著者:江戸川乱歩 1929年7月に改造社から出版
芋虫の主要登場人物
須永時子(すながときこ)
30歳。須永中尉の妻。肥え太って脂ぎった身体をしている。
須永中尉(すながちゅうい)
時子の夫。戦場で負傷し、手足を失い、耳は聞こえず、口もきけなくなった。作中に下の名前は出てこない。
鷲尾少将(わしおしょうしょう)
須永中尉の上官。作中に下の名前は出てこない。
()
()
1分でわかる「芋虫」のあらすじ
須永中尉は戦争で大きな負傷をおい、両手両足を失ったばかりか、耳も聞こえず、口もきけない身体になって、内地に帰されました。
妻の時子は、生活苦のために、夫の昔の上官であった鷲尾少将の家の離れに住まわせてもらい、夫の介護をします。
年月が過ぎ、彼女と夫の関係は、しだいにいびつな、狂った肉欲の様相をおびてきます。
やがて、ふとしたことから、時子は夫の目を傷つけてしまい、夫は最後に残った視覚さえも失ってしまうのでした。
時子は泣いて謝り、「ユルシテ」と夫の身体に指文字を書くのですが……。
江戸川乱歩「芋虫」の起承転結
【起】芋虫 のあらすじ①
ある日のことです。
鷲尾少将が、時子をねぎらっています。
時子の夫の須永中尉が廃人となってから、三年もの間、彼女が献身的に介護してきたことをたたえ、これからも面倒を見続けてほしい、と言うのです。
そうした言葉は、最初のうちこそ、時子に誇らしい気持ちをもたらしましたが、最近ではむしろ罪悪感を呼び起こすのでした。
なぜなら、三十歳となった時子は、性欲が旺盛になり、いまでは貞節のため、というより、自分の情欲のために肉の塊となった夫を飼育している、という気分だったからです。
鷲尾少将との話が終わり、母屋を出て数十メートル先の離れにもどると、座椅子に夫の姿がありません。
少し離れた畳の上に、着物を着ている、というより、着物でくるまれた物体がありました。
その物体から、首だけが出ています。
顔に深い傷を負っています。
夫です。
なにか言いたげな様子なので、時子は、しゃべれない夫の口に鉛筆をくわえさせ、紙に書かせました。
「オレガイヤニナッタカ」「ドコニイタ」「三ジカン」と続けます。
放っておかれたのが、よほど不満のようです。
こんなとき、夫の機嫌を取る方法はひとつだけ。
時子は、夫の唇に濃厚なキスをします。
夫がようやく安堵の顔を見せると、時子は、今度は夫の着物をはがしました。
そこには、手足のない肉の塊が現れました。
手足のあったところは、わずかに肉が盛り上がっているだけ。
その盛り上がった肉を使って、夫は、まるでコマのようにキリキリと回転するのが常です。
このような身体になっても、夫はよく食べ、栄養状態はよく、その姿は膨れ上がった芋虫のようです。
いま夫の目が、何事か考えるように、時子のことを見ています。
夫は、戦争の衝撃のために、頭の働きが鈍くなっています。
情欲に身をまかせるばかりとなったいまも、どうかすると軍隊式の倫理観がよみがえり、わが身を思って、苦悶するのだろう、と、時子はそんなふうに考えるのでした。
[ad]
【承】芋虫 のあらすじ②
ある夜のこと、いろいろあって眠れないでいるうちに、時子は三年前のことを思いだしていました。
そのころ、戦争に行っている夫が負傷して、内地へもどされる、という報せを受け取ったのです。
負傷の程度が大きいと聞きましたが、実際に会ってみるまで、本当のことは想像もつきませんでした。
時子は、衛戍(えいじゅ)病院(注:陸軍病院の旧称)へ行って、ベッドに横たわる夫に会いました。
顔は無残に傷つき、耳は聞こえず、口もきけません。
手も足もなく、包帯に包まれた丸い身体は、石膏製の胸像が横たわっているかのようでした。
医者は、「こんな姿になって生きていられるのは奇跡だ」と言いますが、時子は喜んでいいのか、悲しんでいいのか、わかりません。
半年ほどして、夫の身体が家に運ばれてきました。
功五級の金鶏勲章をもらいました。
親戚や知人も褒めたたえてくれます。
しかし、そんなのは最初のうちだけでした。
生活が苦しいため、上官であった鷲尾少将の好意で、彼の家の離れに住まわせてもらううちに、じきに誰もふたりをかえりみなくなりました。
筆談によるコミュニケーションを思いついたのは時子です。
最初に夫が書いたのが「シンブン」と「クンショウ」でした。
自分のことを称える新聞記事と勲章を見たかったのです。
しかし、やがて時子がその「名誉」を軽蔑し、夫は「名誉」に飽きて、新聞も勲章も要求しなくなりました。
そうなると、もう夫が要求するものは、妻の肉体だけになります。
時子のほうでも、夫の肉体を、自分の自由にできるおもちゃと考えるようになりました。
たったひとつ意思を表現できる夫の目が、悲しさや腹立たしさを表現するものの、彼の肉体は、妻に対して、なにひとつ逆らうことはできないのでした。
【転】芋虫 のあらすじ③
時子はこの三年間のことを、ありありとまぶたの裏に映しだしていました。
こんなふうに映画のように過去が映しだされるのは、いつも彼女の身体が異常になって、身体の内側から、あわれな夫の肉体を責めさいなもうとする凶暴な力が湧き起ってくるときでした。
時子が起きあがって夫のほうを見ると、夫は天井をじっと見上げ、思案にふけっている様子です。
時子はその姿を不気味に感じつつも、「カタワのくせに、考えことにふけったりして、生意気な」と、憎たらしく思いました。
時子は突然夫に飛び乗り、肩をゆすぶりました。
夫は咎めるような目で妻を見つめます。
「怒ったってだめよ。
あんたは、私の思うままなんだもの」と、時子は言い放ちます。
いつもなら、夫のほうが妥協して、妻を受け入れるのですが、今夜に限って、夫は刺すような目で時子を見つめます。
時子は腹を立て、衝動的に夫の両目に手をあてがい、力をこめました。
そうしてから、ふいに興奮からさめました。
夫は暴れており、時子は跳ね飛ばされました。
夫の両目から血が出ています。
時子は、夫にたったひとつ残っていた外界へつながる器官を、傷つけてしまったのです。
時子のなかで、夫の目を邪魔と感じていたのは確かです。
目をなくしてしまえば、夫は、私が完全に自由にできる肉ゴマとなる。
そんな恐ろしい考えが、彼女のなかにあったのです。
時子は、ほんの一秒ほどのうちに、自分の内なる考えを認めました。
その直後、叫び声をあげ、裸足のまま、外の暗闇に跳び出していきました。
医者を呼ぶためです。
[ad]
【結】芋虫 のあらすじ④
時子は医者を拝み倒して、往診してもらいました。
医者は患者の奇形にショックを受けながらも、治療して帰っていきました。
時子は泣きながら終日夫を看病しました。
病人の胸に指先で「ユルシテ」と何度も書きました。
夕方になって、夫の容体がいくらかよくなると、時子はあらためて夫の胸に「ユルシテ」と書いたのですが、夫からはなんの答えもありませんでした。
いまの夫は五感を喪失した上に、助けてくれと叫ぶこともできません。
時子はおのれのしたことの罪悪感にさいなまれ、離れを出て、母屋へ駆けつけました。
そして、鷲尾少将に懺悔をしたのでした。
鷲尾少将は「ともかく、お見舞いしよう」と言って、時子といっしょに離れに行きました。
が、夫の姿が見えません。
離れのなかを探しているうちに、夫が寝ていた床の近くの柱に、鉛筆で書いた文字が見つかりました。
ひどく乱れた文字で「ユルス」とあったのです。
もう目の見えない夫が、どれほど苦労してそれを残したのでしょう。
夫は自殺したのかもしれない、と時子は思いました。
鷲尾少将は家の召使いを動員して、あたりを探させます。
ふと時子は、少し先に古井戸があったことを思いだします。
時子は鷲尾少将といっしょに、その場所へ行ってみました。
すると、蛇が草をかき分けて進むような、かすかな物音がします。
見ると、薄暗がりのなか、爬虫類が鎌首をもたげて進むように、ひとつの肉塊が、頭を持ちあげ、胴体を波のようにうねらせ、手足の残りの突起で地面をかいて、ジリジリと進んでいきます。
そして、ふたりが呆然と立ち尽くす間に、その芋虫のような肉塊は、ポトリと穴のなかへ落ちていったのでした。
江戸川乱歩「芋虫」を読んだ読書感想
一読して「気持ち悪い」というのが正直な感想です。
主人公の男性は、戦争で負傷して、手足を失い、顔も醜くなっている、口はきけず、耳も聞こえない。
つまりは肉の塊でしかありません。
まともに人間の形をしていない、ということ、それ自体が、ひどく気持ち悪いと感じてしまうのです。
もちろん正論を言うなら、「人を差別するのはけしからん」「身体的な差異で、人間をさげすんではいけない」ということになるでしょう。
しかし、そういった道徳とか倫理とかでは割り切れない、本能的な嫌悪感を抱いてしまうのです。
しかも、その肉のかたまりに対して、妻はしだいにギラギラした異常な性欲を持ち始めます。
ふたりの肉の交わりが、これまた、なんとも気持ち悪いのです。
その一方で、不思議なことに、こういう変態的な性欲もアリなんだろうな、とも感じるのです。
なぜなら、ふたりの間に愛さえあれば、なにをやったってかまわないのですから。
それが性愛ということの原則なのでしょう。
この作品を「戦争へのレジスタンス小説」と見られることを、著者は嫌がったそうです。
なるほど、と思います。
この作品は、男と女の、根源的な性愛の物語として書かれているのです。