心理試験の主要登場人物
蕗屋清一郎(ふきやせいいちろう)
苦学生であり、学資を得るため老婆を殺害してしまう。
斎藤勇(さいとういさむ)
蕗屋の友人。老婆殺害の嫌疑を受ける。
老婆
守銭奴で自宅に金を隠していた。
笠森(かさもり)
事件を担当した予審判事。心理学の知識が豊富で、素人心理学者。
明智小五郎(あけちこごろう)
専門家はもちろん、世間一般からも認められる才能ある探偵。
1分でわかる「心理試験」のあらすじ
苦学生の蕗屋清一郎は、学費のため老婆を殺害することを計画します。
老婆は莫大な現金を自宅の秘密の場所に隠しているという噂があったからです。
蕗屋の友人に老婆から家を借りている斎藤がいました。
斎藤は偶然その老婆の金の隠し場所を知り、蕗屋に話してしまったのでした。
長い時間をかけ蕗屋はついに窃盗殺人の罪が露見しない方法を思いつき、実際に老婆を殺害してしまいました。
しかし、心理学の知識が豊富にある風変わりな笠森判事と探偵の明智小五郎によって完全犯罪と思われた蕗屋の罪は露見してしまいます。
蕗屋は笠森判事が心理試験を行うと予測して、その試験の対策を時間をかけて行いました。
その対策は功をそうしましたが、最後には明智小五郎の言葉による誘導でその罪を認めざる負えなくなってしまったのでした。
江戸川乱歩「心理試験」の起承転結
【起】心理試験 のあらすじ①
秀才で勉強家な大学生、蕗屋清一郎は苦学生でした。
そして学資を得るための内職に時間を取られ、読書や思索が十分にできないことを残念に感じていました。
そんな彼はふとしたことから同級生の斎藤勇と親しくなりました。
斎藤は一年前ばかりから素人屋に部屋を借りており、その家の主は六十に近い官吏の未亡人の老婆でした。
老婆は亡夫の残した数軒の借家から上がる利益で十分生活ができるにも関わらず、子供に恵まれなかったこともあり、「ただもうお金だけがたよりだ」と少しずつ貯金をふやして行くことをこの上ない楽しみにしていました。
そんな守銭奴な老婆は、銀行貯金のほかに、莫大な現金を自宅にある秘密の場所に隠しているという噂がありました。
蕗屋はこの金に誘惑を感じていましたが、一方で、老婆の大金を学資にあてるため奪ってやろうという確定的な考えを持っていたわけではありませんでした。
しかし、そんなある時、斎藤が偶然その隠し場所を植木鉢の底であると発見したと話したことで蕗屋の老婆の金を奪ってやろうという考えは具体的になものになってしまったのです。
老婆の金を得るための径路について、あらゆる可能性を勘定に入れた上、最も安全な方法を考え出すことは予想以上に難しく、考えをまとめるだけのために半年もの時間を費やしました。
蕗屋にとっての難点はいかにして刑罰をまぬがれるかということで、良心の呵責というようなことは問題ではありませんでした。
蕗屋は、才能のある青年がその才能を育てるために、棺桶に片足踏み込んだような老婆を犠牲にすることは当然のことだと思っていたのです。
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【承】心理試験 のあらすじ②
嫌疑を受けることなく金を盗み出す方法を考えるのに長い時間を費やしました。
なぜなら、老婆がなかなか家から出ず、また用心深いことからどの方法も発覚の可能性が多分に含まれていたのです。
そしてついに蕗屋は金を得るために老婆を殺してしまおうという恐ろしい結論に達したのでした。
蕗屋は老婆を殺害するにあたって、犯罪発覚の危険がないか数ヵ月のあいだ考え通し、ついに手抜かりのない、絶対に安全な方法を考えだすことに成功しました。
そしてついに蕗屋は老婆の首を絞め、殺害してしまいました。
殺害する際に、老婆は極彩色の六歌仙が描かれた金屏風の小野小町の顔の部分をちょっとばかり破いてしまいました。
蕗屋はその屏風の破れを少し気になる様子で眺めていましたが、そのことは何の証拠になるはずのないことだと考え、気にせず金を半分だけ盗みとり札入れにしまいました。
金を盗んだ証跡をくらますため、残りの半分の紙幣は油紙に包んで元通りに植木鉢の底へ隠したのでした。
その後、蘇生の心配をおそれ、老婆の血潮が着物にかからないよう注意しながら、心臓めがけてジャックナイフを突き刺し、一度えぐってから引き抜きました。
蕗屋は少しも殺害の手がかりが残っていないことを確かめ、玄関からゆっくりと老婆の家を後にしました。
そして、警察署へ立ち寄り、警官に例の札入れをさし出したのです。
なぜなら、老婆の金は元の植木鉢の底にあり、遺失主は出るはずがないため、一年後には蕗屋の手元に間違いなく戻ってくると確信しているからです。
つまり、蕗屋の計画は老婆を殺害し、金を直接盗むのではなく、一度遺失物として届けることで、殺害や窃盗を疑われることなく確実に金を得るというものだったのです。
【転】心理試験 のあらすじ③
翌日、蕗屋は配達されていた新聞を見て意外な事実を発見しました。
老婆殺害の嫌疑者として友人の斎藤が挙げられていたのです。
嫌疑を受けた理由は、彼が身分不相応の大金を所持していたからだと新聞に書かれていました。
蕗屋は斎藤の友人として警察へ出頭して彼を問いただそうと考え、警察署に出かけました。
蕗屋は斎藤に会うことはできませんでしたが、嫌疑を受けたわけを警察に問いただし、ある程度まで事情を明かすことができました。
斎藤は、蕗屋が老婆を殺害した後まもなく家に帰り、そこで死骸を発見しました。
おそらくちょっとした好奇心だったのでしょうが、斎藤は例の植木鉢を調べ、金の包みがあることを確認しました。
そして金を盗むという悪心を起こしてしまったことは予想に難くありません。
その後、その金を持ったまま警察へ届出たことで嫌疑を受けることになったのでした。
蕗屋は自らの身に危険が及ぶのではないかと考えました。
しかし、もし斎藤が老婆殺害をしていないという真実を口にしたとしても、それ以上に蕗屋にとって不利な真実が引き出されることはないと思い至り、自分の罪は発覚するはずがないと考えました。
そして、警察から帰り、普段通り学校へ行くと斎藤に関する噂話について得意げにはなしさえしたのです。
しかし、そこで話は終わりません。
それほど自らの完全犯罪に自信のあった蕗屋でしたが、その犯罪は探偵の明智小五郎の手腕によって最終的には発覚してしまうのでした。
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【結】心理試験 のあらすじ④
笹森判事は素人心理学者で、豊富な心理学の知識を利用して解決をする風変わりな人物として有名でした。
そんな笠森判事は犯人が斎藤だという自信がもてませんでした。
また、蕗屋が事件当日に大金を拾ったと知り、蕗屋を疑い訊問をしても結果は得られませんでした。
そこで笠森判事は奥の手として斎藤と蕗屋に対して、心理試験を施そうと決心したのです。
蕗屋は判事が笠森判事だと知ると狼狽しました。
蕗屋も書物から心理試験について学んでおり、それがどのようなものであるかを知っていたからです。
心理試験は呼吸や身体の動きなど生理上の反応によるものと言葉を用いるものがありました。
蕗屋は生理的反応は抑えがたい一方、自ら発した訊問は反応につながるような精神的興奮は感じられなかったことから、前者の生理的反応を用いた心理試験の対策を行うことに決めたのです。
心理試験は蕗屋の対策がうまくいき、結果に疑わしいところはありませんでした。
しかし、結果に納得のできなかった笠森判事は明智に相談しました。
すると、明智は試験の結果から蕗屋が犯人であると思っていると話し、斎藤の有罪が決まったという口実で蕗屋をその場に呼ぶことにしました。
明智は蕗屋が心理試験の対策をしたことで本来の反応とは異なる結果が出ていると考えたのです。
明智には試験結果に気になる点がありました。
それは、心理試験で蕗屋が答えた屏風という部分でした。
明智は事件現場にあった屏風の傷について蕗屋に聞き、蕗屋は屏風の小野小町の顔の上にある傷は前からあったと自信に満ちた様子で話しました。
しかしそのように話した蕗屋に対して、心理試験の反応として絵の対に屏風が出てくることは妙なことで、潜在意識の中に「屏風」があったのではないかと追及しました。
実は、その屏風は事件の前日に運びこまれたものだったのです。
このことから以前に屏風の傷を見ているはずはなく、罪が露見することとなってしまったのです。
江戸川乱歩「心理試験」を読んだ読書感想
『心理試験』は探偵小説で有名な江戸川乱歩の初期作品の一つです。
探偵小説に心理学の知識が使われているところがこの作品の大きな特徴です。
また、主人公で金欲しさに老婆を殺害してしまう蕗屋清一郎の狂気的な心理描写がこの作品では多く挙げられています。
例えば、老婆を殺害してしまうことに対する良心の呵責が全くなく、その一方で自分が罰せられてしまうことをひどく恐れているということからも蕗屋の狂気を感じることができます。
この点も心理学的な知識が織り込まれているのではないかと感じることができるでしょう。
また、この作品の面白い点は犯人である蕗屋の視点で、俯瞰的に話が進んでいくところだと思います。
探偵小説で最初から犯人の視点で物語がすすむので、まるで自分もその場にいるような感覚で作品を読むことができます。
この作品は、探偵小説、推理小説が好きな方はもちろん、人の狂気を感じたい、心理学に興味があるといった方にも是非読んでいただきたい一冊です。