著者:有島武郎 1940年9月に岩波書店から出版
カインの末裔の主要登場人物
廣岡仁右衛門(ひろおかにうえもん)
本作の主人公、暴力的でその日食っていくことだけを考える男。
仁右衛門の妻(にうえもんのつま)
仁右衛門の妻、仁右衛門に対しては無気力。
佐藤の妻(さとうのつま)
仁右衛門と不倫関係を持つ、誰の子かわからない子供が沢山いる。
笠井(かさい)
松川農場の地主で、天理教の世話人。
笠井の娘(かさいのむすめ)
笠井の美しい娘、身を挺して子供を庇う優しい心を持つ。
1分でわかる「カインの末裔」のあらすじ
廣岡仁右衛門とその妻が赤ん坊を連れ松川農場に働きにきます、彼らは三枚の煎餅を食べるのにも争うほど貧乏でした。
仁右衛門は暴力、債務を返済しない、女にだらしないという信用のならない人物です。
そんなある日、彼らの赤ん坊が赤痢になり、笠井と言う人物が赤ん坊が治るよう彼なりの方法で心を砕きます。
健闘の甲斐なく赤ん坊は死に、仁右衛門は笠井が子供を殺したのだと周囲に触れ回ります。
ある時農場で競馬が行われ、その優勝賞金を目当てに仁右衛門も出馬します。
競技の最中笠井の娘が乱入し、それを避けたことで馬は怪我を負い、馬は仁右衛門の負担となります。
そんな中農場では笠井の娘が何者かに陵辱をされたとの噂が持ち上がります。
笠井に自分の子供殺されたと主張する仁右衛門。
彼は農場の女と不倫関係にもあったことで彼ならやりかねないと言う話になります。
農場にはいられなくなった仁右衛門と妻は農場を追われ、林の中へ姿を消すのでした。
有島武郎「カインの末裔」の起承転結
【起】カインの末裔 のあらすじ①
?せこけた馬を連れ、廣岡仁右衛門と妻、そして赤ん坊は遠い血縁のいる松川農場へ働き口を求め、足を引きずりながら向かいます。
仁右衛門は疲れ切っており、妻と一言言葉を交わすことでさえ癪にさわるようで、妻へと暴言を吐きながらよたよたと道を進んでいきます。
仕事の口のある村に着いた二人は村の様子や人の気配にまごつきながらも村の事務所の入口へ向かい、馬帳と呼ばれる男から仕事の説明を受けます。
馬帳は仁右衛門に対して色々な質問を投げかけますが、仁右衛門は理解し難いことをグダグダ言うやつだと彼を一方的に嫌います。
仁右衛門は教養のない人物でしたので馬帳から提示された契約内容もよくわからないまま契約書に三文判をつきました。
彼らは三枚の塩煎餅を食べるにも奪い合うほどだったので、仕事さえ見つかればこれからはなんとかなると楽観視しています。
仁右衛門はお金が一文もないので馬帳から借りようとしますがすげなく断られ、ますます馬帳に対しての怒りを募らせました。
仁右衛門と妻は住むことになる小屋の場所を、偶然その場に居合わせた笠井という人物に案内してもらいます。
笠井は天理教の世話人でもあり、農場の地主でもありました。
しかし、場所さえわかってしまえば仁右衛門はその後の笠井からの注意や、金を借りたいなら親戚の保証があればいいなどといったことを全く聞いていませんでした。
彼らは笠井に挨拶もせずにさっさと小屋へ向かいます。
こうして仁右衛門夫婦は、どこからともなくK村に現われて、松川農場の小作人になったのでした。
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【承】カインの末裔 のあらすじ②
K村に住みだした仁右衛門は効率が悪いと周囲に思われながらも、一応はせっせと農地を耕します。
その甲斐もあって種や農具を買うことが出来ました。
時々農村に住む佐藤という男の妻と仁右衛門との関係が、村の人々の噂に上るようになります。
佐藤の妻というのは中々の美人で男を誘うような不思議な色香がありました。
佐藤の妻と逢引の約束をしていたある日、折り悪く笠井が仁右衛門の様子を見にやってきます。
笠井は農場一の知識人でそれにお金持ちでした。
彼の娘も彩のあるいい着物を着ています。
それだけで仁右衛門の機嫌を損ねるには一瞬でした。
笠井を見るなり胸倉につかみかかり唾を吐き捨てようとするほど仁右衛門は彼に対して激しい嫌悪をぶつけます。
笠井を追い返した仁右衛門は湧き上がった怒りが収まらず不倫相手の女を殴ったり足蹴にしたり、たまらず女の方も噛みついたりするものですから最後には獣のように交わります。
そんなある時村にやってきた賭博師の話が仁右衛門の耳に入ります。
仁右衛門は彼には珍しく最初は笑顔で賭け事をしますが、彼のヤマは外れ、非常にむしゃくしゃした気分になります。
そこへ佐藤の子供たち3人が通りがかるのを見た仁右衛門は彼らに畑に入ったと難癖をつけ、12歳の女の子の顔を形が変わるほど激しく殴りつけます。
その後佐藤の妻をも彼は子供が畑に入ったことを理由に殴りつけ、仁右衛門にとっては意外な事に佐藤の妻が敵愾心を露わにしてきたため、彼女との関係が終わったことに自暴自棄になるのでした。
【転】カインの末裔 のあらすじ③
1月ほどの長雨の後、農場にも夏がやってきました。
長雨のせいで、畑には雑草が生え放題。
虫も大量に沸き、近所の小作人たちはみな困り果てていました。
しかし、仁右衛門の畑は違いました。
彼は馬帳からの指示を無視し、畑に亜麻を植えていたため豊作となったのです。
しかし馬帳は亜麻の後には畑が痩せて何も育たなくなる、と忠告しますが今目の前の食べる事だけを考えている仁右衛門は聞き入れません。
大金を手に入れた仁右衛門は豪遊します。
彼には珍しい上機嫌でした。
帰りの馬車の中で眠っていた仁右衛門は目を覚まし、周囲に馬帳や他の人間が沢山集まっている事に気付きます。
「早く行け。
お前の赤ん坊は死ぬぞ。
赤痢になった。」
その一言で仁右衛門は一気に現実に引き戻されたのでした。
家に入ると妻は泣き、赤ん坊は一日でこうもなるかというぐらい衰弱していました。
笠井が彼の信仰に則り、護符で赤ん坊を呪文を唱えながら撫でまわしたり、字の書いた紙を砕いて赤ん坊に飲ませます。
この場ではそれがただ一つの赤ん坊を救う方法であるように感じました。
しかし健闘の甲斐なく赤ん坊は死んでしまいます。
怒った仁右衛門は笠井こそが自分の赤ん坊を殺したのだと周囲に触れ回ります。
仁右衛門は赤ん坊を亡くしたことでさらに狂暴になりました。
亜麻の利益はもうすっからかんです。
仁右衛門は蔵を付けずに馬に乗れる名手でしたから、競馬で自らが出てお金を稼ぐことを思いつきます。
周囲の期待に気持ちをよくしながら、仁右衛門はわざとスタートで出遅れます。
この程度、彼は簡単に巻き返せると思っていたのです。
さて仁右衛門はぐんぐん後ろから馬を走らせ、遂に優勝を争っていたその瞬間。
馬場に一人の子供が入り込みます。
危ないと思った笠井の娘が馬場に飛び込みました。
仁右衛門と争っていた馬は笠井の娘の派手な着物の色に驚いたようで、仁右衛門の馬の前に飛び出し、両者は激突します。
結局、仁右衛門の馬の前足は折れ、競馬に勝つこともできず失意の中仁右衛門は眠りに落ちました。
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【結】カインの末裔 のあらすじ④
競馬の日の晩、村では一大事が起こりました。
笠井の娘がなかなか帰ってこなかったので捜索をしたところ、なんと林の中に失神して倒れていたのが見つかりました。
娘が正気を取り戻してから話を聞いてみると、大柄の男から聞くに堪えない程の残虐な凌辱を受けたと言うのです。
笠井はすぐに仁右衛門ではないかと検討をつけます。
仁右衛門が笠井の事務所のガラスを割るのを見たという者さえ出て来ました。
秘密裏に犯人の捜索をしますが、仁右衛門は以前から赤ん坊を殺したのは笠井だと主張していたこともあり、容疑はますます仁右衛門の方に向かって行きます。
何の証拠がないにもかかわらず、あの事件は仁右衛門がやったのだということになってしまいました。
それからは村の中で何かいかがわしいことが起こる度に、仁右衛門がやったのだと決めつけられるようになります。
仁右衛門には村の人間がよってたかって彼一人を敵にまわしているように思えてきます。
博打に手を出したことでお金に困り果てていた仁右衛門は、松川農場の主である松川に直談判をし、来年も仕事ができるよう努めようとしますが松川にどやされ、すげなく追い返されてしまいます。
仁右衛門は打ちひしがれて自分の小さな小屋に戻りました。
打つ手のなくなった仁右衛門は斧を取上げ、馬の前に立ち馬の眉間を打ち据えて殺しその皮をはぎ取ります。
小屋の中を片付け、背負えるだけの雑穀の荷を持った仁右衛門と妻の二人は林の中に呑み込まれるように去って行くのでした。
有島武郎「カインの末裔」を読んだ読書感想
有島武郎のカインの末裔というお話です。
このタイトルにもなっているカインの末裔とは旧約聖書に登場する人間の罪深さをモチーフにしたお話です。
仁右衛門は憐れみが与えられないような嫌な人物にも思えますが、馬が自身の負担になる事を分かっていても処分することのできないという情も作中で表現されています。
その日その日を彼なりに今現在食べていくことを重視するという美学を持って懸命に生きました。
しかし、彼は赤ん坊と馬を失い遠くの縁者からも見切りをつけられ、既に手にしていた幸せさえも失います。
仁右衛門自身は自然なるものに圧し潰された人生だと感じ、瞬間の生を謳歌していました。
この自然には単に大自然と言うだけでなく、周囲の環境や運命のめぐりあわせといったものも含まれているかもしれません。
仁右衛門の生き方が悪かったのか、仁右衛門の生きた環境が悪かったのか。
必死に生きようと、苦しい中破滅的に輝く生のきらめきに圧倒される作品です。