著者:夏目漱石 1910年1月に集英社から出版
それからの主要登場人物
長井代助(ながいだいすけ)
主人公。学校を出てから1度も働いたことがない。出世に無関心で芸術を愛する。
平岡常次郎(ひらおかつねじろう)
代助とは中学時代からの付き合い。就職から結婚まで現実的な選択をする。
平岡三千代(ひらおかみちよ)
常次郎の妻。体が弱く過去に流産を経験。喜怒哀楽が薄い。
長井誠吾(ながいせいご)
代助の兄。父親の関連事業で重要なポストに就く。仕事にひとすじで妻子との触れあいがない。
長井梅子(ながいうめこ)
代助の義理の姉。ひまと時間を持て余している。
1分でわかる「それから」のあらすじ
30歳を迎えようとしながら働く気もなく、裕福な実家から経済的な支援を受けて悠々自適の日々を送っている自称「高等遊民」の長井代助。
学生の頃から仲のよかった平岡常次郎は堅実な銀行員の道を歩んでいましたが、妻の三千代との仲はうまくいっていません。
常次郎の退職と東京への帰還がきっかけで、代助は一度はあきらめた三千代のことを再びを愛し始めます。
周囲の反対を押し切って、代助は彼女とふたりだけで生きることを選ぶのでした。
夏目漱石「それから」の起承転結
【起】それから のあらすじ①
長井代助はいい年をして定職に就くこともなく、気が向くとコンサートに出掛けたりとのんびりと暮らしていました。
炊事・洗濯をこなす年配のお手伝いさん、力仕事が得意な住み込みの学生・門野。
かなりの量の本を読んでいて外国語の研究もしている代助は、ふたりからは「先生」などと呼び掛けられています。
役人を辞めた後に実業界に転身して成功した父親・得から生活費をもらうために、月に1度は本家のお屋敷へ出向かなければなりません。
家業を手伝っている兄の誠吾はいくつになっても苦手ですが、妻の梅子とは会う度に世間話をする間柄です。
西洋音楽の批評から子どもたちが熱中しているベースボールに相撲、今はやりのアイスクリームや三越で売れている洋服。
梅子とあいさつと近況報告を済ませた後は、母屋と庭に仕切られた小さな部屋の中でタバコを吹かしている父と膝を付き合わせて向き合います。
30才にもなってのらりくらりしている代助のことをお説教をしたり、維新戦争に参加した時の自慢話を聞かされるのはいつものことでした。
得が思い出したように名前を出したのは、中学校の時に代助と特に仲の良かった平岡常次郎です。
学生時代は成績も優秀で体も丈夫だった自分の息子がいま現在では無職、あまり出来がよくなかったはずの平岡が卒業後は大手の銀行に採用。
学業であれ商売であれ大切なのは誠実さと熱心さのふたつで、国家と社会のために尽くす気持ちがあれば何でもできるそうです。
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【承】それから のあらすじ②
関西地方に赴任中の常次郎がふらりと訪ねてきたために、近所の西洋料理屋で夕食をごちそうしてあげましました。
部下の使い込みが発覚して支店長にまで追及の手が及びそうになった時に、すべてを丸く治めるために辞職を申し出たことを常次郎は打ち明けます。
長旅の疲れで体調を崩してしまった妻の三千代は、神保町のあまり快適ではない宿泊所で休んでいるそうです。
一時的な宿ではなく夫婦で落ち着ける住まい、銀行での知識と経験を活用できる新しい勤め先、当面の生活のための幾らかまとまった金額。
家の方は門野がすぐに探してくれたうえに荷物の運搬まで手伝うほどの手際の良さで、職に関しては得に口利きをしてもらった方が早いでしょう。
頭の堅い誠吾には金の無心を断られた代助でしたが、話の分かる梅子が夫に内緒で200円ほど用立てて小切手を郵送してくれました。
梅子にお礼の手紙を書くと小切手を握りしめたまま家を飛び出して、江戸川の縁を伝って伝通院の横に出て平岡の新居を目指します。
夫婦の新居は工場と煙突が建ち並んだ地域にある手狭な一軒家で、東京に移り住んでからの暮らしはそれほど楽ではないようです。
ちょうど夕食を済ませたばかりで身の回りの世話を頼んでいる若い女性も帰った後のようで、平岡も外に用事があるため家の中には三千代しかいません。
差し出された小切手を受け取った三千代は表面上は感謝の意を表しますが、200円ではまだまだ足りない事情がありました。
【転】それから のあらすじ③
相変わらず再就職先が決まらない平岡は少し前まではあちこちを奔走していたこと、ここ1週間ほどは疲れて家で酒ばかり飲んでいること、悪質な金貸しに引っ掛かってしまい借金の額が膨らんでいること。
薄暗い部屋の中で延々と夫に対する不満をこぼす三千代に、代助は不謹慎にもときめきを感じてしまいました。
もともとは三千代と常次郎が幸せになってほしいからと自ら身を引いた代助でしたが、今となっては後悔しかありません。
しばらくのあいだは自室に閉じこもったままの代助を心配した得は、使いの者に様子を見に行かせます。
本家で引き合わせれたのは地方に住んでいる遠縁の資産家のめいで、「佐川の令嬢」という通り名の若い女性です。
結婚して所帯を持てばしっかりするだろうという得の魂胆は見え見えで、あまり気乗りがしない代助でしたが言われるままに令嬢を案内します。
西銀座の帝国博品館ではショッピング、木挽町の歌舞伎座ではお芝居の見物、青山のレストランではディナー。
4日ほど都内観光をたっぷりと楽しんだ令嬢を父の命令で新橋の停留所まで見送りにいった代助は、自分自身の未来について真剣に考え始めます。
今までもお見合いの話がある度にはぐらかしてきましたが、ゆくゆくは適当な相手を選んで家庭を築き上げ家督を相続しなければなりません。
令嬢はルックスにも恵まれていて実家の土地や財産も申し分はなく、アメリカから帰ってきた家庭教師のおかげで教養も深く代助が目指す文化的な生活ともピッタリでしょう。
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【結】それから のあらすじ④
親の取り決めた通りの結婚相手を選んで安定した将来を手に入れるのか、苦しくても心から愛する人との自由を選ぶのか。
代助は生まれて初めて重大な二者択一を迫られることになり、それから数日間は外出もせずに延々と思い悩むばかりです。
今までは周りの人たちとは適度な距離感を取って柔らかく自我を通してきた代助でしたが、いよいよ本性を露にしなければなりません。
令嬢との縁談は手紙でお断りをして、人力車を呼んで車夫に伝通院の借家まで三千代を迎えに行かせました。
自分の存在には三千代が必要なこと、平岡を裏切って社会的な罪を犯してでも一緒になってほしいこと。
遅すぎた告白にひとしきり涙を流した三千代でしたが、泣き終わったその顔からはあらゆる苦痛も不安も消え去っています。
再就職先を新聞社の経済部の主任記者に決めた常次郎からは絶交、年のせいで近々の隠居を予定していた得からは勘当、誠吾からはこれまで当たり前のように続けてきた経済的な援助の打ちきり。
晴れて三千代と相思相愛の仲になれた代助でしたが、平岡が一連の騒動を暴露した手紙を本家に送ったため当分のあいだふたりは非難にさらされ続けるでしょう。
突如として世間の荒波の中に放り出されることとなった代助は、とりあえずのところ何か自分でもできそうな職業を探さなければなりません。
自宅の最寄り駅である飯田橋から電車に飛び乗った代助は、焼けるように熱くなった頭を冷ましながら行けるところまで行くことを決意するのでした。
夏目漱石「それから」を読んだ読書感想
書生・家事代行サービス付きの一軒家を与えられて、好きな学問に好きなだけ打ち込んでいる主人公・長井代助がうらやましいです。
勉強の息抜きにと午前中からウエハースをかじりながらワインを飲んだり、午後からはピアノを弾いたり音楽鑑賞をしたりとのんきな毎日には笑わされました。
自らが無職であることを「世の中が悪い」などというセリフで正当化してしまうところも、不思議と憎めません。
今の時代の考え方からすると「ニート」か「モラトリアム青年」にカテゴリーに分類されてしまうところを、明治時代には「高等遊民」として捉えていたところが興味深いですね。
長らく疎遠になっていた友人・平岡常次郎との予期せぬ再会、彼の妻・三千代への再び燃え上がるかのような恋心。
エリートコースを突き進んでいた常次郎が少しずつ生気を失っていき、今まで眠っていたかのような代助が急に息を吹き返すコントラストも際立っています。
すべてに逃げ続けてきた代助が、初めて愛する人のために覚悟を決めるライマックスの列車のシーンにも胸を打たれました。