著者:有川浩 2006年9月に新潮社から出版
レインツリーの国の主要登場人物
向坂 伸行(さきさか のぶゆき)
主人公。作中では「しん」と名乗り、テンポの良い関西弁を展開させる。普段は会社員をしている。
人見 利香(ひとみ りか)
主人公のもう一人で、伸行と出会うことになるレインツリーの国というサイトの管理人。
1分でわかる「レインツリーの国」のあらすじ
普段はごくありふれた会社員である伸行は、学生時代に読んだ小説を思い出します。
ふと気になって、それを検索するとヒットしたのが、ひとみが運営する「レインツリーの国」でした。
あの頃を懐かしみながら、あの頃と今は違う、という誰でもが大人になった時に抱く、どこか寂しくまた懐かしいような気持ちに襲われた伸行はサイトにメッセージを残します。
それは返信を期待するようなものではなく、あの時代に生きた自分を残す作業でもあり、またもし同じ時代に同じ本を読んだ人がいるなら、その人をどこかで同志のように思いたい気持ちからでした。
すると、相手から返信が届きます。
かつて夢中になった本の中に戻ったような感覚に陥る伸行は、相手がどんな人なのかが次第に気になり始めます。
そして、二人は当たり前のように交流を始めるのでした。
有川 浩「レインツリーの国」の起承転結
【起】レインツリーの国 のあらすじ①
この本は、学生時代に主人公の二人がそれぞれ読んだ小説を基盤にして作られています。
最初は、ふと懐かしくなった主人公の「しん」がネットでタイトルを検索し、ヒットした「ひとみ」のサイトに懐かしい気持ちを寄せることに始まります。
学生時代に抱いた感想や物の見方とは違う今を「しん」は知り、自分が歳を取ったことや、社会人としてなんとか暮らそうとしていることに気付き、それを誰かに打ち明けたいと思った時、匿名性を利用して、インターネットに書き込みをします。
返事など期待しないもので、どちらかというと自分の気持ちを投げつけただけのものだったにも関わらず、しばらくして「ひとみ」から返信が来た時、やはり「しん」は学生時代に読んだ本の思い出を共有しているようで懐かしい気持ちになるのです。
ただ一方で、今はあの頃と何もかもが違うという物の見方をしているのも事実だということにも気付きます。
そして「ひとみ」は同じ作品を、同じような年代で読んでいたにも関わらず、自分とは違う捉え方をしていたことにハッとさせられ、かつて熱狂とまではいかないものの、没頭した本に対して自分の意見や感じたことを投げつけるように返信し、また「ひとみ」からも同じように返信が続くようになることで、少なくとも「しん」は本の感想だけではない「ひとみ」に興味を抱くようになります。
ただ「ひとみ」にはどこか隔たりがあるようでした。
最初それは自分に異性としての興味がないだけなのだろうかと「しん」は思っています。
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【承】レインツリーの国 のあらすじ②
ある時、「しん」は思い切って「ひとみ」に「一度会わないか?」という旨のメールを送ります。
それまでのメールのやり取りは目立って滞ることはなく、いわゆるなんでもない会話というやつでも、数日単位でのやり取りが続いていました。
たまに返信のペースが空く時もあったものの、いつも「そういう時もあるだろう」と思えるようなものでした。
けれど、この時の返信は数日単位ではなく止まります。
「しん」の中に、やはり誘わなければよかった…所詮、インターネット上の付き合…という感情が生まれる一方で、どうしても一度会いたい…会って断ってくれたほうがいい…付き合うとか、男女の仲になるということがなくてもいいから、あの本について語り合いたい…という想いも生まれてくることを「しん」自身がひしひしと感じる日々を過ごします。
そして、三日が経ち、一週間が経ち、「しん」がいよいよ諦めようと思い始める時、「ひとみ」から返信が来ます。
本屋さんで今も売っているはずの、あの本の前での待ち合わせを提案された「しん」は、この本について語り合える日が来ることと、画面の向こうにしかいなかった「ひとみ」に実際に会えることを心から喜ぶのでした。
しかし「ひとみ」はとても複雑な事情を抱えて、その日を迎えようとしていました。
そして、その事情を「しん」にあ伝えたくないと願っています。
ただその複雑な事情は、「ひとみ」やひとみを大切に育てた両親にとってそうであるだけなのかもしれません。
【転】レインツリーの国 のあらすじ③
「ひとみ」との初めてのデートはうまくいくことはありませんでした。
ただ、伸行はサイト上で出会った直後から感じていたひとみへの違和感が拭えません。
そして、「もしかして…」という想いを募らせていきます。
ひとみからの連絡はデートの日以来途切れていました。
そんな時、会社の女子から誘われる伸行。
しかし、そのことで改めてひとみへの想いを確認するような気持ちにもなります。
意を決したように伸行はひとみへメールを打つことにしました。
ひとみが伸行に隠していたのは、伸行を想う気持ちや他に好きな人がいるといったものではなく、「耳が聞こえていない」というひとみ自身に関わることだったのです。
そしてひとみはそれを伸行には背負わせたくないと考えていました。
ひとみの聴力は、事故で失われたことから、人生の途中まで聞こえていたせいで、ひとみ自身の発声に問題はなく、口話法をある程度取得していたひとみは、一度会うだけなら隠し切れると思っていたのです。
ただ伸行とのデートの日は雨が降り、傘をさしていたことで伸行の口元や表情を伺うことができなかったり、後ろから近付く人に気付くことができませんでした。
あの日のひとみの一つ一つのおかしなことは、全て耳が聞こえていなかったせいだったのです。
伸行の言葉を聞くために、ひとみはさほど面白くないけれど静かな映画を選ぶ必要があり、おしゃれで人気なカフェを避ける必要がありました。
けれど、その理由は伸行には伝えられないままでした。
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【結】レインツリーの国 のあらすじ④
耳のことをひとみから打ち明けられた伸行は、自分なりに難聴、中途失聴、聾の違いや、それぞれの聞こえの特徴、聞こえには種類があり、低音や高音と行った特定の音を避ければ聞こえる人がいること、また左右差があり、どちらかから話し掛けることで聞き取れることがあることなどを調べます。
それをひとみに伝えると、ひとみは驚きを隠しきれません。
けれど、同時にひとみは「それはあなたのためでしょう、私のことを想っているわけではなくて、あなたが嫌な想いをしたくないからでしょう」というような少し捻くれた考え方をしてしまいます。
ある時、それを伸行に伝えると、「それは耳のせい?」というようなことを問われたひとみはハッとします。
もちろん、抱えた障害での苦労は普通に聞こえる伸行には計り知れないものです。
ただそれを土返しした時、「それって性格の問題なんじゃないの?」という伸行にひとみは初めてに似た感覚を覚えるのです。
事故で聴力を失ったせいで、両親は不憫に思い、ひとみをとても大切に育てました。
障害者雇用枠で就職した会社ではイジメに似た経験もしましたが、こんな私を雇ってもらっているんだからという想いから、決して不服を言うことなく過ごしてきました。
その中で聴力を失って以来初めて、自分だけを見ている人がいることに気付くのです。
伸行もまた、ひとみの聴力を決して無視はできないけれど、それだけではない「ひとみ」の存在が自分の中に確かにいることを知ります。
有川 浩「レインツリーの国」を読んだ読書感想
もし自分の大切な人に、あるいは自分を大切に想ってくれている人に障害があったら、それも日常生活に及ぶ障害があったら、と考える時、それを土返しするのではなく、それを含めたその人を好きになれるだろうか、と考えさせれる作品でした。
障害は個性だとよく言うし、きっとそれは事実なのだろうけれど、共に暮らすとなると、それだけでは済まないことがきっとたくさんあるのだと思います。
そして、それを背負わせたくないと思う「ひとみ」の気持ちもよくわかる気がします。
大切だからこそ、傷付けたくいし、辛い想いをさせたくないと思うのは、障害の有無ではなく、その人を想うからこその気持ちであることは言うまでもありません。
この本は、思い出の本を問うたり、障害や聞こえを問うのではなく、自分にとって大切な人とは、という恋愛そのものの問いを投げかけているように思います。
改めてそれを問う時、自分はその人自身を見つめているか、という問いをされるようでした。