著者:伊坂幸太郎 2003年11月にミステリ・フロンティアから出版
アヒルと鴨のコインロッカーの主要登場人物
椎名 (しいな)
本作の主人公。春から大学生になる。第一人称「僕」で物語を進めていく。
河崎 (かわさき)
椎名と同じアパートに住む隣人。全身を黒い服装で固めていて、悪魔のようないでたち。
ドルジ
椎名と同じアパートに住む外国人。ブータン出身の留学生。丁寧な片言の日本語を話す。
琴美
ドルジと同棲していた女の子。ペットショップの店員。河崎の元恋人でもある。
麗子
琴美が勤めているペットショップの店長。とても美しい。
1分でわかる「アヒルと鴨のコインロッカー」のあらすじ
吉川英治文学新人賞を受賞し、後に映画化もされた超人気作品です。
主人公は椎名という苗字の、春から大学に通うため、舞台となるアパートへ引っ越してきたばかりの男性です。
主人公がボブ・ディランを口ずさんでいると、共用部分で遭遇した隣人の河崎に、初対面でいきなり「一緒に書店を襲おう」と誘われました。
最初は断ったものの、あれよあれよという間に計画に参加してしまいます。
書店の襲撃のあと、河崎が実は河崎を装った別人(ドルジ)だったことや、書店の襲撃はドルジの恋人であった琴美を殺した犯人に対する復讐であったことなどが徐々に判明していきます。
最後、椎名は実家に帰らなくてはならなくなり、アパートを去ることになります。
伊坂幸太郎「アヒルと鴨のコインロッカー」の起承転結
【起】アヒルと鴨のコインロッカー のあらすじ①
椎名は大学の入学式を目前に控えていました。
引っ越したアパートの住人に挨拶をしようと隣の部屋を訪れますが、チャイムを鳴らしても誰も出ません。
ひとまず自室に戻ると庭から黒猫がやってきて部屋に上がりこみました。
後にわかるのですが、この猫はシッポサキマルマリという名前です。
ふたたび外廊下に出てボブ・ディランを歌っていた時、黒い人物に声を掛けられました。
黒い人物は先ほど訪ねた隣室の住人で、河崎と名乗りました。
河崎は自分のことを死の病から生還を遂げた人間だと紹介しましたが、椎名には悪魔のように見えました。
椎名は誘われるまま河崎の部屋の中に入り、そこでしばし話し込みます。
河崎は、同じアパートの一番奥の部屋に住む、最近恋人と別れたばかりのアジア系外国人を励ますために、書店を襲って広辞苑を奪う話を椎名に持ち掛けてきました。
普通に買ってプレゼントすれば良いではないかという椎名の言を、しかし河崎は一蹴します。
それじゃ意味がない、奪ったものをあげるから良いのだと。
椎名は断り、辞去します。
変な奴だなと思いながらも、椎名は河崎に興味を持ちました。
幾度か、河崎が誘い、椎名が断るといったやり取りを繰り返しますが、椎名はなかなかうんと言いません。
けれどある夜、河崎が突如訪れて椎名に向けて放った言葉は「これから書店を襲いに行くぞ。」
椎名は自分が誘いを断ったこと、そもそも計画は明日のはずだったことを挙げて反論しますが、河崎は「生きることを楽しむコツはクラクションを鳴らさないこと、細かいことは気にしないこと」と相手にしてくれません。
河崎は書店に向かう車の中で、時計を忘れたと言いました。
そして、時計の代わりにボブ・ディランを歌って時間を計れと椎名に言いつけます。
ボブ・ディランの「風に吹かれて」はちょうど三分間だから。
大丈夫、椎名のやることは難しくない。
店員が裏口から出ないように裏口の扉を蹴るだけだから。
椎名はそのまま書店の近くの空き地に連れて行かれます。
車を降りた時には、椎名は手伝う方向に気持ちが傾いていました。
そして行われた銀行強盗。
無事、書店から辞書を奪ってくることができた河崎。
けれど河崎が抱えて出て来たのは「広辞苑」ではなく「広辞林」でした。
ともあれ二人は車に乗り込み、夜の道をアパートへと帰ります。
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【承】アヒルと鴨のコインロッカー のあらすじ②
書店強盗を犯した後の椎名の日常が描かれます。
椎名は大学の新入生なので、入学式があったり、同級生の友人ができたり、教科書を買ったりといったごく普通の生活が送られる中で、本作の謎とヒントが散りばめられていきます。
まず、椎名と河崎は広辞林のお礼に、宝くじを貰いました。
シッポサキマルマリによって届けられた宝くじはしかし、外れくじでした。
これが一つ目の謎です。
また別の日、椎名は学校の売店で教科書を買いますが、途中、確保した本の中の一つはすでに購入済みなのではないかという既視感に襲われます。
すぐに河崎に電話して、自分の部屋へ入って確認してみて欲しいと頼みます。
河崎は椎名の指示通りに動いてくれましたが、椎名が以前買った教科書はまるごと無くなっていると伝えてきました。
これが二つ目の謎です。
椎名は教科書がまるごと盗られた事実に混乱し、昨日強盗を行った書店に訪れます。
そこでレジの女の子と会話をし、書店の店長の息子が江尻という名前であるということ、江尻がとんでもなくアバンギャルドで最低な人間であるという情報を得ます。
その夜、椎名の家に電話がかかってきます。
実家の母親からでした。
電話の内容は、父親の具合が悪くなったから大学を辞めて戻ってくる気はないか、というものでした。
椎名の実家は靴屋を営んでいます。
母からの電話を受けどことなく暗い気持ちになった椎名は、夜中、付近の散歩に出掛けます。
途中、河崎を見かけました。
河崎は付近の駐車場に停めてある車に乗り、何処かへ出かけます。
椎名は河崎の行動を不振に思います。
これが三つ目の謎です。
椎名は麗子さんに会いに行きます。
河崎がどういった人間なのか訪ねに行ったのです。
麗子さんは「あなたは河崎、ドルジ、琴美の三人の物語に巻き込まれたのね」と言いました。
これが四つ目の謎です。
また、物語は琴美視点の話も入れ子状にして進行していきます。
琴美視点の話は椎名の入学よりも二年前にさかのぼった時点で起こったことです。
そのころ琴美とドルジは同棲していました。
琴美はドルジに様々な日本語を教えていました。
例えば、アヒルが外国の鳥で、鴨は日本に元々いる鳥だということだとか。
琴美、ドルジ、河崎の三人は知り合いで、また親しい仲でもありました。
琴美とドルジはひょんなことから当時頻発していたペット殺しの犯人たちに出会い、そして犯人たちから脅しを受けるようになります。
【転】アヒルと鴨のコインロッカー のあらすじ③
椎名はアパートに戻りました。
そこで衝撃の事実が判明します。
河崎は本当の河崎ではなかったのです。
本当の河崎は半年前に病気を苦にして自殺していました。
椎名の目の前に居てしゃべっているのは、本当はドルジだったのです。
アパートの一番奥の部屋に住んでいるのはアジア系外国人ではなく、山形出身の日本人で、単に性格の問題でもともと人付き合いが悪く、チャイムを押しても居留守を使うタイプの人間でした。
河崎(ドルジ)が言うには、河崎(本物)から日本人が使う日本語をみっちり教えてもらったので、日本人とそん色ないしゃべり方ができるようになったということです。
けれど、文字は読むのは覚束ない。
だから椎名が教科書の問題で電話をかけてきた時に、指定された教科書が本の山の中にあるのかどうなのかわからず、全部盗まれたことにしたそうです。
シッポサキマルマリのしっぽに宝くじをくくりつけたのも河崎(ドルジ)でした。
宝くじの当選番号を確認するために新聞を見るだろう、そのときに前夜の書店襲撃事件の記事が載っていれば、椎名が気付くだろうという考えです。
河崎(ドルジ)には新聞は読めませんが、椎名ならば読めます。
河崎(ドルジ)は、外国人だという事がバレれば、書店強盗の仲間になってもらえないと思った、と言いました。
河崎(ドルジ)は、経験的に日本人が外国人に対して排他的な側面を持っていることを知っていました。
入れ子状に語られる過去の話も、ここへきて最高潮へと向かいます。
琴美を脅していたペット殺しの犯人たちが、ついに行動に移したのです。
琴美が一人きりになったときを狙ってミニワゴンに連れ込もうとしました。
通りがかりの河崎に助けられて事なきを得た琴美でしたが、すぐに警察に通報することはしませんでした。
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【結】アヒルと鴨のコインロッカー のあらすじ④
麗子、椎名、河崎(ドルジ)の三人で動物園へ行くことになり、そこで河崎(ドルジ)の口から一部始終が語られました。
まず、二年前のことです。
ペット殺しの犯人たちの居所を突き止めてから警察に通報しようと決めた琴美が、ドルジと共に目星をつけていたファーストフード店に赴き、警官を連れてきます。
しかしペット殺しの犯人たちはすぐさま逃亡を図ります。
裏口から外へ出て、車に乗って発進しました。
彼らが逃げ去るのを止めようとして琴美は車の前に飛び出し、撥ねられ、亡くなってしまいます。
犯人たちの方も無事ではなく、琴美を撥ねた衝撃でトラックとぶつかり、三人中二人が死亡します。
生き残った一人が、なんと先日椎名と河崎(ドルジ)が襲った書店の店長の息子「江尻」だったのでした。
琴美の死後、河崎(本物)と河崎(ドルジ)は何としても江尻の場所を突き止め、復讐してやろうとふたりで心に固く誓いました。
河崎(本物)が亡くなった後においてもその決意はついえることはなく、河崎(ドルジ)は椎名を誘い実行したのでした。
しかし実際にはその場で殺しきることはできなかったので、ある公園の奥にある林にくくりつけ、生きたままカラスに食わせて鳥葬にしようとしたのです。
河崎(ドルジ)は毎晩公園に通って死なないように食物を与えました。
麗子さんは河崎(ドルジ)に自首を勧めました。
河崎はそれに対し曖昧に返事をし、代わりに椎名に「神様を閉じ込めに行かないか?」と誘います。
神様とはボブ・ディランのことです。
河崎(ドルジ)はボブ・ディランの声を、神様の声だと言います。
ふたりは駅に行き、コインロッカーの前までやってきました。
河崎(ドルジ)はコインロッカーにボブ・ディランを流し続けるラジカセを入れて、鍵をかけました。
「神様を閉じ込めておけば、悪いことをしてもバレない」と琴美が言っていたと言い、その場を離れます。
ふたりは駅から少し離れた場所で別れました。
翌朝、母親から電話があり、すぐに実家に帰ってくるように言われます。
椎名は大学を辞めて実家を継ぐ覚悟を決め、アパートの部屋を出ます。
実家に戻る旨を伝えておこうと隣の部屋のチャイムを押しますが、河崎(ドルジ)は出てきません。
椎名はアパートをでてすぐのところで黒い柴犬に会います。
「帰るのか?」と聞かれたような気がしたので、「戻って来るよ」と答えて、そしてふたたび椎名は歩き出します。
伊坂幸太郎「アヒルと鴨のコインロッカー」を読んだ読書感想
伊坂幸太郎さんの書く作品は、後半に行くにつれて散りばめられた謎が次々回収されていくものが多い印象ですが、特に本作はミスリードがすごい作品だなと感じました。
私は、ミステリーはたまに読む程度です。
何故かというと、トリックがまるで解らないので癪に障るからという、非常に情けない理由からです。
それにしても本作は、いきなり河崎は河崎じゃないという切り口でと来るものですから、思わず「え」と声に出てしまいました。
過去の河崎と現在の河崎が別人だなんて、読んでいて全く分かりませんでした。
文章だからこそできるテクニックだなと思いましたし、ここまでハッキリやられてしまうと、それはもう、スパでマッサージでも受けたような爽快感を感じました。
いつも、伊坂幸太郎さんはとても知識の多い方なのだなと思いながら読んでいます。
音楽や映画、その他のジャンルの知識もとても豊富で、つなげ方がとても自然。
本作でも、ボブ・ディランやブータン人のドルジが出てきますが、音楽とブータンの文化思想、これが物語とものすごく上手に融合しています。
読む価値のある作品だと思います。