著者:芥川龍之介 1922年8月日(雑誌掲載)に二松堂書店「表現」(雑誌)から出版
六の宮の姫君の主要登場人物
六の宮の姫君(ろくのみやのひめぎみ)
宮家の遠い親戚のひとり娘。作中に名前は出てこない。
乳母(うば)
姫君の乳母。作中に名前は出てこない。
男(おとこ)
以前、丹波の国の役人をしていた人物。作中に名前は出てこない。
法師(ほうし)
姫君が臨終のときに経を頼まれたお坊さん。
()
1分でわかる「六の宮の姫君」のあらすじ
京の、六の宮の地に住む姫君がおりました。
姫君が妙齢の美女となったころ、両親が亡くなり、家はしだいに貧しくなって行きます。
そんなとき、乳母が姫君に、男を受け入れるように勧めます。
その男は、容貌もよく、やさしいということです。
初めは我が身の不幸を悲しんでいた姫君ですが、いつしか毎夜、その男と契りを結ぶようになります。
姫君は、男に対して愛情はないものの、頼りにしているのでした。
しかし、一年もたたないうちに、男は、地方へ赴任する父親について、京を離れなければならなくなりました。
帰ってくるまで五年待ってほしい、と言い残して去った男は、六年たっても帰ってくることはありませんでした。
そして九年たって、ようやく男が帰ってみると……。
芥川龍之介「六の宮の姫君」の起承転結
【起】六の宮の姫君 のあらすじ①
京の、六の宮のほとりに、その姫君の住まいがありました。
彼女は、地名をとって「六の宮の姫君」と呼ばれていました。
父は宮様の遠い親戚でしたが、時流を読めない昔気質の人で、さほど出世はしませんでした。
姫君が大人びた美人に育ったころ、父は酒の飲みすぎで亡くなりました。
半年ほどのちには、母も亡くなりました。
彼女は両親の死を悲しむより、むしろ途方にくれてしまいました。
箱入り娘の姫君には、もう乳母意外に頼る人がいなくなってしまったのです。
乳母は姫君のために、懸命に仕えてくれましたが、家宝をひとつ、またひとつと売って暮らすよりほかはありませんでした。
召使いたちもひとり、またひとりと、暇をとって出ていきます。
しかし、姫君に貧乏を改善する力などなく、十年一日のごとく、琴をひき、歌を詠んで暮らすしかなかったのです。
そんなある日、とうとう乳母は進言しました。
「丹波の国の、前の国司だった男が、姫に会いたいと言っております。
美男子でやさしい殿です。
受け入れられてはいかがか」と。
生活のために男性を受け入れるのは、もはや売春婦に等しい、と姫君は泣きました。
が、いつしか姫君は、その男を毎晩受け入れるようになったのです。
姫君は、男を頼もしく思うことはあっても、男とのむつみあいを楽しいと思うことはありませんでした。
暮らしは少し上向きましたが、姫君は寂しそうでした。
とある雨の夜、男は姫君と酒を呑みながら、丹波の国の言い伝えを語りました。
ある宿で女の子が産まれたとき、正体不明の大男が、その寿命と死因を予言し、実際に女の子はその予言通りに死んだ、というのが、その言い伝えです。
姫君は、わが身と比較し、自分のほうがまだしもましだと考えたのでした。
[ad]
【承】六の宮の姫君 のあらすじ②
冬の間、姫君は、昼は琴をひいたり双六を打ったりし、夜は男を寝床に迎え入れました。
愛情はありませんが、安らかな日々が続きました。
しかし、春が来ると、男は別れを切り出します。
男の父親が、今度、陸奥の国へ赴任を命じられたため、男もついていくのです。
姫君とのことは父には内緒のことなので、いまさらつれてはいけないのです。
男は、五年待ってほしい、と姫君に言います。
五年で父の任期が終わるから、と。
姫君はただ泣くばかりでした。
やがて男の約束した五年は過ぎ、六年目の春がやってきました。
男はとうとう帰ってきませんでした。
その間に、召使いたちは全員が出ていってしまいました。
館は崩れ落ち、姫君は警備の侍が待機する小さな部屋で雨露をしのぐ有様です。
もはや、お金に替えられる家財はなにもなく、姫君の衣服でさえ、いま着ているものしか持っていない、という悲惨な状況でした。
その年の秋の月夜に、乳母はとうとう、また姫君に進言しました。
「あの男はもう帰ってこないのですから、諦めて、ある典薬之助が会いたいというのを、受け入れてはいかがでしょうか」と。
姫君はすっかり疲れ果てており、「わたしはもうなにもいりません。
生きていても、死んでも、同じことです」と物憂げに答えるのでした。
実はそのころ、姫君を捨てたあの男は、新しい妻といっしょに常陸の国にいました。
その妻というのは、常陸の国に派遣されている官吏の娘で、男の父親も認めた女性でした。
そして、六の宮の姫君が乳母の話を断った、ちょうど同じ時刻に、男は新しい妻と酒を呑んでいて、ふっとなにかの音を聞いたように感じました。
同時に男は、捨てた姫君のことを思いだしたのでした。
【転】六の宮の姫君 のあらすじ③
九年目の秋の終わりに、ようやく男は京へもどってきました。
男といっしょに、常陸の妻と父親と一族も帰ってきましたが、男から遅れ、ひそやかに京に入ったのでした。
男は帰京する前、六の宮の姫君に手紙を送っていたのですが、持っていった者は、姫君の館を見つけられなかったのでした。
男は京に入ると,取り急ぎ六の宮へ出かけていきました。
姫君の館は無残に崩れています。
男は館跡に、ひとりの老いた尼を見つけます。
老尼は姫君に仕えていたはした女の母親でした。
老尼は説明します。
男がいなくなって五年が過ぎたとき、はした女の一家は但馬へ引っ越したのですが、近ごろ姫君のことが気になって、老尼ひとりが様子を見に来たらこの有様だった、とのことです。
また、男が去った後の姫君の暮らしも、「おいたわしいばかりでした」と老尼は言うのでした。
男はそれから姫君を探して、洛中をあちらこちらと歩き回りました。
しかし、姫君の手がかりはつかめません。
そんなある日の夕暮れ時です。
夕立にあった男は、雨宿りに、朱雀門の前にある西の曲殿の軒下に入りました。
そこには乞食のような法師が、先客として雨宿りしていました。
石畳を歩いていった男は、人の気配を感じて、窓のなかを覗き込みました。
するとそこには、破れたむしろをまとった尼が、むしろの上に寝ている病人の女を介抱しているのでした。
不気味なほどにやせ細った病人は、ひと目であの姫君とわかりました。
男はあまりのひどい姿に、声をかけることができません。
姫君は男のいることを知らず、いまのわが身を嘆く歌を詠むのでした。
[ad]
【結】六の宮の姫君 のあらすじ④
それまで声をかけられなかった男でしたが、姫君の歌を聞いて、思わず彼女の名前を呼んだのです。
姫君は上体を起こして、男を見ると、かすかな声でなにごとか叫び、またむしろの上に突っ伏してしまいました。
尼は、実はあの忠実な乳母でした。
乳母と、中に飛びこんだ男は、姫君を抱え起こしました。
彼女の顔には、もう死相が現れています。
乳母は気が狂ったように、雨宿りしていた乞食法師のところへ駆けていって、いままさに死のうとしている姫君のために経を読んでほしい、と頼むのでした。
法師はすぐさま姫君の枕元へ来ましたが、経を読む代わりに、彼女に言うのです。
「往生は他人ができることではありません。
ご自身で阿弥陀仏の名を唱えなさい」と。
姫君は男に抱かれたまま、細々と仏の名を唱えはじめましたが、すぐに幻覚でも見えるのか、火の車が見える、金色の蓮華が見える、と、うわ言を言います。
法師は姫君を叱りつけて、仏名を唱えさせようとします。
姫君はうわ言をくり返すばかりです。
そうして、「暗いなかに冷たい風が吹いています」と言いながら、死に顔に変わっていったのでした。
それから何日かあと、朱雀門の前の曲殿に、あの乞食法師がいました。
そこへ来た侍が、「この頃、ここで、女の泣き声がするそうだが」と尋ねました。
法師に「お聞きなさい」と言われた侍は、耳をすませます。
初めのうちは、聞こえるのは虫の音ばかりでしたが、やがて女の泣き声が細く聞こえてきたのでした。
侍は思わず太刀に手をかけましたが、女の声はだんだんと消えていきました。
法師は侍に「御仏を念じておやりなさい」と勧めます。
そのとき侍は、法師の顔を見て、正体に気づきました。
法師は、空也上人の弟子で、やんごとない高僧の沙門だったのです。
芥川龍之介「六の宮の姫君」を読んだ読書感想
なんとも切ないばかりのお話です。
私は途中まで読んで、これは上田秋成作「雨月物語」のなかの一編「浅茅が宿」と同じパターンのお話かと予想しました。
つまり、夫が用事で家を離れ、何年かのち帰ってきて妻とひと晩の契りを交すと、そこは実は廃屋で、妻は以前に亡くなっていた、というパターンです。
しかし、予想はみごとに裏切られ、本作では、姫君は男の前でただ死ぬだけです。
それも、限りなく零落していって、最期はむしろに伏しています。
哀れなものです。
物語のセオリーを鑑みれば、ラストで女が化けて出て、男に復讐する、というのが正しいように思うのです。
しかし、著者はそれを避けました。
また、避けるために、姫君のキャラクタを愛情の薄い女にしています。
姫君は男に頼っていますが、男を愛してはいません。
愛していませんから、男に捨てられても、そんなに恨みつらみを感じているわけではなく、したがって、男に復讐するというエネルギーが出てこない、という図式です。
確かに、計算上ではそのようになるのですが、個人的には、姫君がかわいそうだなあ、なんとかならなかったのかなあ、と思い、ホロリとするのでした。