著者:太宰治 1948年7月に朝日評論から出版
グッド・バイの主要登場人物
<田島周二>(たじましゅうじ)<本作の主人公、愛人を10人ちかくもつ。雑誌「オベリスク」の編集者だが、それは世間の体裁で闇営業で稼いでいる。34歳><永井キヌ子>(ながいきぬこ)<田島の闇商売の知り合い。かつぎ屋。怪力にひどい鴉声、乞食のような服装だが、顔は良く品もある女。見かけは25.6歳><初老の文士>(しょろうのぶんし)<田島に今回の話のキモとなるある提案をする。田島が愛人と別れようと決心するきっかけとなった男><青木さん>(あおきさん) <日本橋デパート内の美容室で働く田島の愛人の一人。戦争未亡人で腕の良い美容師>〈水原ケイ子〉(みずはらけいこ)〈田島の愛人の一人。洋画家。軍人の兄がいる〉
1分でわかる「グッド・バイ」のあらすじ
愛人全てと別れて実家に置いてきた妻と娘と暮らしたいと思う田島周二。
ある日初老の文士にそそのかされ「にせの美人の女房を愛人の前に連れてくることで諦めさせる」という名案を教えられる。
反発しながらも美人を探す田島は、見かけはいいが中身と声がひどい永井キヌ子と共に行動する。
一人目の愛人の上着に札束を入れ「グッド・バイ」と囁いた。
このままどんどん愛人と別れるストーリーかと思いきや、勝手に金を使ったキヌ子をモノにしてやると意気込み逆襲される。
そして二人目の愛人のところに行くところでーーこの物語は未完で終わる。
太宰治「グッド・バイ」の起承転結
【起】グッド・バイ のあらすじ①
ある文壇の老夫婦が亡くなり、終わった告別式から相合傘で帰る二人がいます。
一人は初老の文士で、もう一人は若いロイド眼鏡に縞ズボンの好男子ーーこれが主人公の田島周二です。
田島は雑誌「オベリスク」編集長で34歳です。
言葉に関西訛り、編集長は世間への体裁で闇商売の手伝いをしていて荒く稼いでいます。
そして愛人が10人もいます。
終戦をむかえ、後妻と白痴である先妻の娘を埼玉の実家に戻して自分は単身東京で寝るばかりの生活をしてゆうゆう暮らしていました。
しかし、3年経ち心境が変り「全部、やめるつもりでいるんです」と文士に語るように愛人全員と別れ妻と娘と暮らしたいという里心に似たものが、ふいと胸をかすめて通ることが多くなっていました。
そんな田島に、初老の文士は別れるのは容易ではないという旨のことを言います。
それを聞いて泣く田島は、この初老の不良文士になにかいい工夫がないものかと聞きます。
文士は、外国に行くのも今の時代ダメなので、女達を一同部屋に呼び出し、別れの卒業証書でも渡してその後で発狂のマネをしてまっぱだかで表に飛び出し、逃げるのはどうかと言います。
まるで相談にならないと思った田島が傘を離れて電車で帰ろうとしましたが、文士はなかなか田島を離さず、そしてある名案を告げます。
「極上の美人を探して連れてきて、その人が女房だと嘘をつき愛人の前に一人一人訪問し、女たち全員自ら引き退らせる」という案を、提示したのです。
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【承】グッド・バイ のあらすじ②
その案に最初は反発した田島でしたが、ほかに思いつかないため、道すがら美人を探します。
ダンス・ホール。
喫茶店。
待合。
オフィス。
デパート。
工場。
映画館。
はだかレヴュウ更には女子大の校庭も覗き見し、美人競争の会場、映画のニューフェースとやらの試験場とやたらと歩き廻りますが、見つかりません。
絶望しかけて夕暮の新宿駅裏の闇市。
歩いていると、そこに、田島の闇の商売相手であるまるで鴉のような声の悪い身なりを整えない、だが隠れた美人と出会います。
名を永井キヌ子といいます。
使えるーーと、田島は思いました。
田島はなじみの闇の料理屋にキヌ子を案内しました。
永井キヌ子はそんなめんどくさい計略をしなければ女と手が切れない田島の優柔不断さをけなします。
更に別れ話だのと言って、まだいちゃつきたいのだと田島の助平さもなじります。
しかし田島は他に手がありません。
ひとのごちそうになる時だけこんなにたくさん食べるのよというキヌ子に、胃拡張ではないか、もういい加減によせ、と口論をしますが、キヌ子も口がうまく、けろりとしています。
田島はりんとして美しい、この世のものとは思えぬ気品のあるキヌ子ににがにがしく思います。
トンカツに鶏のコロッケ。
マグロの刺身。
イカの刺身。
支那そば。
うなぎ。
寄せ鍋。
牛の串焼き。
にぎりずしの盛り合わせ。
海老サラダ。
いちごミルクとどんどん食べて、更にキントンまで食べる大食漢のキヌ子は、お金もくれることを条件に首を縦にふります。
【転】グッド・バイ のあらすじ③
キヌ子のアパートは世田谷方面にあり、朝はかつぎの仕事があるので午後2時以後は暇だということです。
電話で呼び出しどこそこで落ち合い二人揃って別離の相手の女のところに行こう、という手筈になっています。
そうして数日後、二人は日本橋デパート内の美容室に行きます。
一人目の愛人、青木さんは戦争未亡人で美容師でしたが、その給料だけでは生活がやっとなので、田島が生活の援助もしています。
普段はお店には行かない田島ですが、いきなりすごい美人を連れて、彼女のお店に現れます。
キヌ子が田島の妻だと知り泣きながらキヌ子の髪をといてパーマをあてます。
一度外に出て終わった頃に戻ってきた田島は、美容師の白い上着のポケットに紙幣を滑り込ませ「グッド・バイ」と囁きます。
別れたわびしさを胸にキヌ子と口論する田島は、一緒に歩く女に財布を持たせて自分は勘定に無関心の態度を取る男です。
(自身の虚栄心のため)今までの女は無断で買い物などはしなかったのですが、キヌ子は躊躇いもせずに買います。
一万円以上使われ、更にこないだの料理だって安くなかったといきどおる田島は、キヌ子に詰め寄りますが、それなら一緒に歩かなければ良いだろう、と脅迫めいたことを言われため息混じりに引き下がります。
腹が立った田島は、キヌ子をモノにしてやろうと策略を考えます。
電話帳でキヌ子のアパートの住所を割り出した田島は、ウイスキーとピーナッツを持ってキヌ子のアパートに向かいます。
ウイスキーをがぶがぶ飲んで、酔い潰れた降りをして寝てしまい、モノにしてやろうという魂胆です。
しかしドアを開けて驚きます。
25.6の女の部屋とは思えぬ汚さに、たじろぐ田島を、キヌ子は部屋に入れます。
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【結】グッド・バイ のあらすじ④
何かおごらせてやろうと思っていたのに、まんまと本場ものの高いカラスミを買わされ、更に汚いドンブリに盛り付けられ味の素をどっさり振りかけられて高級なカラスミがもったいないと泣きたいような気持ちで食べながら、部屋で酒を呑む二人です。
男に好かれようと思っていないキヌ子の話を聞き、汚いもんぺをけなしながらも仲良く会話をするうちに、汚い部屋でもキヌ子の乞食に似た姿も気にならなくなってきて、キヌ子をモノにしてやろうという悪心がむらむら湧いてきます。
音痴どうしのトンチンカンな会話をしたり、キヌ子に淫乱と罵られて不快になったりしましたが、キザに口説くのが失敗します。
ここで撤退しては男としての名誉に関わると、なりふり構わずねばって成功するために酔い潰れたふりをして寝ようとしても、泊まるのはダメだというキヌ子に怒られ、帰らされそうになります。
このまま帰れるかと田島はキヌ子に抱きつきましたが、怪力で殴られてぎゃっ、と悲鳴をあげ、無様に眼鏡を壊されて裸足で飛び出し階段を踏み外します。
そして、キヌ子の怪力を身をもって知った田島は、愛人の一人、洋画家の水原ケイ子と別れる算段をします。
軍人の兄がいるので、暴れられるのが怖かったのでしたが、風邪をひいているケイ子に優しく別れ話をしてお金を差し出せば感激するだろう、もし暴れたらキヌ子の影に隠れればいいと100パーセントの考えを巡らし、キヌ子に再びの協力をお願いします。
そして、この話はこのままここで未完で終わります。
太宰治「グッド・バイ」を読んだ読書感想
とてもコミカルに話は進みますが、この話を書き終える前に、太宰治は入水自殺をします。
自殺した作家の直前まで書いていた作品を出版する倫理観も驚きですがそれはさておき。
「未完」だからこそ、この話がこれからどのように進んでいくのか読者の想像の余地があってとても面白いです。
水原ケイ子とその兄とのやり取りはどうなるのか?本当の妻とはどうなるのか?初老の文士はその後どう活躍するのか?キヌ子との間柄はどうなるのか?キヌこには謎めいたところがあるがその真相は?などなど、考えると止まらないです。
主人公田島がギャフンと酷い目に合ってほしい人も、円満に終わって欲しい人も、泥沼で終わってほしい人も、この話には終わりがないから自由に想像できます。
自殺した太宰治はどんなラストを想い描いていたのか、どんな気持ちで書いていたのか、太宰治の逸話や人となりに他の作品の構成、さまざまな情報を仕入れるたびに印象が変わる真の名作です。