著者:綿矢りさ 2007年2月に河出書房新社から出版
夢を与えるの主要登場人物
阿部夕子(あべゆうこ)
ヒロイン。「ゆーちゃん」の愛称で親しまれる子役。大人に囲まれてちやほやされてきたが自分を特別だと勘違いしない。
阿部幹子(あべみきこ)
夕子の母。母性愛は強いがしつけが苦手。
阿部冬馬(あべとうま)
夕子の父。輸入品の卸売販売会社に勤務。フランス人の血が混じっていて日本の就業規則になじめない。
沖島(おきしま)
夕子の担当マネージャー。年下にも敬語を使い物事を円滑に進める。
田村正晃(たむらまさあき)
夕子の彼氏。ストリートダンサーを自称。自分の欲求を最優先にする。
1分でわかる「夢を与える」のあらすじ
幼い頃に出演した食品メーカーのキャンペーンがきっかけになって、阿部夕子はチャイルドモデルとしてブレイクします。
親の冬馬と母・幹子は教育方針の違いから不和になっていきますが、夕子の人気は一向に衰えません。
知名度がアップするにつれて交遊関係も広がり、夕子の私生活が乱れ始めたのは有名高校に合格したあたりから。
タレント活動と学業の両立も難しくなり、ついにはスキャンダルが暴露されて芸能界を追われることになるのでした。
綿矢りさ「夢を与える」の起承転結
【起】夢を与える のあらすじ①
透きとおった白い肌、はち切れそうに膨らんだ首や二の腕、ひとみの大きな丸い顔。
阿部冬馬と幹子のあいだに生まれて夕子と名付けられた赤ちゃんには、天性のかわいさが宿っていました。
阿部一家が住んでいるのは山と川に囲まれて自然にあふれたベッドタウン・昭浜で、冬馬は1時間半ほどかけてフランス産のワインやアンティークを輸入する会社へ通勤しています。
昼間からのんびりとお茶会を楽しんでいた幹子に、プロのカメラマンを紹介してくれたのは高校時代の友人です。
ベビー服の通販カタログのモデルで、月2回ほどスタジオに通えば済むために母子ともそれほど負担にはなりません。
小学1年生になって腰の位置がほかの子よりも高くなってきた夕子は、有名な食品会社からCMキャラクターのオファーが舞い込んできました。
撮影は年2回、契約期間は半永久的、商品は日本人なら誰でも1度は食べたことがあるであろう「スターチーズ。」
夕子が美しく成長していくまでを撮り続ける一大プロジェクトで、無名の素人を起用しているところも話題になるでしょう。
契約書の「半永久的」という項目が気になったのは冬馬で、娘には普通の女の子として生きてほしいのが本音です。
一方の幹子はすっかり熱心なステージママとして、中学校に進学した夕子を大手事務所に入れました。
スケジュールを管理するのは沖島という短髪で日焼けをした28歳で、夕子とは親子ほど離れていますが子供扱いしません。
沖島のアドバイスを受けた夕子は将来について聞かれると、「夢を与える人になりたい」と答えるようにしています。
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【承】夢を与える のあらすじ②
放課後になると家に帰らずそのまま収録現場に向かうことが多くなってきた夕子でしたが、それなりのランクの高校を狙っているためにそろそろ準備を始めなければなりません。
両親の仲は2年ほど前から険悪になっていく一方で、冬馬が内緒で都内にマンションを借りていたことがきっかけです。
若い頃にお世話になったフランス人女性のために結んだ賃貸契約で、来日したものの住むところも職もなく困っていたとのこと。
日本の文化を学びたいという彼女のためのボランティアだという冬馬にやましい気持ちはありませんが、幹子が直接押し掛けたためにかえって話はこじれてしまいます。
「チーズのゆーちゃん」としてCMはロングヒットとなっていて現在でも放映されているために、離婚は夕子にとって大きなマイナスとなるでしょう。
夫婦間の温度が激変したことに気がついた夕子でしたが、ますます受験にのめり込むようになりました。
歴史の年号の暗記がうまくいかない時、いつまでたっても解けない数学の難問と向き合っている時、口先だけは穏やかでよそよそしい父と母を見たくない時。
そんな時は自宅を抜け出して自転車に乗り、深夜営業のファーストフード店の2階席に避難して過去問を広げています。
志望校は都内にある3校に絞り、芸能人が通うような学校ではなく一般の共学の方がイメージがいいというのが事務所社長の戦略です。
テレビの中の「ゆーちゃん」はスターチーズを夜食に勉強をしていましたが、夕子はすっかり食べ飽きていました。
【転】夢を与える のあらすじ③
「ゆーちゃん難関校突破」をほほえましい芸能ニュースとして、多くのキャスターがワイドショーのミニコーナーで伝えました。
試験が終わった途端に詰め込んでいた知識が一気に薄れていくのが分かった夕子は、学ぶことに対する情熱を失っていきます。
ホームドラマへの初出演、AMラジオのパーソナリティーが決まって隔週で2本録り、現役レースクイーンとのアイドルグループの結成... スケジュールが目一杯のために高校では机の上で突っ伏して眠っているだけで、授業にも付いていけずクラスメイトとも仲良くなれません。
ある日ふと鏡を見ると、そこに映っていたのはまったく知らないひとりの女です。
父親から譲り受けた高い鼻はわし鼻に、母親似だった丸みの帯びた輪郭は四角いあごに。
自分の顔が同世代よりも老けていることに気がついた夕子は、この世界から忘れ去られてしまうような焦りを感じるようになりました。
慢性的な不眠状態に陥っていた夕子が深夜番組をぼんやりと眺めていると、たまたま放送されていたのがダンスの勝ち抜きトーナメント。
優勝したのは切れ長の目と愛敬のある顔立ちがかっこいい男の子、テロップには「田村正晃」と表示されています。
すぐさまプロデューサに連絡して彼を紹介してもらったのは、クラスの男子よりもテレビ局の男性タレントよりもぐっと身近に感じたからです。
昼間はアルバイトをして夜はライブやレッスンに参加している正晃との交際を知って、冬馬や幹子はあまりいい顔をしません。
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【結】夢を与える のあらすじ④
待ち合わせ場所には遠回り、芸能記者や雑誌社のカメラマンがついてきてないか確認、タクシーでホテルの裏口まで乗り付けて予約した部屋にチェックイン。
正晃との密会は土曜日の夜から日曜日の朝まで恒例行事となり、都内の地下駐車場付きホテルを転々としていました。
ジムに入会して脇腹を鍛え上げて体の線をシェイプアップすると、夕子の美しさは1段と磨きがかかっていきます。
一方でバイトを辞めてダンスグループからも脱退した正晃は、宿泊費もデート代も出さなくなりすべてが夕子の負担に。
同意もなしで強要されるようになり避妊も考えない正晃のせいで、産婦人科に通院してモーニングアフターピルを処方してもらわなければなりません。
正晃が連れてきた友だちと路上でお酒を飲んで大騒ぎした際には、パパラッチに写真を撮られましたが事務所が何とかもみ消したそうです。
ある時に沖島に呼び出された夕子は、ホテルの一室で一部始終を隠し撮りされたプライベート映像を見せられます。
これまでのスポーツ新聞や週刊誌といった紙の媒体とは違って、インターネット上に流出しているために防ぎようがありません。
動画の内容が過激すぎるのと夕子が未成年だということで、テレビでの報道はほとんどが抑えた内容です。
ドラマやバラエティーのレギュラーから降板、マネジメント契約は打ち切り、「ゆーちゃん」は18歳のバージョンが最後となるでしょう。
「過労」という名目で活動を休止して入院していた夕子は、病室を独占告白の場に選びます。
特ダネスクープを期待してやって来たインタビュアーに、「今はもう、何もいらない」と答えるのでした。
綿矢りさ「夢を与える」を読んだ読書感想
芸能界の内幕がさまざまな角度から赤裸々に描かれていて、かなりのリアリティーが伝わってきました。
高校在学中に文壇デビュー、若干19歳にして文学賞を獲得、100万部突破のベストセラー作家... ドラマチックかつ順風満帆や人生を歩んでいる、著者自身のプロフィールとも重ね合わせてしまいます。
ヒロインの夕子がティーンエイジャーにしては、異様なほど「老い」に対して恐怖感を抱いているのも印象的。
早くに大人の世界に足を踏み入れて多くを経験してしまったことは、必ずしも幸運とは限らないのかもしれません。
ホームドラマやCMの中では愛情でいっぱいな「ゆーちゃん」、実生活では父と母が不仲で家庭にも学校にも居場所のない「夕子。」
両者にはあまりにも大きなギャップが横たわっていますが、視聴者が気がつかないのも無理はありませんね。
華やかなステージを舞台にしたサクセスストーリーかと思いきや、後半ではあっという間の転落が待ち受けていて驚かされるでしょう。