著者:芥川龍之介 1922年1月に新潮社から出版
藪の中の主要登場人物
多襄丸(たじょうまる)
女好きの盗人。過去に女性と幼女を殺害している。真砂を手籠にした。武弘を殺したのは自分だと証言する。
金沢の武弘(かなざわのたけひろ)
若狭の国府の侍。気立の優しい26歳の男性であり、真砂とは夫婦。降霊術により巫女の口を借りて、自分は自害したと証言する。
真砂(まさご)
19歳の勝ち気な性格の女性。武弘とは夫婦だが多襄丸に手籠めにされる。武弘を殺したのは自分だと証言する。
1分でわかる「藪の中」のあらすじ
夫婦で若狭の国を目指す途中に侍である夫が死に、その死について様々な目撃者や、関係者の証言のみの語り口で進んでいく物語です。
最初は遺体の状況や生前の夫婦の様子、犯人の目星等の話しで何ら違和感なく進んでいきますが、犯人とされた盗人の多襄丸、妻の真砂、巫女の降霊術で語る夫の武弘の証言が全て矛盾し、それぞれが武弘を殺したのは自分だと言います。
そして最後の武弘の証言の中に不可解な人物が登場し幕を閉じる奇妙な物語です。
芥川龍之介「藪の中」の起承転結
【起】藪の中 のあらすじ①
検非違使に問いただされた木樵の証言から物語が始まります。
朝、杉を切りに山へと入った木こりは藪の中に男の遺体を見つけました。
胸をひと突きにされ、仰向けに倒れた男の遺体の傍には縄と櫛が落ちていただけだと言います。
太刀と弓矢は落ちていなかったかという検非違使の問いかけも否定しています。
次に旅法師の証言によると、昨日の昼頃に遺体の男を見かけたと言います。
男は太刀と弓矢を持っており、馬に乗った女と一緒にいたが牟子を垂れていて顔は分からなかった、馬は月毛の法師髪だったとのことです。
そして、多襄丸という盗人を捕まえた男の証言です。
昨日の夜頃、月毛の法師髪の馬から落ちて唸っているところを捕まえたと言い、以前捕らえ逃した時にも打ち出しの太刀は持っていたが、今回は弓矢も所持している。
きっと多襄丸が男を殺したに違いない上に、以前多襄丸は女性と幼女をを狙って殺害している、そうなれば女の方もただでは済んでいないので合わせて詮議して欲しいと申し出ました。
4人目は女の乳母が証言します。
遺体は娘の夫で間違いなく、若狭の国の国府の侍で金沢の武弘という26歳の気立ての優しい男でした。
決して他人から恨みを買うような性格ではありません。
娘、つまり女は真砂という19歳の勝ち気な性格の持ち主で武弘の妻です。
どうか希望は薄くとも見つかっていない娘の行方を探して欲しいと泣いて懇願します。
そして次に犯人とされる多襄丸の白状が始まるのでした。
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【承】藪の中 のあらすじ②
捕らえられた多襄丸の白状が始まります。
男を殺したのは自分だが、女は殺していないし、行方も分からないと言います。
事の経緯は昨日の昼過ぎの事でした。
あの夫婦に出会った多襄丸はそよ風が真砂の牟子を靡かせ、一瞬顔を現したのを見て、女菩薩のような顔に感じ、武弘を殺してでも真砂を奪いたくなりました。
しかし、真砂を奪うという目的を達成できればいいので、なるべく武弘を殺さないように策を考えました。
そして夫婦の道連れになると「自分は古塚を暴いて太刀や鏡を見つけたのだが、それを藪の中へと隠し埋めてある。
もし買い手がつくならどれでも安い値段で売り渡したい」と話し始めたのです。
これで武弘は欲に駆られ、言われるがままにとうとう薮の前へと来てしまいました。
「この藪の中に隠してあるからついてきてくれ」と言うと武弘は承諾し、真砂はこの道端で馬に乗ったまま待っていることにしました。
竹藪の中を2人で進み、ちょうど杉のある開けた場所を見つけた多襄丸は「杉の下に埋めてある」と嘘をついて2人でその場所に出た途端、武弘を組み伏せ、盗みに使うために持ち歩いていた縄で杉の木に縛り付けると落ち葉を武弘の口に詰め込み、声を上げられなくしました。
それから真砂の元へ「男が急病を起こしたので見に来てくれ」と呼びにいき、慌てる真砂の手を引いて、縛られている武弘の前へと連れて行きました。
それを見た真砂は瞬時に懐から小刀を抜き、多襄丸に向けましたが払い落とされてそのまま手籠めにされてしまいます。
多襄丸はこのまま逃げるつもりでしたが、腕へと泣き伏した真砂が縋り付き「2人の男に恥を見られたのは辛いので、どちらか死んでくれ。
生き残った方と連れ添う」と燃えるような瞳で叫ぶように言います。
その瞳や表情に当てられた多襄丸は無性に武弘を殺したくなり、武弘を殺すまでは藪の中からは去らないと決意します。
しかし卑怯な真似はしたくないので縄を解き、立ち上がり太刀を抜いた武弘と激しく切り合い、武弘の胸を貫いて殺害しました。
そして振り返った先に真砂は居らず、切り合いのうちに助けを呼ぶために逃げたのではないかと思った多襄丸は、追手に備えて武弘の弓矢と太刀を盗むと薮の中から出ました。
薮の外には真砂の馬が居たのでこれも奪ったというのです。
ただ、都に入る前に武弘の太刀は捨ててしまったと。
自分の白状はこれだけで極刑に処してくれと多襄丸は話しを締めました。
【転】藪の中 のあらすじ③
今度は清水寺へと逃げ込んでいた真砂の証言が始まります。
真砂は手籠めにされた後、縛られた武弘に駆け寄ろうとしたところを多襄丸に蹴られて倒れました。
そして武弘と目があうとその中に、真砂を蔑む冷たい光が宿っているのを感じました。
その目の色を恐れた真砂は何か叫んだ後気を失います。
気がつくと多襄丸はもうそこには居らず、武弘が縛り付けられたままになっていました。
しかし相変わらず武弘の瞳に蔑み、憎しみ、恥、怒り等の感情をみとめた真砂はよろよろと立ち上がり「こうなったら、もう一緒にはいられない。
私は死ぬ覚悟だが、貴方も私の恥を見てしまったので死んで欲しい」と伝え、忌まわしいものを見るような武弘の目を見ました。
そして太刀を探しましたが、弓矢諸共多襄丸に盗まれたのか見当たりません。
しかし、真砂の抜いた小刀だけは足元に落ちていたのでそれを振り上げ「お命頂かせてもらいます。
私もすぐにお供します」と伝えると武弘の唇が動き、詰められた落ち葉のせいで声こそ出ていないものの、それが「殺せ」と言っていると悟った真砂は武弘の胸を刺し、またもや気絶します。
あたりを見回した時には日も暮れ武弘は既に絶命していたので、泣きながらその縄を外したそうです。
その後は武弘の後を追おうと喉に小刀を突き立てたり、池に身投げをしたものの死にきれなかったと言いながら、自分の夫を殺した罪と盗人に手籠めにされた事実に打ちひしがれ泣き続けていました。
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【結】藪の中 のあらすじ④
最後は、巫女の口を借りたる死霊の物語と題して武弘が語ります。
多襄丸は真砂を手籠めにした後、真砂を慰め始めたので武弘は必死に真砂に「その男の言うことを信じるな」と目配せして訴えます。
しかし、真砂は悄然として座り込み、自身の膝を見つめているばかりで多襄丸の話しに聞き入っているようにも見えました。
多襄丸は「このまま夫婦でいてもこんなことがあっては上手くいかない。
俺の妻になる気はないか?」と言うと真砂はうっとりとした美しい表情を見せました。
そして「どこへでも連れていってください」と答え多襄丸に手を引かれて薮を抜けようとするところで、突然顔色を変えると武弘を指して「あの人を殺してください」と何度も叫び立てたのです。
多襄丸は自身の腕に縋る真砂をじっと見て、尚も喚き立てる真砂を蹴倒すと武弘に「女を殺すか生かすか決めろ」と言い放ちます。
武弘がためらっているうちに真砂は何か叫んで薮の奥へと走り出し、多襄丸も真砂へ飛びかかりましたが捕まえることができません。
多襄丸は武弘の弓矢や太刀を取り上げると、縛っていた縄の一部を切り薮の外へと逃げ出しました。
泣きながら縄を解いた武弘は落ちていた小刀を拾い上げて自らの胸をひと突きにし、段々と意識を失っていきます。
薄れゆく意識の中、誰かが武弘に近づきますが、武弘の目はもう見えなくなっていました。
そしてその誰かが小刀を引き抜いたのを最期に武弘は亡くなってしまうのでした。
芥川龍之介「藪の中」を読んだ読書感想
初めて読んでからのインパクトがずっと頭に残り続けています。
まず、それぞれの証言のみで綴られる物語はなかなかない上に、その証言のみでしっかりと話しが構成されているのはやはり文豪の成せる技だとしか言いようがありません。
最初の4人の証言は整合性がとれているのに、当人たちが話すとなると藪に入った時点までは同じなのに、その後が全く違うのが印象的です。
しかも罪をなすりつけ合うのではなく、それぞれが「自分がやった」と主張してくる上に前4人に語られた状況証拠とあってしまうという不気味さが逆に良い味を出しています。
誰が嘘を吐いている、と言うようにも感じられない読後感のすっきりしなさ、藪の中という隔絶された空間での一種の怪異のようなものを感じて読む人を選ぶとは思いますが、ハマる人はハマる名作だと思います。
また、最後に誰が武弘の胸から小刀を引き抜いたのか、木こりの証言には小刀はなかったので多襄丸の証言の信憑性等も考察できて非常に面白い作品です。