餅の主要登場人物

健造(けんぞう)
清子の夫。夫婦で本番行為のエロ・ショーをしている。

清子(きよこ)
健造の妻。夫婦で本番行為のエロ・ショーをしている。

おばさん(おばさん)
本番行為のエロ・ショーの斡旋業をしている。

1分でわかる「百万円煎餅」のあらすじ

健造と清子の若い夫婦は、おばさんとの待ち合わせの時間まで浅草の新世界ビルで時間を潰しました。

そのとき健造はお菓子売り場で百万円煎餅を買いました。

夫婦は約束の時間になると、おばさんに会い、そのおばさんの斡旋で中野方面の邸宅に向うことになりました。

本番行為のエロ・ショーをするためでした。

深夜、仕事を終えた二人はおばさんと別れて浅草に戻りました。

健造は先ほどの気取った客を思い出し、唾を吐きました。

しかし御祝儀は高報酬でした。

そのお札をビリビリに破ってしまいたくなった健造に対し、清子は一枚残っていた百万円煎餅を代わりに渡しました。

健造はそれを思いっきり引き破ろうとしましたが、時間が経って湿った煎餅は柔らかくくねって破ることができませんでした。

三島由紀夫「百万円煎餅」の起承転結

【起】百万円煎餅 のあらすじ①

新世界ビルと百万円煎餅

梅雨どきの曇ったむし暑い晩、健造と清子の若い夫婦は浅草の新世界ビルにきました。

夜の九時におばさんと三階の音楽喫茶で待ち合わせの約束をしているからでした。

ランニング・シャツ一枚の健造は、粗末なズボンに下駄をつっかけていました。

色白ですが肩から胸の肉が逞しく、光って隆起した肉のくびれからは、つやのいい腋毛がいっぱいはみだしていました。

清子は小さな丸顔に、可愛らしい目鼻を散らばせて、それを一つ一つ糸でかがりつけたような感じの顔をしていました。

ノー・スリーブを着た清子の腋は、いつも健造がやかましく言うのできれいに剃られていました。

清子の質実な化粧や髪のかたちを見ても、かれらの地道なくらしがわかりました。

二人は新世界の一階の玩具売場にきました。

健造は「子供が早くほしい」と言い、清子が「あと一、二年の辛抱」と言いました。

二人には生活設計がありました。

二人は一心に貯えている貯金の通帳をいくつかに分け、X計画Y計画Z計画などの名を与え、X計画の貯金額が達成されるまで子供を我慢していました。

玩具売場で健造は空飛ぶ円盤の発着の基地の玩具を使って遊びました。

すると勢いよく飛んだ円盤はむかいの菓子売場の上に落ち、落ちたところが丁度、百万円煎餅の上でした。

百万円煎餅は長方形の大きな瓦煎餅で、本物の紙幣を模した焼判に百万円の表記がしてあるのでした。

縁起がいいと喜んだ健造は、清子の反対を押切り、百万円煎餅を買うことにしました。

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【承】百万円煎餅 のあらすじ②

室内遊園地

百万円煎餅を買って気が大きくなった健造は、新世界ビルの四階にある室内遊園地にいこうと清子に提案しました。

むだ遣いをしたくない清子は反対しましたが、結局いくことになりました。

いささか高い入場料でしたが、二人は「海底二万哩」という見世物に入ることにしました。

中に入ると、駅のプラットフォームのようなところに、二人乗りのトロッコのようなものがあって、二人はそれに乗りました。

二人を乗せたトロッコは動き出し、清子を大いに怖がらせましたが、健造は怖がる清子を愉しんでいました。

しかし清子は怖がりながらも、こうして健造の腕に抱かれているかぎり、どんな恐怖にも恥ずかしさにも耐えられるという自信がありました。

トロッコから降りた二人は、次にマジック・ランドに入ることにしました。

今度は清子の反対はありませんでした。

将来の自分たちの子供の話をしながら二人はマジック・ランドの「傾斜した部屋」にきました。

「こんな家には住みたくないね」と健造が言い、「こうやって暮らしたら、住めないことないわね」と部屋の傾斜に合わせて傾きながら清子が言いました。

健造は少し笑って、妻の斜めの頬に接吻し、それから百万円煎餅を荒々しくかじりました。

そのあと柔かい階段や、動揺する廊下や、両側からお化けが顔をつき出す丸木橋などを抜けて、二人はマジック・ランドを出ました。

それから二人は夜風に当たることのできるバルコニイにきました。

しばらくそこで涼むと、九時五分前になったため、二人は三階の音楽喫茶に向かいました。

二枚の百万円煎餅は食べ終え、のこる一枚は大きな清子のハンドバッグにも納まりきらず、留金の横から少しはみ出していました。

【転】百万円煎餅 のあらすじ③

おばさん

せっかちなおばさんは、すでに音楽喫茶で待っていました。

舞台のやかましいジャズ演奏のよく見える椅子は満員でしたが、貸植木のフェニックスの傍らの舞台の四角に入る席のあたりは空いており、そこのボックスに浴衣を着て一人で座っているおばさんは、この店にそぐわないように見えました。

おばさんは下町風のよく洗い上げられた顔をした小柄な初老の女で、手をこまかく動かしてまめに喋り、若い人たちと気楽に付き合ってゆけるのが自慢でした。

「どうせ御馳走してくれるんだろう。

先に高いものをとっといたよ」とおばさんが健造と清子に言っている間に、高いグラスの上に果物の切れ端を盛り上げたパフェが運ばれてきました。

おばさんは伸ばした小指の爪をぴんと立てて、匙を深く使って、底のクリームを巧みにすくい上げながら、健造と清子に向かって、いつものように早口で喋りました。

「今夜は中野のほうなんだよ。

それも素人さんの家で、奥さん連のクラス会なんだってさ。

あんた方の噂をきいて、ぜひっていうお名指しなんだよ。

こういうことは、年を喰った薄汚いのじゃいやだって。

だから私も吹っかけてやったんだよ。

そうしたら、気に入ったら祝儀も弾むっていうんだよ。

あんた方、本意気でやってちょうだいよ。

今夜気に入ってもらえば、上品なお得意もふえることだしね。」

つまり、健造と清子は本番行為のエロ・ショーの仕事をしていて、おばさんの斡旋屋でした。

そして今回は中野方面の邸宅にいき、仕事をすることになったのでした。

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【結】百万円煎餅 のあらすじ④

浅草に帰ってきた夫婦

深夜に健造と清子は、おばさんと別れて浅草に帰ってきました。

浅草六区を抜けてゆくと、絵看板が曇った夜空の下に毒々しい色を黒く沈めていました。

常になく疲れていたので、健造の下駄の音は舗道を引きずるように聞こえました。

「ちぇっ、いやな客だ。

あんな気障なお客ってはじめてだ」と健造は言いました。

清子はうつむいて歩いたまま答えませんでした。

「気取ったいやな婆ァばっかりだったな」と健造は言いました。

「うん。

でも仕方がないわ。

お祝儀をうんと貰ったもの」と清子は言いました。

「奴ら、亭主からくすねた金で遊び放題をやってるんだ。

金が出来ても、あんな女になるなよ」と健造は言い、「ばかね」と清子は闇のなかにひどく白い笑顔を見せました。

「いやな奴らだ」と健造は唾を吐きました。

「全部でいくらになった?」と健造は清子に言いました。

清子はハンドバッグに手を差し入れて、裸の紙幣を健造に渡しました。

「へえ、五千円か。

こんなに貰ったのははじめてだな。

おばさんは〆めて三千円はとってあるし。

畜生、こいつをビリビリに破いてやったら、胸がスッとするんだが」と健造は言ったので、清子はあわてて夫の手から紙幣を取り戻しました。

それから清子は、やさしいなだめるような口調で「代わりにこれでも破きなさいよ」と言い、ハンドバッグの中にあった最後の一枚の百万円煎餅を健造に渡しました。

掌に余る大きな百万円煎餅を受け取った健造は、両手で引き破ろうと身構えました。

しかし買ってからずいぶん経ったため、すっかり湿った煎餅は、引き破ろうとするそばから柔らかくくねって、どうにも引き破ることができませんでした。

三島由紀夫「百万円煎餅」を読んだ読書感想

本作は三島由紀夫の短編小説です。

浅草六区の新世界ビル(現在は存在しません)にやってきた若夫婦が約束の時間まで時間を潰し、それから待ち合わせ相手のおばさんに会ったりするわけですが、読みはじめは、若夫婦とおばさんの詳しい正体は分かりません。

しっかりと人生設計を持ち、将来に胸を膨らませた仲のいい若夫婦に微笑ましい気持ちで読み進めていくと、やがて待ち合わせしていたおばさんによって、この若夫婦が本番行為のエロ・ショー(本作には具体的な職名は書かれていませんが、おそらく本番行為のエロ・ショーであろうと思われます)の仕事をしていることが分かり、おばさんも斡旋業をしていることが分かるという展開になります。

その皮肉のきいた意外性も印象的なのですが、文章から当時の浅草の雰囲気が伝わり、そして健造と清子とおばさんの人物像も嘘っぽくない説得力があります。

さらに人の価値観について考えさせられたりと、アンソロジーに収録されることが多いのも納得の作品です。

-三島由紀夫

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