著者:泉鏡花 1991年10月に筑摩書房から出版
高野聖の主要登場人物
僧(そう)
主人公の僧、列車で乗り合った男と懇意になり宿へ案内します。寝付けない男に過去の旅の体験を語って聞かせます
電車の男(でんしゃのおとこ)
僧が電車の中で出会います。同じ宿に泊まって僧の話を聞く男です
薬売り(くすりうり)
僧が過去の旅の中で出会う富山の薬売りで無作法な男です
女(おんな)
僧が過去の旅の途中に立ち寄った家で世話をする女です
若い男(わかいおとこ)
山の一軒家で女と暮らす口の聞けない若い男です
親仁(おやじ)
山の一軒家で女たちの世話をしています。僧に女の過去を話します。
1分でわかる「高野聖」のあらすじ
東京から敦賀に向かう電車で僧と知り合った男は同じ宿に止まりました。
寝付けない夜に僧に旅の話しをせがみます。
僧は若い頃の飛騨の山を旅した体験を話しました。
若き僧が道すがら行き合った富山の薬売りは、横柄な物言いの鼻につく人柄でした。
その薬売りが二本道で近道と思う方へ進んで行きました。
その道は地元の人も避けて通る道と知って、僧は引き戻すべく追いかけます。
身の毛もよだつ悪路の先に思いがけず立ち寄った山の一軒家での一夜の出来事を語った物語です。
泉鏡花「高野聖」の起承転結
【起】高野聖 のあらすじ①
男が帰省のため汽車に乗り東京から若狭に向かいます。
駅に着くたび人の乗降があったかと思うと、尾張を出た後はひっそりと座る僧と二人きりになりました。
名古屋で正午の弁当に寿司を買うと、中身は申し訳程度のかんぴょうと人参という粗末さに声を出して嘆息します。
僧も同感した様子で笑い出します。
この一件から二人は近づきになり言葉を交わすようになりました。
僧の様子は、俗世の人に近いような服装から柔らかな感じがありました。
歳の頃は四十五、六くらいです。
高野山に席を置く僧侶でした。
敦賀では一泊することも同じでした。
男はいつも敦賀で一泊する宿では客足らいが悪く、夕食の後はさっさと電気を消されて味気ないと不満を打ち明けます。
僧は「知り合いの元宿屋と懇意にしているのでよければ案内しますよ」と申し出ます。
その後は、たいした話もせずに敦賀に着きました。
到着後は、駅前の宿の客引をうまく交わして僧の後について歩いて行きます。
八町ほど歩いて香賀屋という宿に到着してみると、柱の太いしっかりとした作りの建物です。
宿に入るとどっしりと座った亭主がいて、こまごまと動く奥さんに出迎えられ、僧も宿の者も慣れた様子に男は居心地の良さを感じます。
夕食も昼の弁当に比べ気が利いたもので満足できました。
部屋にはこたつが用意され暖かに布団に入れます。
男はすっかりくつろぎ、僧に子どものように旅の話しをせがみました。
僧は火の気のない寝床に寝ころんで、若い頃の飛騨の山の旅の話しを始めました。
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【承】高野聖 のあらすじ②
飛騨の旅の途中の峠で休憩していると、同じ宿に泊まった富山の薬売りが声をかけてきました。
その態度は横柄で僧という立場を見下している嫌な若者でした。
相手にならずに先を急ぐと、薬売りはこれ見よがしに追い越して別れ道で近道の坂を進んで行きました。
もう一方の道は梅雨の水が引き切らない川のようになった道です。
その道に置かれた石を跳びながら渡って来た百姓は、水は少しだけでこの道が本道だと言います。
坂の道は地元の人も通らず、迷い込んだ者は連れ戻しに行くほどだそうです。
薬売りを放って置くのは仏の道に背く気がして、僧は坂を登っていきました。
どんどん歩いて行くと広い道に出ました。
でも薬売りの姿は見えません。
もうしばらく行くと天生峠の狭い登り道です。
人が通いそうもない道に蛇が横たわっていて思わず膝をついてしまいました。
僧は蛇が苦手で怖くて仕方ないのです。
そこからは何度も蛇に出くわす気味の悪さに、この山の霊の仕業と思い至り両手をついて頭を下げました。
すると凄まじい音がして、よほどの大蛇がいるのかと思われるほど草がざわざわ動き谷の方へと消えで行きました。
あとは涼しい風が吹くのみです。
その後、蛇は見えなくなりました。
気づくとどこかで強い風の音が聞こえます。
辺りに涼しさを感じると森に行き当たりました。
その中は薄暗くわらじは湿り葉に溜まった水が落ちて来ます。
暑さはなくなったので歩きやすくなりました。
すると傘の上に何かが落ちて来ました。
それはナマコのような大きいヒルです。
どの木もヒルだらけなのを見て絶叫しました。
すると雨のようにヒルが落ちて来ます。
幾千年もあるヒルの巣に閉じ込められ、もう出られないと思いました。
どうせ死ぬならしっかり見ておこうと覚悟を決めました。
ヒルを引き剥がして踊り狂うように歩きました。
かゆみと痛みでふらふらになった頃にようやく森を抜けました。
空が見えたと同時に何も考えず、地面に体を転がし擦り付けて残らずヒルを剥がしました。
森の外は何事もなくひぐらしが鳴いています。
やっと冷静になり薬売りの事を考えているとせせらぎの音が聞こえました。
流れにかかった土橋を渡って行きました。
【転】高野聖 のあらすじ③
馬のいる一軒家にたどり着きました。
縁側に居る若い男は言葉が話せず反応がありません。
すると奥から美しい女が現れ、僧は一晩の宿を得ます。
馬の世話役の親仁と若い男を後にして、女は川に僧を案内します。
途中は女の足にカエルが飛びついたり、大木を渡した上を渡ったりして谷川に出ました。
水の流れが美しく、どこかで大きな水の音が聞こえます。
ここは上流に大きな滝があり、13年前の洪水で辺りの家はみんな流され今のような流れができたと女は話します。
女は僧の法衣を強引に脱がせて体を流してやりました。
心地よくなり僧がウトウトしてるうちに、女は自分の着物を脱いでいました。
自分を下げすんで言う女に僧は優しい言葉を掛けます。
月明の下で女の周りにコウモリや小猿がまとわりつきます。
二人は川を後にし一軒家に戻りました。
家では親仁が馬を市へと連れていく所ですが、馬は僧を見て暴れます。
不意に女は「ここに来る途中誰かに合わなかったか」と僧に尋ねます。
富山の薬売りに会った事を告げると、女は人が変わったように笑い出します。
帯を解いて若い男に渡し、馬の鼻先に着物の前を開いて立ちます。
普段の優しい様子が消え魔物のように背も高くなったようです。
山々の陰々とした全ての気が、女を中心に注がれているような異様な雰囲気が漂って生温い気配が満ちています。
女は着ていた着物をゆっくりと肩から外し、胸の前で丸めると素裸になりました。
馬はなよなよと泡を吹きます。
あごへ手をかけたかと思うと、鼻先へふわりと着物を掛けて、馬の腹へ潜り横へ抜けました。
馬は大人しくなり市へと連れられて行きました。
それから夕食の時、僧の美味しそうな膳を見て、若い男もグズってねだります。
仕方なく女は沢庵つぼを差し出し、若い男は手づかみで食べ始めました。
女ははずかしさを堪えて、若い男へ優しく接します。
僧は女のけなげさに心を打たれていました。
それから、僧の寝床は広間に一人で与えられ寝付けずにいました。
すると戸の向こうに大勢のケモノの気配を感じます。
だんだんと息遣いが近づくのを感じお経を唱えます。
すると女がケモノを追い払う声が聞こえて辺りは静かになりました。
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【結】高野聖 のあらすじ④
翌日の正午、僧は里近くの滝のある所で馬を売りに行った親仁に出会いました。
一晩世話になった女の一生をかわいそうに思って、修行を捨て女の家へ戻ろうと考えていたところでした。
親仁は気味悪く笑うと、僧が無事に人の姿のままなのは志しが良いからだと言いました。
売り払った馬は元は薬売りの男で、女によって姿を変えられてしまったのだそうです。
女は元はこの辺りの医者の娘で、両親に似ず玉のように美しいと評判になりました。
医者の腕は悪くても娘が介抱するだけでケガや病気が治るので、患者は絶えませんでした。
現在では女は思いのままに人を生き物に変えたり、ほしい物を手に入れたりするほどになりました。
僧はカエルやコウモリや猿と夜中のケモノの気配を思い出しました。
若い男も元は女の家の患者だそうで、足に腫れ物ができて治療していました。
幼い頃なのでつらい治療は耐え難く医者の娘が介抱していました。
ところが、手術の時に間違いがあり出血が激しくて危なくなりました。
命は取り止めたけれど、元のように動けなくなってしまいました。
家へ帰る時に医者の娘が付き添いました。
その家は僧が泊まった家でした。
医者の娘が滞在している間に大雨が降り続き、9日目に大風となって辺りの家も人も医者も亡くなってしまいました。
残ったのはあの若い男と女と親仁だけでした。
それからの女は若い男に付き添って今の通りの生活となったそうです。
今では、女は魔物のようになっています。
谷の水で好みの男を誘い、飽きればケモノのに変えてしまう、ほしければ魚を呼び込み、木の実を手に入れ、雨や風までも自由自在に操ります。
馬を売って好物を買い、大酒を飲む姿は魔神のようだと言います。
僧がケモノにされず助かったのは不思議なくらいです。
早くここを出て修行に戻れと言う親仁の言葉をあぜんと聞いていました。
僧の話しはこれで終わりました。
宿でこの話を聞いていた男は、翌日雪の中に消える僧を名残惜しげに見送りました。
泉鏡花「高野聖」を読んだ読書感想
この話は、たまたま汽車に乗り合わせた人に旅の話しを語って聞かせると言うところが、面白い構成だと思いました。
僧の旅はたった一日の中に奇怪なことが連続で起こります。
蛇が次々に出て来る道やヒルが大量にいる森に立ち入ったり、想像したら気絶しそうに気味が悪くなります。
一晩世話になった一軒家ではケモノに囲まれます。
その恐怖感がクセになりストーリーに入り込んでしまいます。
最初は富山の薬売りへの親切心から始まり、どうしようもない状況に追い込まれて行きます。
僧は苦しみながらも、修行中の立場を忘れずにいるように思いました。
窮地にいてもどこかで冷静に考えて考えているところは、正に仏門の人だと思います。
山の一軒家の女に対してもあれこれと思い悩む姿は優しい人柄にあふれていて、ケモノにされてしまった人たちとは違っていたのだろうと思います。
女への未練は、馬を売りに行った親仁の話しで救われますが、僧の持つ徳が危険を回避したように思いました。