著者:泉鏡花 1908年1月に春陽堂から出版
草迷宮の主要登場人物
小次郎法師(こじろうほうし)
本作の主人公。修行のため諸国一見の旅をしている。
葉越明(はごしあきら)
法師の前に秋谷の屋敷に宿泊していた、旅の青年。母の手毬歌と幼馴染を探している。
茶屋の姥(ちゃやのうば)
秋谷の大崩壊で茶屋を営んでいる。
宰八(さいはち)
茶屋の姥の夫。事故で半身が不随になった。
1分でわかる「草迷宮」のあらすじ
小次郎法師は修行のため、諸国を旅しています。
そしてたどり着いたのは、「魔所」と呼ばれて恐れられる秋谷の大崩壊でした。
法師はそこで茶屋の姥から、秋谷が怪異の地であることを聞きます。
法師は姥に頼まれ、秋谷の屋敷に宿泊することになりました。
屋敷はかつて長者の住む大豪邸でした。
しかし荒れ放題となり、怪異の起こる「草迷宮」と呼ばれていたのです。
屋敷には葉越明という学生が泊まりこんでいました。
明は母の手毬唄を探し、日本中を旅していたのです。
その晩、法師は怪異に襲われます。
そして法師の前に現れたのは、秋谷悪左衞門と菖蒲という2人の悪魔でした。
明の幼馴染であった菖蒲は、どんなに脅かしても逃げ出さない明を気づかい、屋敷を出ていくことを決意したのです。
泉鏡花「草迷宮」の起承転結
【起】草迷宮 のあらすじ①
秋谷の大崩壊は「魔所」と言われています。
不思議な声を聞いた人々がことごとく不幸な目に遭ったため、地元の人々には恐れられていました。
僧侶・小次郎法師は、諸国一見の修行中でした。
そして秋谷の大崩壊に差し掛かり、茶屋で一服していたのです。
するとみすぼらしい身なりの男が現れて、法師を見るなり「石を食っている」と下品に笑いました。
法師が茶屋の姥を問い詰めると、秋谷の名物である海岸で削られた岩「子産石」と勘違いしたのだろうと言います。
そして姥は、「あれは気ちがいだ」と答えたのです。
その気ちがいは、名前を嘉吉といいました。
大層な怠け者で、しかも無類の酒好きでした。
酔い潰れて主人にも見捨てられているところを、姥の夫である宰八に拾われたのです。
宰八がほかの荷物とともに、嘉吉を荷車に乗せて運んでいると、声をかけてきた女がいました。
女は「自分は明神様の侍女だ」と言い、顔を団扇で隠しています。
そして嘉吉を引き取ると、宰八を追い払ってしまったのです。
しかし宰八は、こっそりと草陰から様子を見ていました。
女は嘉吉を起こすと、緑色の珠を与えました。
女のその美しさに、宰八はぞっとします。
しかし嘉吉は、あろうことか女に襲いかかったのです。
その拍子に嘉吉は、女の顔を見てしまったようでした。
「ばけもの!」と叫び、嘉吉は逃げ出しました。
それ以来、嘉吉は頭がおかしくなってしまったのです。
そして取り残された宰八は、女の歌声を聴きました。
「ここはどこの細道じゃ」
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【承】草迷宮 のあらすじ②
小次郎法師は、宰八に案内されて「黒門」と呼ばれる秋谷の屋敷に向かいます。
宰八は不気味がり、「とおりゃんせ」の唄を嫌っていました。
秋谷の子供たちが、口々に歌っていたのが「とおりゃんせ」だったのです。
子供たちは芋の葉っぱでお面を作り、顔を隠しては歌う遊びを繰り返していました。
大人たちは薄気味悪く思い、やめさせようとしていたのです。
中でも心配していたのが、秋谷の長者・鶴谷喜十郎でした。
喜十郎は秋谷の大豪邸を息子夫婦へと譲り、隠居して暮らしていました。
しかし息子の喜太郎は、嫁と愛人を同時に妊娠させてしまったのです。
嫁と愛人、そしてその赤ん坊たちは、出産に耐えきれず亡くなりました。
喜太郎もまた悲しみのあまり、井戸に身を投げ自殺してしまいます。
こうして5人もの死者を出したことで、地元の人々は不気味がり、屋敷に寄り付かなくなりました。
そして秋谷の屋敷は怪異の起こる「草迷宮」として、恐れられるようになったのです。
茶屋の姥は小次郎法師に、草迷宮に念仏をあげるよう頼んだのでした。
さて秋谷の屋敷では、下男の「苦虫の仁右衛門親仁」が待っていました。
仁右衛門は、下宿している先客を紹介します。
先客の名前は葉越明。
旅をしている学生でした。
仁右衛門もまた、不気味な体験をしていました。
ある日仁右衛門は、川上から手毬が流れてくるのを明とともに見つけます。
明は仁右衛門の静止も聞かず、川に入って手毬を拾いました。
すると手毬の下から出てきたのは、猫の死骸だったのです。
そして手毬は、まるで夢のようにいつの間にか消えてしまったのでした。
【転】草迷宮 のあらすじ③
明は人懐こい性格で、小次郎法師とはすぐに打ち解けました。
法師は茶屋の姥が、明の顔色が日に日に悪くなることを心配していることを告げます。
明は秋谷の屋敷に泊まり始めてから、起こったことを話し始めました。
最初の10日間ほどは、村人が3、4人で泊まりに来ていたのです。
しかし畳が持ち上がる、洋燈が浮くといった怪異が、村人たちを襲いました。
落ち着くようにと声を掛ける明を尻目に、村人たちはそのたびに大騒ぎです。
猪口を踏みつけ、怪我をする者まで現れる始末でした。
そしてある晩、村人の持ち込んだ小刀が消えるという事件が発生します。
なんとか小刀は発見されましたが、さすがの明も肝を冷やし、それ以来屋敷では刃物を一切禁止するようになったのです。
その後も怪異は立て続き、いつしか村人も屋敷を訪れなくなりました。
それでも明が屋敷に残るのは、探し物があったからです。
1つは亡き母が歌っていた手鞠唄。
もう1つは、幼い頃に神隠しにあったまま行方知れずとなっている、幼馴染の菖蒲でした。
5年もの間、津々浦々を探し続けた明は、嘉吉の遭遇した怪異を耳にします。
聴き覚えのある歌を口ずさむ不思議な女、そして川から流れてきた手毬を見て、この屋敷に探し物の手がかりがあるのではと推測したのです。
明は、屋敷の怪異は明の私欲的な慕情が引き起こしているのだと考えていました。
しかしその罰を受け入れてでも、母の手毬唄をまた聴きたいと明は決意していたのです。
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【結】草迷宮 のあらすじ④
その晩、小次郎法師と葉越明、また宰八をはじめとする村人たちが秋谷の屋敷に泊まることになりました。
しかし一行を怪異が襲います。
亡くなった息子夫婦の妻の幻も出現し、村人たちは一目散に逃げて行ってしまいました。
結局、法師と明だけが屋敷に残ります。
2人は肩を並べて眠ることにしました。
しかし明はうなされ、法師は再び怪異に襲われます。
法師が仏像を取り出し念仏を唱えていると、声をかけてきた者がありました。
見るからに立派な身なりをした男は、法師の前にのっしと座ります。
そして名前を秋谷悪左衛門と名乗りました。
悪左衞門は悪魔でした。
しかし悪魔は人を呪うものではなく、むしろ人を避けるものでした。
それでもたまたま悪魔の姿を見てしまった人が、驚いて心身を病んでしまうのです。
悪左衞門は人のいないところを選び、眷属たちと屋敷に住み着いていました。
しかしそこへやってきたのが明です。
明はどんなに脅しても、強い決意で居座り続けました。
そしてこの夜は、夢の中で法師を毒殺するように仕向けたため、明はうなされていたのでした。
しかしそれにも失敗し、悪左衛門は屋敷を出ていくことに決めたのです。
そこに現れたのは絶世の美女でした。
呆気に取られる法師に、美女は明の幼馴染・菖蒲と名乗ります。
菖蒲は明が探し求めていることを知っていました。
また明の母の手毬唄も覚えています。
明を起こして唄を聴かせば、明が離れがたくなることもわかっていました。
そうすると明は、菖蒲と同じ悪魔になってしまうでしょう。
菖蒲はいつか天上界から、明の母の手毬唄が聴こえる日が来るだろうと予言します。
そして法師に怪我をした人々への見舞金を手渡すと、屋敷を去って行ったのでした。
泉鏡花「草迷宮」を読んだ読書感想
泉鏡花といえば、明治時代の幻想文学として知られています。
夢か現実か幻か。
この物語もまた読み進めるにつれ、彼岸と此岸の境界が曖昧になっていく感覚を味わえるでしょう。
はじまりは茶屋の姥や夫の宰八など、人々が語る怪奇譚です。
そこから主人公・小次郎法師は秋谷の屋敷へと導かれ、怪異の世界の深淵へと足を踏み入れていきます。
読者もまた、いつの間にか後戻りできない怪異の世界へと引き込まれていきます。
しかし泉鏡花の描き出す不可思議な現象の数々は、不気味でありながら同時に美しさも感じます。
特に嘉吉を気ちがいにした、団扇で顔を隠した謎の美女。
まるで浮世絵のような立ち姿が目に浮かぶようでした。
そして泉鏡花の作品の特徴といえば、「母性の追求」もその1つといわれます。
本作も子産石の伝承があり、母の手毬唄に恋焦がれる葉越明が登場します。
それが怪談文学でありながら、どこか悲哀を感じる理由でしょう。
これは現代におけるジャパニーズホラーにも通じるように思います。
また本作は、有名な江戸怪談『稲生物怪録』を下敷きとしています。
子産石の伝承も、実際に全国各地に存在しています。
民間伝承に興味がある方には、より楽しめる作品です。