白髪鬼の主要登場人物
大牟田敏清(おおむたとしきよ)
九州西岸のS市に住む子爵。17歳で家督を継いだ。
川村義雄(かわむらよしお)
敏清の三つ年下の親友。美術学校で洋画を学んだ。
瑠璃子(るりこ)
零落した士族の娘。敏清が大学を卒業したときに18歳。美人。
住田(すみた)
敏清の妻の瑠璃子が温泉療養したときに診察した医師。
朱凌谿(しゅりょうけい)
シナ海を荒らしまわった海賊王
1分でわかる「白髪鬼」のあらすじ
若くして家督を相続した大牟田敏清子爵は、無二の親友もおり、美しい妻をめとり、人生の絶頂にいました。
が、あるとき、誘われた遊びに行った渓谷で、岩から落ちて意識を失いました。
気がついたところは棺の中です。
一度死んで、生き返ったのです。
必死に棺の板を破って外に出ると、そこは大牟田家が所有する石室式の墓場でした。
石室の中には、海賊が隠した財宝が置いてありました。
敏清は食料を求めて、次々と棺を破ります。
すると、最後の棺は、海賊が掘った抜け穴に通じていたのです。
外に出た敏清は、恐怖体験から白髪頭の老人に変化していました。
彼は、自分が渓谷で死んだのは事故ではなく、親友の細工のせいだと知ります。
しかも、妻の瑠璃子と親友は、以前から不倫の関係にあったのでした……。
江戸川乱歩「白髪鬼」の起承転結
【起】白髪鬼 のあらすじ①
大牟田敏清の先祖は、九州S市周辺の十数万石の大名でした。
敏清自身は子爵の身分で、十七歳のときに親を亡くして、莫大な財産を受け継いでいます。
大学時代に川村義雄という親友ができ、やがて瑠璃子という美しい妻をめとりました。
あるとき、敏清はチフスを患い、三月入院しました。
退院してみると、瑠璃子は皮膚のできものがひどく、人を寄せつけません。
瑠璃子は療養のために、遠くのY温泉のそばにある別荘に行くことになりました。
回復には半年かかり、戻ってきたのは、敏清がチフスで入院してから数えて、1年後のことでした。
敏清はこのとき三十歳。
しばらくして、敏清は川村に誘われ、瑠璃子を伴って、地獄谷という峡谷へ遠足に行きました。
そこには地獄岩という巨大な岩があり、川村の次に、敏清も登ります。
川村に勧められて、岩の先端に立つと、岩が崩れて、敏清は川に落ち、意識を失ってしまったのでした。
敏清が意識を取りもどしたのは、棺の中でした。
空気がなくて呼吸ができません。
もがいて、ようやく板をはがし、外へ出てみると、そこは大牟田家代々の棺を納める石室の中でした。
海賊、朱凌谿の隠した財宝がありましたが、食料は何もありません。
あさましくも、並んだ棺を暴いていきますが、死体はどれも白骨化しています。
しかし、最後の棺を開けると、そこには、海賊が作ったと思われる秘密の抜け穴があったのです。
抜け穴を通って外へ出た敏清は、経帷子を来た姿で家に帰るわけにもいかず、海賊の財宝からお金を失敬して、古着屋へ入りました。
古着屋が勧める着物があまりにも年寄向きなので、いぶかって鏡を見てみると、敏清は、墓に閉じこめられた恐怖から、白髪の老人に変わり果てていたのでした。
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【承】白髪鬼 のあらすじ②
古着屋の主人は、瑠璃子のことをふしだらな女だと言います。
実は、主人は若いころ、妻に浮気され、その現場に踏みこんで、二人とも殺害した過去がありました。
もちろん、懲役は済んでいます。
主人は、先日、大牟田家の葬式の列に偶然ぶつかったときに、瑠璃子の笑顔を見て、自分のかつての妻と同じだと思ったそうです。
敏清は、瑠璃子に限ってそんなことはない、と、古着屋の言うことなど信じません。
歩いて自宅にもどった敏清は、家人を驚かさないように、裏口からこっそりと中に入りました。
すると、瑠璃子と川村が、べたべたと体を寄せあって裏庭に出てきて、ベンチに腰かけます。
ふたりは抱き合って、濃厚なキスまでするではありませんか。
そうしてふたりの会話を聞いていると、あの地獄谷でのことは、川村が細工したせいだとわかりました。
また、川村は、敏清以外に、ひとり殺していると言います。
敏清は、警察になど訴えず、自分でふたりに復讐することを決意します。
敏清は、墓から朱凌谿の財宝を持ってきて、上海に渡りました。
親戚で、昔南米に渡ったまま音信不通の、里見重之という男になりすまします。
変装し、それらしい演技も身につけます。
ちょうどその頃、上海で朱凌谿が捕まりました。
行ってみると、朱凌谿は、敏清のことを、変装した自分の部下だと勘違いします。
彼は、どのみち助からないことを覚悟し、墓に隠した財宝を敏清に譲り渡すと宣言しました。
これで財宝は正式に敏清のものとなりました。
日本に帰った敏清は、川村と会って、高価な宝石を瑠璃子への土産として渡してやってほしい、と依頼します。
それから敏清は、瑠璃子ができものを治療するために温泉地に行っていた際、診察してもらった住田という医師に話を聞きました。
実は、住田は川村にそそのかされ、一度も瑠璃子を診察せずに、敏清からの問い合わせには、適当な返事をしていただけなのでした。
【転】白髪鬼 のあらすじ③
敏清は、かつて瑠璃子が療養したY温泉地に向かいました。
すると、当時瑠璃子に付き添っていた婆やの豊がいました。
豊は、大牟田家の別荘に入っていき、庭にある紅葉の根本にしゃがんで、拝みます。
敏清は出て行って、何があったのか白状しろと迫りました。
豊が白状しないので、敏清は自分の推理を言って聞かせます。
瑠璃子は川村の子を妊娠し、この別荘で産んで、殺し、庭に埋めたのだろう、と。
事実と認めた豊に、敏清はお金を渡して去らせました。
豊は、すでに瑠璃子から暇を出されていたのでした。
一週間ほど後、川村が瑠璃子をともなって、ホテル住まいの敏清を訪ねてきました。
彼らから聞いた話では、大牟田家は親戚が後を継ぎ、瑠璃子はわずかなお金をもらって、小さな別宅に住むことになるというのです。
(戦前は、妻の相続権が限られていたようです。
)そうこうするうちに夜となり、敏清は部屋を停電させ、幻灯機を使って、自分の両目を、ふたりがいる部屋の壁にアップで映しました。
ふたりは敏清の目にショックを受けました。
それは復讐のほんの手始めにすぎませんでした。
またある日、敏清は買いとった別荘に、瑠璃子、川村、住田の三人を招待しました。
そこは実は、瑠璃子ができもの療養のためと偽って滞在した、大牟田家の別荘だったのです。
敏清は、庭からこんなものが出てきた、とビン詰めの赤ん坊の死体を見せます。
それは、あらかじめ別のところから仕入れたものです。
川村と瑠璃子は、自分たちの子だと勘違いし、ショックを受けます。
翌日、敏清が瑠璃子に詫びているところへ、川村がやってきました。
彼は、金持ちの伯父が危篤なので、大阪へ行くと言います。
伯父が死んだら大金が入る、と川村は喜んでいます。
敏清は気をきかせて退出し、隠れて部屋の様子をうかがいました。
川村が瑠璃子に結婚を迫りますが、瑠璃子ははぐらかします。
しかし川村は、それが承諾の返事だと誤解したようです。
川村が大阪へ行ったすきに、敏清は瑠璃子にプロポーズし、承諾の返事をもらいました。
川村の伯父が亡くなり、彼が戻ってくるのに合わせて、敏清は歓迎パーティを開きます。
その席で、敏清は、瑠璃子との婚約を発表しました。
裏切られたと知った川村は、敏清につかみかかります。
敏清は、自分が今別荘にいることを川村に教え、それとなく彼を誘うのでした。
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【結】白髪鬼 のあらすじ④
夜になり、川村が別荘にやってきました。
包丁を隠し持ち、敏清を殺すつもりでいます。
敏清は、黄金の仏像を保管するため、と称して造ったお堂の、外周の部屋で彼を待ちます。
執事に案内されて、お堂の内側の部屋に入った川村は、ドアを閉じられ、閉じこめられました。
のぞき窓から、敏清は川村に、部屋に置いてある箱を見てみろ、と言います。
箱の中には、腐った赤ん坊の死体が入っていました。
実際は別のところから持ってきた死体ですが、敏清は、お前の子だ、と川村を責めます。
そして、黒眼鏡を取って、川村に目を見せ、自分が敏清であることをわからせます。
復讐の始まりです。
コンクリート製の天井がゆっくりとおりてきて、川村を徐々に押しつぶしていったのでした。
それからしばらくして、敏清は瑠璃子と結婚式をあげました。
教会で誓いの言葉を述べるとき、作り声ではなく、敏清の声で述べます。
また、瑠璃子の指にはめる結婚指輪は、かつて敏清と瑠璃子の結婚式で用いた指輪です。
瑠璃子はショックを受け、失神しました。
新居で意識を取りもどした瑠璃子に、敏清は、財宝を見せると言って、外に連れ出します。
連れていったのは、大牟田家の石室の墓。
中に入ると、棺が三つあります。
そのひとつに、海賊の財宝の宝石がびっしりと入っていました。
瑠璃子は大喜び。
しかし、二つ目の棺には、川村の死体と、腐った赤ん坊の死体が入っていました。
三つ目の棺は、かつて敏清が入れられ、脱出したものです。
敏清は、瑠璃子にすべてを打ち明け、復讐を告げました。
瑠璃子は許しを乞いますが、いくら懇願しても無駄だと知って、敏清をののしり、つかみかかってきます。
結局は敏清が勝ち、瑠璃子を墓に閉じこめました。
すると、中から奇妙な声が聞こえてきます。
ほんの少しだけ扉を開けてみると、瑠璃子は発狂し、腐った赤ん坊を抱いて、子守唄を歌っているのでした。
江戸川乱歩「白髪鬼」を読んだ読書感想
英国の作家、マリー・コレリの「ヴェンデッタ」(復讐)を、明治期に黒岩涙香が翻案。
それを少年時代に読んだ江戸川乱歩が、のちに、さらに自分なりに翻案したのがこの作品です。
雑誌に発表されたのが、昭和6年〜7年(西暦1931年〜1932年)。
非常に古い作品ではあるのですが、今読んでみると、文章の読みやすさに、まず驚きます。
表現こそ少し古めかしいものの、セリフと地の文が、すいすいと頭に入ってくるのです。
誤解を恐れずに言えば、現代のライトノベルっぽい感じさえするのです。
次に、印象深かったのは、淫靡な官能シーンです。
女性の性器も、乳房さえも出てきません。
にもかかわらず、女性の手の動きとか、のどの線とか、さらりと書かれた文が、おそろしくエロいのです。
たかがこのくらいの表現で、どうしてこんなにも、と感嘆せざるを得ませんでした。
それから、印象深かったことの三つ目は、残酷さです。
ラストで自分を殺したふたりに復讐をとげるのですが、その残酷さと言ったらありません。
気の弱い人なら、目をそむけたくなるでしょう。
しかし、前半、主人公が味わる恐怖がすごいものですから、後半の残酷さが、かろうじて受け入れられるのだと思いました。
とにかく、強烈な作品ですので、読み終わって、ハアーッと大きく息を吐きたくなったのでした。